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ゾンビ化症候群  作者: 梶原冬璃
17/24

2週間後

 あれから2週間たった。午後3時、スパイは狙撃場にいた。スパイはもう1時間、狙撃場にこもっている。


「ねぇスパイ、そろそろ休んだほうが……」


 魔女が気兼ねして背後から声をかけたが、集中しきっている彼には聞こえなかった。彼はほぼ毎日狙撃場で銃を撃ちまくっている。

ーダン!ダン、ダン!

 銃弾を3発撃った。彼の放った3つの弾丸は的の真ん中から2番目の丸印の中におさまった。これが彼の練習の成果だ。1発も的に当たらなかった訓練初日に比べるとかなり上達しているのが分かる。


「すごぉい!」


 魔女が拍手しながら称賛する。ここでやっとスパイは魔女の存在に気づいて振り向いた。


「魔女、来てたんだ」


「うん。私も少し、撃ってみようと思って!」


 魔女はそう言いながら銃口を的に向けて構える。

――ダン!

 その1発の銃弾は的の真ん中を真っ直ぐ貫いてカランコロンと金属音を立てて床を転がった。


「お見事」


 スパイは感情の込もらない冷静な声で軽く拍手を送りながらそう褒めた。魔女はそれに対して軽く微笑んでから


「ありがとう」


 と返し、続けて


「まだここにいるつもりなの?もう1時間もたってるけど」


 と尋ねた。スパイは少し俯いて考える素振りをしばししてから


「いや、そろそろ休むよ。戦う前から疲れるわけにはいかない。……教えてくれてありがとう。1時間もたっていたとは知らなかった」


 と、無表情を崩さずに返した。一方でその返答は魔女を複雑な気分にさせた。彼女は不安そうに重く口を開く。


「今日もゾンビを殺しに行くの?」


「ああ」


 スパイの返答に躊躇いは一切含まれていなかった。魔女が明るい口調を心がけて言う。


「そう......き、気をつけてね!無理はしないでね!本当に。なんなら私も一緒に付いていく」


「大丈夫。そんなに心配しなくても俺達は死なないよ。そこまで無理するつもりもないし。ゾンビの数を減らしたいだけなんだから」


 スパイは魔女に余計な恐怖を与えまいと、そういう言い方をしたのだった。魔女は表向き明るく快活で天然な女の子に見えるが実は意外と繊細な娘。そうスパイは感じていた。


 ゾンビは日に日に強くなるという事をドクターから告げられたあの日から、スパイは今まで以上にどちらかというと積極的にゾンビと戦うようになった。ドクターを除いた男性陣は夜になるとゾンビを殺すために外へ出かけるようになった。そして1時間前後で帰ってくる。

 女性陣も何もしないわけにはいかない。

 ナースは万が一誰かが怪我を負った場合に備えて手当の道具を揃えている。

 マドンナはゾンビの返り血まみれで帰ってくる男達のために拭き物や着替えを用意したり、洗濯の準備をしたりする。

 令嬢はひたすら夜食を作っている。最初は握り飯ばかりだったが、最近はメンバーの要望を取り入れながら、サンドイッチやお菓子などバリエーションを増やしている。

 魔女にいたっては特殊。カーテンの隙間から外の様子を観察する様子は傍から見ると単なる見張り係のようだが、彼女は少しの魔法を使えるという事を忘れてはならない。その魔法の中でも彼女が最も得意とするテレパシー。それを使ってメンバー全員に迅速かつ確実な報告を行えるのだ。

 そしてドクター。彼はひたすら研究している。そうとしか言いようがない。なぜなら他のメンバーは、彼が何をしているのかあまり知らないからだ。彼は1週間ほど前からほとんど研究室にこもりっぱなしだ。しかも彼のほうからメンバーとの交流を避けている。最近はリビングに食事しにも来ない。しかし時々マドンナが「みんな心配してるから、今日だけでも食べに来ない?」と促すと彼は素直に従うことのほうが多い。それでも早食いしてさっさと研究室にこもってしまうが。



 男性陣が外出するようになってから夕食の時間は5時頃に取るのが習慣になっていた。


「マドンナ、今日もドクター来ないって?」

「ええ……」


 オーナーが不満げな顔をして頬杖をする。マドンナが夕食をお盆にのせている。研究室に持っていくためだ。マドンナがお盆を持ち上げようとした時、オーナーが「俺が持っていくよ」と立ち上がった。


「え?」


「ドクターは俺よりもマドンナや魔女に夕食を持って来てもらったほうが喜ぶっていうのは分かるんだけど、俺もそろそろちゃんとあいつと話したいからさ。最近あいつ冷たいんだもん。俺、一応あいつの命の恩人なのに……というわけで今日は俺が持っていくよ」


「うん、ありがとう……」


 オーナーはお盆を軽々持ち上げると足早にリビングを出ていった。マドンナは戸惑いながらオーナーを見送った。


「ドクター、入るぞー」


 オーナーは行き止まりの壁の前でそう言ってから隠し引き戸を勢いよく開く。ドクターがギョッとしたようにオーナーのほうを振り向く。


「なんだ、オーナーか。珍しいね、マドンナか魔女かナースだと思っていたんだけど」


「お前好みの美女じゃなくて悪かったな」


「まあ別に誰でもいいけど……ありがとう」


「どういたしまして」


 オーナーは少しホっとしたような顔をする。ドクターが意外にも普通に応答してくれたからだ。


「なあ、今夜も外に行くんだけどさ、医者としてお前何かアドバイスとか、無いの?」


 オーナーがドクターの顔を覗きこみながら尋ねる。ドクターは少し俯いてから返した。


「じゃあスパイに伝えて。スパイは体質的に、ゾンビから見ておいしそうに見えるらしいから、特に無理するなって」


「スパイがおいしそうに見える理由、分かったような言い方だな?」


 オーナーがそう言うとドクターはさらに俯いて黙りこくってしまった。オーナーはこの話題についてのこれ以上の会話は気まずくなるだけだと判断して立ち去る事にした。


「どうせ今夜もほぼ徹夜で研究するんだろ?今夜の当番は俺だから、また一緒に話そうぜ。約束だからな。追い返したりすんなよ」


 オーナーはドクターの返答を待たずに一方的に約束を取り付けてさっさと研究室を出た。

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