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ゾンビ化症候群  作者: 梶原冬璃
18/24

満月が出ている夜はゾンビが大人しい

 その日の夜、オーナーとスパイと勇助は外へ出た。もちろんゾンビと戦うためだ。勇助が、シャツについたゾンビの返り血によって肌にべっとり張り付くのが気持ち悪いのか、シャツをピンと張って空気を入れる。息が白くなるほど空気が冷たいというのに勇助は秋のような装いで防寒対策を怠っていた。


「うぅ、さむ……そういや今日はすんなり外に出れたなぁ」


 勇助が辺りを見回しながら独り言のようにぼんやりと呟く。ここ最近、夜になるとゾンビが家の周りに群がってくるのでまずベランダや玄関先で派手に迎撃をしてから外に出ていた。しかし今夜はゾンビが少ない。玄関先で勇助が1匹ゾンビを殺しただけですぐに外に出れた。かなり珍しい状況だった。

 オーナーがそれを受けて


「今夜は満月だからねぇ。満月の日は比較的ゾンビが大人しいって、帰ったらドクターに報告しなきゃな」


 と明るめの声で言う。続いてスパイのほうを向いて


「今夜は隠さなくても大丈夫そうだな」


 と言った。スパイは不機嫌そうに横に目を逸らしながら


「自分の身は自分で守れる」


 そうボソッと呟いた。オーナーと勇助がそれに対して答える。


「ドクターからスパイを特に守るようにって頼まれてんだから仕方ないだろう?」


「そうですよ。スパイさんはゾンビを引き付けてしまう体質らしいですし、一匹狼しなくていいですから」


「はぁ……」


 スパイは盛大に溜息をついた。何か言おうと口を開きかけたが


「あ、オーナーさんの後ろ!ゾンビが向かってきてます!」


 という勇助の声で遮られた。オーナーは慌てふためく事なく回れ右して銃を構えて即座に撃った。

 数秒もだえて倒れるゾンビ。

 頭から円状にゆっくりと広がって行く毒々しい赤色の血。


「もう慣れたよね」


「慣れたな。とうの昔に」


「ええ。さすがに僕も慣れました」


 3人はそこにあるゾンビの死体をぼんやりと真顔で眺めながらポツポツと喋る。慣れは恐ろしい。


「いつものように、朝になったら手を合わせてやろうな。……誰だか知りませんが成仏してください。」


「ああ。……火葬にする?それとも土葬にする?」


「最近寒いから火葬にしましょうよ。土葬は手がかじかんじゃって辛いですし……」


 オーナーとスパイは黙ってうんうんと頷いて再びゆっくりと歩き出した。ゾンビが少ないとはいえ油断は禁物という事で3人は用心深く周りを見渡しながら、時々お互いの存在を確認しあう。

 だがゾンビに遭遇する事はなく、しばらく沈黙の時間が続いた。


「逆に異常だ……」


 唐突にオーナーが呟いた。勇助が反応する。


「ゾンビが少なすぎる事がですか?良い事じゃないですか。こんな落ち着いた気分で夜に外を歩けたの久しぶりですよ」


「良い事だけど変だろ。昨日までギャーギャーと喚いてたのが、急にこんな……満月1つでこんな変わるか!?」


「ゾンビの事情なんて知りませんよ……月が苦手とかそういうんじゃないですか?」


 勇助はそうそっけなく言ってからオーナーに冷ややかな目を向けた。オーナーは少しドキリとして思わず勇助の顔から目を逸らす。勇助はそれに構わず喋り続けた。


「月、綺麗ですよね。僕の住んでた町が大停電した事あって、その時に知ったんですけど、月って意外と明るいんですよ。太陽の光を反射してるそうだから、ゾンビも眩しくて見てられないんじゃないですか?」


 そう楽しそうに言った勇助の顔はいつのまにか無邪気そうな笑顔に戻っていた。

 と、突然、何の前触れなく3人の頭にテレパシーが響いた。良く言えば無邪気、悪く言えば馬鹿みたいな、元気いっぱいで高く女の子らしい声。スパイならそう表現するであろう魔女の声がテレパシーとして淀みなく送られてくる。


『珍しくドクターさんから伝言です!……今夜は見た感じゾンビが少ない。恐らく満月だからだと思う。いつもより気は抜いていいだろうけど、天候の変化には注意して、無理せず安全第一で帰ってきて。……だそうです!では、また何かあれば連絡します!』


 オーナーは魔女の情報伝達が終わると空を見上げて渋い顔をした。そして他の2人に聞こえるように


「"天候の変化には注意して"か。確かに雲行きが怪しくなってきたかもな。せっかくの機会だけど、もうそろそろ……」


 と語尾を濁して言った。スパイはコクンと頷いて少し後ろにいた勇助のほうを振り返って「帰ろう」と促した。すると勇助は「スパイさん」と、やけに真剣な顔と声で相手のあだ名を呼び、スパイの手首を両手で掴む。勇助の手は少し震えているようにも見える。


「どうした?」


 スパイは若干の不安を感じながらも冷静に応答した。勇助は途端柔らかい笑みを浮かべる。


「小学校の科学研究の宿題で空を観察した事があるから知ってるんですけど、天候の変化って意外と早いんですよ」


 楽しそうな口調。その口調と表情のままで、続けてサラリと言った。


「僕たちは油断しすぎて深入りしすぎました。もう、手遅れですよ」


「それはどういう……」


 勇助はさらに強くスパイの手首を掴む。スパイが何か言おうと口を開きかけたがまたもや勇助によって遮られる。勇助が前にいるオーナーに向かって叫んだのだ。


「月が隠れてます!右と左からゾンビが向かってきてます!」


 オーナーは勇助とスパイのほうを一瞬振り返ってから右、左、右の順でキョロキョロと横方向を見渡す。確かにゾンビの呻くような声がどこからか近づいてくる。オーナーは苦い顔をして、備えのつもりなのか銃を腰の近くで構える。


「ゾンビの行動がこんなに早いとは……」


 オーナーの呟きに対して勇助が提案する。


「僕は右からくるゾンビを殺します!オーナーさんは左をお願いします!」


「わかった!」


 オーナーは銃を構えて左、勇助はチェンソーのスイッチを入れて右を向き、お互いの背後を任せあう。

 オーナーは遠くのゾンビが1体見えると、そのゾンビに銃弾を撃ち込んだ。ゾンビは足を撃たれたようで、ぐたっと前に倒れてから這うようにズルズル進んでいる。そうしているうちに他のゾンビがわらわらと現れる。ある後続のゾンビが、先ほど足を撃たれたゾンビを踏んづけて横にそれながらも猛突進する。


「気味悪りぃ……」


 オーナーは眉を寄せてそう呟き、次々に射撃していった。背後から時々銃声が聞こえる。勇助の武器はチェンソーなので近い距離でないと攻撃できない。そのため、スパイが援護射撃をしているのだろう。

 ゾンビが近づけば近づくほど仲間の声や銃声は、ゾンビのけたたましい叫び声によって掻き消された。

 背後を確認する余裕はない。

 自らの呟きさえ聞こえない。

 致命傷を受けず体の各所から血を噴き出すゾンビ、よろめきながら狂ったように叫び続けるゾンビ、眼球が裏返っているゾンビ、弱々しく見える足を目に止まらぬ早さで走らせるゾンビ、貞子のように黒髪を前に垂らすゾンビ。

 誰もがオーナーのもとへ向かってきていた。

 オーナーはひたすら撃った。ちゃんと狙って撃った。やがてゾンビは弱々しくなっていき、視界に入っていたゾンビを全滅させるに至った。


「はぁ……」


 疲れ気味のオーナーは少し息を切らしながら背後を振り返った。そこにいるであろう仲間2人を見るために。しかし


「いない……?」


 スパイと勇助はそこにいなかった。代わりに大きな楕円状の血溜まりと多数のゾンビの死体があった。オーナーは一瞬、目を見開いてそれを凝視したが、人間の死体が無い事を確認すると、それ以上気に留める事なく、前を向いた。


「勇助!スパイ!どこだ!?……返事してくれ!」


 オーナーの叫び声が虚しく響く。血溜まりに月の光が反射していた。 

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