平穏な朝
「おっはよーございまぁーす!当番お疲れ様です!」
夜が明けた午前6時半、魔女は朝からハイテンション。廊下で出会ったオーナーに元気よく素っ頓狂に挨拶する。対してオーナーは夜を徹しての当番に疲れているのか、彼女のテンションについていけない様子。
「お、おはよう……。昨夜はぐっすり眠れた?」
「はい! 私、一昨日まで一人だったから不安であんまり眠れてなくて。だから昨夜は羊を20匹数える前に寝付けました」
「そ、そっか。ならよかった……。じゃあ俺寝るわ。朝ごはんの時に起きるから」
「あっ、はい。おやすみなさい。あれ、ドクターさんはどうしたんです?」
「ああ、まだ研究室にいるよ。机で突っ伏して寝てるから起こさないであげて」
「はい、わかりました...…」
オーナーはすぐに部屋へ退散した。残された魔女はある部屋を探すために廊下を歩き進めた。
——研究室?
オーナーさん、昨日はそんな部屋があるなんて言ってなかったのに。
机に突っ伏して寝ているのなら、逆に起こしてベッドに行かせたほうが良いのでは?
そう思った魔女は"人探しの魔法"(魔女が勝手にそう呼んでるだけ)を使う事にした。魔女は目を閉じてドクターの姿を思い浮かべ、しばしたってゆっくりと目を開ける。
「え?壁の向こう?」
魔法が導いたドクターの居場所は目の前の壁を指していた。魔女が壁に手を当ててスライドさせると引き戸が動いた。
「隠し扉かぁ..…さすがオーナーさんの家……っ!?」
確かに机にドクターが突っ伏して寝ていた。
だがそのすぐ隣に、体から切り離された黒い腐ったような腕が置いてあったため魔女は言葉を失った。しかも指が未だに精神を持ってるかのようにピクピクッと動いている。
落ち着けぇ...…落ち着くんだ私。
魔女は自身にそう念じて深呼吸をし、改めてその光景を見た。
……その奇妙な腕をすぐ隣に置いてスヤスヤと眠れるドクターさんのほうが恐ろしい。
そう思い直したら冷静になった。
魔女は改めてまじまじと観察した。突っ伏しているドクターの下に何やらビッシリと書き込みをしたノートが置いてある。それも外国語で書いてある。魔女には読めない。残念ながら彼女は翻訳の魔法は持ち合わせていなかった。
ドクターの背中には小さい毛布がかけられている。オーナーがドクターを起こさないようにそっと毛布を掛ける様子が魔女の目に浮かんだ。
オーナーさん優しい...…。と魔女はほのぼのと考え、一旦ドクターを起こさない事にした。彼女はそのまま軽い足取りでキッチンへ向かった。
午前9時、魔女とナースは朝食の準備をしていた。
「朝ごはんできましたけど...…」
とナース。
「みんな寝起き悪いよね..….」
と魔女。
ナースは魔女より年下だったという事もあり、魔女は彼女に対してタメ口を使う事にした。
「じゃ、私、起こしてくるね!」
と言って、魔女はタタッと廊下に出た。そしてすぐに研究室に向かった。相変わらず指がピクピクと動いている腕がそこにあったが無視して
「ドクターさん!起きてください!朝ごはんを食べるかベッドで寝るかどちらかにしてください!」
とドクターの肩を叩く。ドクターはうっすらと目を開けて魔女の方を見やった。
「んぅ...…魔女か...………」
彼はそう呟いてまた突っ伏す。
「って二度寝しないでください!」
魔女は母親にでもなったような気分でしつこく起こす。
「んぅ~..….あと12分」
「いや、そこはあと5分って言いましょうよ。..….わかりました。12分後に起こしますね」
ーー絶対12分後に起こしてやる。
魔女は固く誓って研究室を後にした。
魔女は他のメンバーの部屋を順に回って起こしていった。ほとんどのメンバーはすんなり起きたがスパイは手強かった。
「スパイさん!朝です!起きてください!」
スパイは
「……眠い」
と不機嫌そうにポツリと言って寝返りした。
「そりゃそうでしょうけど、みんな頑張って起きたんですからスパイさんも」
「うるさい...…」
「あなたを起こすためにわざとうるさくしてるんです!起きるまで呼び続けますから!」
「むぅ...…あと30分」
「何でそこで「あと5分」と言わないんですかね。ていうかドクターさんより達が悪いですね…...。ああ、もう!ドクターさん起こしてからスパイさんも絶対に起こしますから覚悟してください!?」
魔女はイライラした口調でそう宣言してから部屋を出た。
研究室に向かう途中でリビングを通りかかった。魔女を見掛けたナースが苦笑いを浮かべる。
「スパイさんはやっぱり起きないですか?」
「絶っっ対!起こすから!」
魔女のやる気は最高潮だった。
彼女が研究室に向かう途中、ドクターにすれ違った。
「ドクターさん、ちゃんと12分後に起きたんですね!」
魔女は少し感動した。ドクターは一瞬ドヤ顔を見せる。
「うん、朝ごはん食べたらまたベッドで寝るよ」
「はい。それはそうと、あの腕は?」
「ああ、これ?」
ドクターは懐から例の腕を取り出した。
「ひっ、やっぱりインパクトありますね……」
「だろ?これゾンビの腕なんだ。切断部は固めてるから今は触れても汚れたり感染したりしないから安心して。……まあ、別にゾンビの体に触れたからって感染するわけじゃないけど。それよりも、見ての通り体から切り離しても神経が少し残ってる。しかも腕を切断した本体の部分から腕がじわじわ生えてる。恐ろしいね」
「え~ゾンビって最強...…」
「うん。だからもっと対策を練らないと。また夜集まった時にみんなに言うよ」
「はい。ありがとうございます。...…そういうの研究しててお疲れだったんですね。なんか起こしてすみません……」
「いやいや、朝ごはんを食べないわけにはいかないよ。起こしてくれてありがとう」
ドクターは優しく微笑む。眼鏡を外している時のドクターはなかなかの好青年。魔女の中でドクターへの印象がグンと上がった。
魔女はその次に当然スパイの部屋へ向かった。
「スパイさぁ~ん?起きてくださぁ~い?あなた以外はとぉっくにリビングに集まってますよぉ~?」
「しつこい...…」
『起きて』
「テレパシー使うな。頭に響く...………はいはい、起きりゃいいんでしょ起きりゃあ……」
4分後ーリビングーー
「お...…お疲れ様です」
勇助がいち早くスパイの登場に気づいて反応する。
「スパイさん起こすの大変でしたよ本当」
そう言いながら役目を果たし充実感に満ちあふれた顔をしている魔女と、不機嫌そうに視線を床に落とすスパイが同時に席に着く。
「魔女ちゃん、ナースちゃん、今朝はありがとね。明日は私と令ちゃんでするから」
マドンナは輝かしい笑みを浮かべて言う。スパイ以外の男性陣は彼女に見とれた。
「本当、平和ですよね……」
令嬢は久々の幸福感を噛み締めながら呟いた。
夜になればゾンビが外に溢れる事も忘れて、8人はその一時を楽しんでいた。