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ゾンビ化症候群  作者: 梶原冬璃
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裏切り

「お、おい、待てって」


 スパイは勇助に強く手を引かれて知らない場所へ来ていた。勇助はスパイが先ほどから発している抗議の声を相手にせず、無言でぐんぐん進んで行く。スパイは勇助のやけに真剣な横顔を見ながら声をかけ続ける。


「オーナーを1人で置き去りにするのはまずいんじゃないか?」


勇助は何も返答しない。


「あ、月が出てる……また月が雲に隠れないうちにオーナーと合流して、さっさと家に帰ったほうがいいんじゃないか?天候は不安定だって、さっきお前が言ってたろ?」


勇助は無言を貫く。


「勝手にいなくなったりして、オーナーが心配してるかも」


 一方通行な会話。スパイは諦めたように大きく溜息をついた。勇助への説得と、しばらく手を引かれて走らされていたせいでスパイは少々疲れていた。勇助はそれを察したのかやっとスパイのほうを見ると、スパイの手首は握ったままで足を止め、いたわるような口調と表情で


「疲れましたか?」


 と言った。スパイは「お前のせいだろう」と文句を言いたいのを我慢して冷静を装いながら尋ねる。


「どこへ向かってるんだ?」


 その問いに対して勇助は少し考える素振りをしてから軽く首を傾げながら答えた。


「適当……っていう答えじゃ駄目ですか?」


「……まぁいいよ」


 つまり勇助にとって向かう場所など、どうでもよいのだ。

 スパイは自身の、勇助によって皮膚に食い込むほどに握り締められている片手を苦い顔で見ながら


「そろそろ離してくれ」


 と頼んだ。勇助はそれを承諾しなかった。


「すみません……痛いですよね。でもまだ離せないんです」


 と申し訳なさそうに言った。そしてさらに手を引いてある建物の裏へスパイを連れて行く。勇助は不気味に笑いながら言う。


「こんな暗い所、いつもの夜なら来れないですよ。満月のおかげでゾンビ達はみんな避難してるんです。この建物の中とかギューギューにゾンビが詰まってそうですよね」


「勇助、さっきから何が目的だ。俺をゾンビを逃がすためとかそういう理由ではなさそうだな」


 スパイが勇助に対する警戒心を剥きだしする。握られていないほうの片手で懐から拳銃を取り出し、銃口を勇助に向ける。

 勇助は急に一変したスパイの態度に一瞬動揺を見せたが、すぐに想定内だとでも言うように冷徹な瞳でスパイの顔を見つめ口を開く。


「"もしかして自分を逃がすためにどこかへ連れて行ってるのかも"って思ってたんですね、スパイさんは。……僕の事を今まで信頼してくれてありがとうございました。でもすみません。僕はあなたを守ろうなんて気持ち毛頭ないんです」


 勇助が淡々と述べた言葉に対してスパイは


「そうか……」


 と低く呟き、銃口をスパイの手首を握っている勇助の腕に突きつけた。


「一瞬でも俺に危害を加えるような素振りを見せたら撃つ」


「僕がスパイさんの手をうっかり一瞬離したところで、僕はスパイさんを逃がしませんよ。……にしてもスパイさんは優しすぎます。普通、銃を頭や心臓に突きつけませんか?」


 勇助はニコニコと笑いながら落ち着きはらった様子で言う。それが逆に威圧感を生み出していた。そしてスパイの手首を握っていないほうの手ーチェンソーを握っているほうの手を首の高さまで上げる。


「僕は冗談抜きであなたを本気で殺すつもりです。首を絞めてジワジワ苦しめるように……なんて考えてませんよ。チェンソーで首から上をはね飛ばして、すぐに死なせます。できるだけあなたを苦しめたくないんです」


 勇助は無表情でそう言ってから自身の持つチェンソーの電源を入れ、高速で動く刃をスパイの首もとに近付ける。勇助の目つきが狂気に変わった。


「ちょっと待て!何故俺を殺すんだ!?」


 今にも実行に移そうとしていた勇助に対してスパイが遮るように叫んだ。勇助が我に返ったようにピタリと動きを止め、チェンソーの電源を切る。


「り、理由を知りたいですか?」


 勇助がまっすぐスパイの顔を見つめて、少し震える声で尋ねた。スパイは勇助の動揺を察したうえで力強く頷く。


「まぁいいか、これから殺す予定だし……」


 勇助はそう低く呟いて「僕は子供の頃から……」という出だしで長々と語りだした。

 スパイはそれをただ黙って聞いていた。勇助を刺激しないように。そして時が来るのを待っていた。


 勇助の背後に忍び寄る人影。その影は両手で勢いよく何かを振り下ろし、勇助の頭に直撃させた。

 頭を殴られて気絶した勇助が前のめりに倒れる。スパイがその体を受け止め、勇助を殴った人影に声をかける。


「よくここが分かったな」


「人探しの魔法を使ったの」


 魔女が片手に持つフライパンをブラブラさせながら誇る様子もなく返事をする。彼女が不安そうな顔つきでスパイに近寄る。


「さっき、スパイにだけ聞こえるようにテレパシー送ったでしょ?"銃を撃って場所を教えて"って。けど反応が無かったから何かあったんだと思って来たの。にしても大丈夫?なんか怖い雰囲気だったから割って入れなくて……」


「ありがとう。いつから見てた?」


「勇助君がブツブツ話してる途中から。何を話してるのかはあんまりわかんなかったけど……」


「そう。……1人で来たわけではないよな?」


「うん。建物の表でドクターさんとオーナーさんとナースが待ってる」


「じゃあ男をここに一人呼んでくれ。勇助を運ぶ」


「あ、うん」


 魔女は目を閉じて集中する。誰かにテレパシーを送ったらしく、やがてドクターがやって来た。建物の表に車を停めているとの事だった。

 後部座席にナースとオーナーが勇助を挟んで3人で座り、トランクにあたる場所にドクターが無理矢理入り、助手席に魔女、運転席にスパイという位置で乗り込んだ。

 ドクターが指示をする。


「ナースは勇助の様子を見てて。オーナーは勇助とゾンビに警戒。魔女はゾンビと空を見て。スパイはガムシャラに家に向かって」


「「「「了解」」」」


「俺は(トランクにいるので)何もできないけどね」


 6人を乗せた車は猛スピードで発進し、スパイ特有の癖のある乱暴な運転により、無事家に着いたのだった。

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