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ゾンビ化症候群  作者: 梶原冬璃
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ドクターと相棒

 午前6時。ドクターがゾンビのいる檻の前にしゃがんでブツブツと独り言を言っている……ように見えるが、彼はゾンビに話しかけているつもりでいる。


「なぁ相棒、俺よりスパイのほうがおいしそうに見えるのか? スパイを見た途端目の色変えやがって。いつも俺を見る時はそこまで興奮してないじゃん」


 ゾンビの返事は無い。ゾンビは麻酔のせいで眠っているので当然だ。それでもドクターは愚痴るような口調で話しかけ続ける。


「それとも俺がまずそうに見える?そういやお前、マドンナを見た時もそこまで興奮しなかったよな。お前にとってはあまりタイプじゃなかったか?」


「……確かにマドンナは脂肪が全然ついてなくてスリムだから美味しそうって見た目では無いかもな。俺にとっては超絶タイプなんだけど……あ、恋愛対象としてって意味ね」


「え?あんな美人は俺に釣り合わない?お前に言われたくないなぁ……俺は顔は悪くないと思うし、頭良いほうだろ? 運動神経も抜群……高校の時に陸上のインターハイまでいったっていうのは前、話したよな?それに医者だぞ?どこにモテない要素が……」


「え? そういう所? ナルシストだから? あといい年した医者が運動神経抜群だろうとどうでもいい?……チッ」


 一人で話して一人で答えるという時間に空しさを感じてドクターはハァーっとため息をついて立ち上がった。ドクターは檻から離れて、カーテンの向こうの机に座っているはずのスパイにややふてくされたように声をかける。


「スパイ、なんで突っ込んでくれないんだよぉ……お?」


 スパイは机に突っ伏して居眠りしていた。そのすぐそばに勇助のサイン付きの古そうな本が開かれた状態で置かれている。

 ドクターはスパイの背中からそっと毛布をかけてから本に栞を挟んで閉じた。ん~っと背伸びしながらスパイの向かい側に座り、ズボンのポケットからメモ帳を取り出してパラパラとめくる。

 先ほどまでスパイは起きていた。スパイは本を読んだり、ドクターとだべったりと普通に過ごしていた。夜、スパイが研究室に入った途端、檻のゾンビがいつもに比べてけたたましく騒ぎ、暴れていた。ドクターは「いつもあんな感じだよ」とごまかしたが、普段のゾンビは、ドクターが先程言っていたようにもう少し大人しいはずなのだ。スパイを前にしたゾンビの興奮がおさまらなかったため強めの麻酔で眠らせた。

 シェアハウスをはじめて以来、起きてる状態の相棒という呼び名のゾンビに会ったメンバーは5人。ドクター、オーナー、マドンナ、ナース、そしてスパイだ。ゾンビの反応が最も強いのがスパイだった。


「スパイだけはゾンビにとって特別に見える……何故だ?」


 スパイは他のメンバーと何が違うのか。ドクターは少し考えたが答えは出なかった。それを解明するよりも、スパイがゾンビに狙われやすいということで彼をひそかに保護する手立てを考えるほうが優先だとドクターは判断した。

 ドクターは少々疲労を感じて溜息をついてから軽く目をつむった。研究室に相棒とスパイの寝息が微かに響いて交じりあう。ゾンビだって普通に呼吸しているのだ。


 ドクターに相棒と呼ばれているゾンビがまだゾンビじゃなかった頃ーつまり人間だった頃をドクターは知っている。そのゾンビもかつては医者だった。ドクターを含めた数人の優秀とされた若き医者はひそかにゾンビ化症候群の研究を行っていた。

 しかし彼らはどんどん消えていった。ゾンビになってしまったのか、ゾンビに食われてしまったのか、それすらわからない状況。でも生き残った者は、ゾンビ化症候群についての研究の手を止めるわけにはいかなかった。

 そしていつのまにか研究室はドクターともう1人の医者による2人きりになっていた。もう1人の医者とドクターは互いを「相棒」と呼び合う仲だったから協力して研究を続けた。

 しかしある日、ドクターの相棒もまた研究室から消えた。相棒は最後にドクターにメモを残した。少し長い文章だったが、最後に一文こう書かれていた。


ーー私の体を人類の貢献のために使ってください。殺されても構いません。




 現在のドクターの相棒は、ドクターを餌だと感知してくるし、鳴き叫ぶばかりで何を言っているのかもわからない。人間の時の感情はもう残っていないのかもしれない。

 でもドクターは檻の中のゾンビの寝息に相棒の面影を感じていた。

 ゾンビの体を人間の体に戻す……そんな事ができるのか?ドクターは時々、研究を続ける中で不安にかられて自問自答することがある。

 それでも彼は研究を止めるわけにはいかない。ドクターは憂鬱そうに頬杖をついた。



「んぅ……ここ、どこ?」


 唐突にスパイがらしくない間抜けな声を出して目を覚ました。


「研究室。記憶にない?」


「……ある。……俺はどのくらい寝てた?」


「二十分くらいかな」


「そ……」


 スパイはまだ眠気が残っているようで目を擦ってからあくびをした。彼は普段からとことん寝起きが悪くほぼ毎朝誰かに起こされている。


「なぁドクター」


「うん?」


 眠そうなスパイの表情からは感情が読めない。スパイはポツリと一言


「あの相棒とかいうゾンビ、早く人間に戻せるといいな」


 と言ってまた突っ伏した。


――ああ、さすがスパイ。なんでもお見通しってわけか。

 ドクターはそう思いながらスパイの背中から少しズレ落ちた毛布をかけ直すべく立ち上がった。

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