勇助の過去
皆が朝食を終え、勇助がナースに連れられてリビングに来た。会議をはじめるためメンバーはリビングに残っていた。ただし勇助の要望によりスパイだけは部屋に戻ってもらうようにした。メンバー6人の視線が勇助に注がれる。
「僕は子供の頃から味覚がおかしかったんです」
勇助の第一声がそれだった。
そういやこいつの話は前置きが長いんだっけ……。ドクターはそう思い出して溜息をつきたい気分になったが我慢した。
勇助が台本でも用意してあったかのようにスラスラと話しはじめる。
「僕は食事の時間が嫌いでした。"ごはんよー"って母親に呼ばれたら溜息をつくくらい嫌いでした。美味しいって感覚がわからなくて。親からは何を食べても美味しいと言ってニコニコ笑えと言われてました。子役をやっててテレビで料理を食べる機会があったから……」
メンバーは子役時代の勇助を思い出そうとするがなかなかうまくできなかった。勇助は今や有名な俳優だが、子役の頃はまだ知名度が低かったのだ。
「僕は小学生のある日、転んで手の平を擦りむきました。そこから血が出てたんで、思わず僕はそれを舐めました。……その時にはじめて美味しいという感覚が分かったんです。血は鉄臭いものだって周りは言ってたからそういうものだと今まで思ってたんですけど、違いました。血は甘くて、濃厚で、それでいてしつこさがなく、後味まで癖になる……。あの感動は忘れられません。でもあれは、僕が周りとは違う事を実感した瞬間でもありました」
勇助は堂々と話す。数人のメンバーは鉄っぽい血の味を想像したのか少々不愉快そうな表情をしたが、勇助は構わず続けた。
「その味を知って以来、他の料理は僕にとってまずいものであると認識しました。認識を変えたら若干楽になりました。ずっとそれまで、なんで僕は他の子と同じように楽しそうに食事ができないんだろうって自分を自分で責めてましたから。だから僕はその日から決めたんです。食事は楽しむものではない、義務だ。そのついでにニコニコ笑えばいいって」
つまり勇助は食事中、演技をし続けていたという事が言いたいのだろう。メンバーは笑う事もできず真剣な顔で勇助の顔を見つめる。
「中学に上がった頃からだんだん仕事が増えるようになりました。登校できる日数は少なくなっていったけど、仕事は楽しかったです。学校で友達ができなくたって、その代わりテレビ関係の人や有名人と仲良くなれたわけですから。……高校生になった時にはじめて映画に出演しました。しかも豪華俳優陣に混じって主演で……親はすごく喜びました。その映画はヒットして僕は一気に有名になりました」
勇助にとって嬉しい記憶なのだろう。彼は少し楽しそうに話す。スパイがいればこの話に食いついてきたかもしれない。
しかし勇助が急に暗い顔をする。
「けど、それ以来、僕は恐喝にあったり、隠し撮りされたりストーカーされたりプライベートで散々な目に遭いました」
勇助のその一言が妙に重い。その場の雰囲気が比例するように暗い。それは勇助の話す内容によるものだったのもあるが、メンバーの中には"さっきから何なんだ、それが今回のスパイを殺そうとした件とどう関係するんだ"といらつきを覚えはじめる者がいたというのもあった。
勇助はその雰囲気を察したのか若干早口で話す。
「僕は本当に演技が好きでした。嘘泣きも得意でした。でもその分、本当に泣いている時に周りは泣いているという事を認めてくれませんでした。だから逆に開き直って日常に演技を取り入れるようにしていきました。僕は子供の頃から、本当の自分を他の人に知られてはいけないって思ってたんです」
「あと僕は子供の頃から妙に嗅覚が良くて、匂いで、少し前にそこに誰々がいたっていうのがわかるんです。で、高校生のある日、珍しく美味しそうと思える匂いがしてきて、人気の無い暗がりだったんですけど、行ってみたら、そこに人間の死体がありました。そのそばにバッグが転がっていて、通り魔による殺人だと思いました。僕は通報するより前に、抑えきれない欲求に負けて、気づいたら、死体を食べてました。自分の行動とは思えませんでした。人の肉を七面鳥の肉を食べるように噛みちぎれるほどの力が自分にある事も知りませんでしたし、それまでは道徳的に食人なんて考えもよりませんでした。けど本当に夢中で貪るようにムシャムシャ食ってたんです」
「しばらく食べてから我に返りました。僕はとんでもない事をしでかしてしまったと思いました。通報するべきか否かでかなり悩みました。見ず知らずの他人の死体を勝手に傷つけ食べてしまったなんて、遺族はどれだけ怒るか、僕は世間的にどう見られるか……化けの皮が剥がれると思ったら怖くなったんです。結局僕は思わず逃げてしまいました。とりあえず家に帰って家族に見られないうちに血まみれの服を処分して、そこからはあまりよく覚えてないですけど、多分疲れて眠ったんでしょうね。目が覚めたら上半身裸で自分の部屋のベッドにいました」
メンバーは黙って聞いていたが、何も感じないわけがなかった。恐ろしいものを見たような表情を浮かべる者もいて、明らかに動揺していた。ドクターが「そ、その後どうしたんだ」と勇助に話の先を促す。
「僕は目が覚めた後、死体のあった場所に行きました。気持ちが落ち着いてきていたので、通報しようと思ったんです。けど行ってみたら……なかったんです。その死体が。僕が食い散らした残骸が一つも残らず、消えていたんです。地面に赤い血のシミがついていただけで何もなくて……。犯人が持ち去ったのか何なのか……」
勇助は小さく溜息をつく。そして
「ラッキーだと全く思わなかったと言えば嘘になります……」
と心苦しそうに言った。
「世界がゾンビだらけになった時、正直僕は少し安心しました。子供の頃からの味覚異常や食人した事はもう隠す必要は無い。僕もゾンビになってしまおうって。でも僕は感染しませんでした。僕はゾンビから逃げながらこの町に来ました。人間の匂いがしたんです。最初にナースに出会って、次にドクターさんとオーナーさんの2人組に会って、で、他のスパイさんを含めた4人組に出会いました。スパイさんは特においしそうで……スパイさんを殺そうとしたあの日は食欲が我慢できなくなってしまったんです」
勇助はそこまで言い終えて深々と礼をした。
「……本当に迷惑をかけてすみませんでした」




