夜の当番ースパイと勇助
ーー夕飯時
「俺、多数決派から全員一致派に寝返るわ」
全員一致派と多数決派で4対4に分かれてしまったために止まっていた会議。しばらく延々と話し合いをしていたが、突如、多数決派であり、かつ司会進行役のオーナーがしびれをきらしたように、冒頭のセリフを静かに言った。続けて
「これで3対5、全員一致派の勝利。もう本題行っていいよね?いい加減疲れたんだけど」
とイライラした感じで言った。その口調に、オーナーがキレかけている事を他のメンバーは察し、バラバラに素早くウンウンウンウンと頷く。オーナーはそれを確認してから
「はい、それでは本題である、"夜、外に出かけても良いかどうか"に移行します……」
と平らな感情のない声で言う。オーナー以外のメンバーは空気が硬直している事を十分に理解し、『今日はさっさと全員一致にさせて終わらせよう』と目で合図しあった。だが賛成と反対、どちらに揃えるのかまでは目で伝えられない。相談したわけではないので、皆どちらにあげれば良いのかわからずにいた。魔女がテレパシーで対処しようとしたが、オーナーの進行の声のほうが早かった。
「はい、賛成の人、挙手」
と言われて挙手したのは4人。
ーーこの流れはまずい。
4対4になる事だけは避けたい。もう2人が同時に挙手した。オーナーが自身が挙手していなかった事に気付いたようで耳の高さまで手を挙げる。
となると挙げていないのは1人。マドンナだけだった。全員一致しないと終われない会議で、1対7はきつ過ぎる。マドンナが渋々というように手を挙げた。
そんなこんなで会議が終了。すぐに解散となった。
「……成り行きで、夜に外出ていいって事になったけど、ドクターさんはまた近々外に出る予定なの?」
ドクターの部屋の前でマドンナがドクターに不満そうに言う。彼女の口調は少しイライラしているようにも聞こえる。ドクターはしどろもどろに返事する。
「ああ、うん、そりゃあ、まぁ、そうだけど……」
「私が行かないでって言っても?」
「え?うーん……」
ドクターは腕組みをして真剣に悩んでしまった。それをマドンナが軽く睨む。
「まるでカップルのような会話してるなあいつら」
スパイが遠くからドクターとマドンナの様子を見ながら無表情で呟く。彼はしばらく二人を観察していたが、二人が話を終える兆しが見えないので、彼は二人に近寄って割入るように
「お話し中悪いんだけど、そろそろ部屋に戻ってくれない? 廊下の電気消したいから」
と促した。
「ああ、もうそんな時間か。……じゃあおやすみ」
ドクターがそう言って逃げるように彼自身の部屋に入った。対してマドンナは不機嫌そうな顔でドクターを見送った直後にスパイを睨む。スパイも負けじと目で睨み返す。先に口を開いたのはマドンナのほうだった。
「今日の当番、スパイなんだ」
彼女は笑いもせずに言った。スパイはそれに返す。
「ああ。あと勇助もな」
そう言ったあと、しばし沈黙した。マドンナが妙に怖いくらい真剣な表情でじっとスパイのほうを見る。だからスパイもマドンナのほうを向こうとしたら彼女は目を反らしたのでスパイはじれったく思った。
「さっきから何?俺の顔になんかついてる?それとも何か用でも?」
スパイがそう言うと、マドンナは少しうろたえたような顔をして返答した。
「いや別にいいんだけど……えっとその……私たちどこかで……」
と言いかけて止まった。スパイは続きを待ったがマドンナは「やっぱりなんでもない、おやすみ」と言ってすぐに去ってしまった。
なんなんだよ……。
スパイは不機嫌だった。スパイとマドンナの仲は何故か最初からあまり良好ではない。お互いにお互いを警戒しているような雰囲気があるのだ。
スパイは廊下の電気を消してからリビングへ向かった。薄暗いリビングで懐中伝電灯の光が際立つ。その光がソファーにどっかりと座っている人物を照らした。照らされた勇助が眩しそうに目を細める。
「スパイさん、遅かったっすね……」
と、けだるげに勇助は言った。
スパイは勇助の隣にドスッと座る。同時に懐中電灯の光を切った。いつもみんながワイワイと集まるリビングだが、夜はなんだか寂しい感じがする。
「ねぇスパイさん、スパイさんって僕のファンだったんですか?」
勇助がスパイに何の前触れもなく唐突にそう話しかけた。
「そうだよ」
「なんでですか?」
――"なんで"?どこが好きなのかと聞いているのか?これは。
スパイは若干悩んでから答えた。
「勇助の演技が……上手だから……かな?」
「え、なんかないんですか?ファンになったきっかけみたいな」
勇助は勢いよく食い気味にスパイに質問していく。どこか彼の口調は何かを期待してる感じだ。スパイはちょっと面倒臭いなと思いながらも素直にファンになったきっかけとやらを話すことにした。
「まぁ、俺もともと読書が趣味で、数年前、俺が好きだった小説が映画化されたから見に行った時、その映画の主演がお前だったっていう、それだけ」
「ああ……それ多分僕が初めて映画に出演した時のやつだと思います。小説が映画化されたやつに出演したのはそれだけだったと思うので……」
「ふーん……お前あの時、年齢的には高校生だろ? 大したもんだ」
「そ、そうですか?……ありがとうございます」
勇助が照れくさそうに笑う。スパイは実は心から勇助の演技に惚れ惚れしていた。決してお世辞は言っていない。
「よろしかったらサインあげましょうか?」
という勇助からの申し出にスパイは
「もらってやってもいいけど」
と素直ではないにしろ即座に言葉に甘えていた。上から目線なスパイの態度に対しても勇助は嫌な顔一つしないで満面の笑みを見せる。そこはさすがプロだなとスパイは思った。
スパイと勇助はしばらくコーヒーを飲みながら他愛のない話をしていた。そして1時間後にスパイは各部屋の点検に行く事にした。彼はついでに勇助にサインを貰うための本を取りに行きたいとも思っていた。皆、ぐっすり眠っているようだった。
――安心して眠れる環境というのは大事。俺はシェアハウスの仲間に入れてもらった事を感謝すべきなのだろう。
スパイはそう感じながら無意識に油断していた。窓のカーテンをめくればウジャウジャとゾンビが目に入るというのに。
するとリビングからドタバタと足音を立てて勇助が走ってきた。どこか慌てているように見えた。これはただ事じゃなさそうだと、スパイは少し顔を引締めた。
「どうした?何かあったか?」
「いやその……」
勇助は何故か言おうか言わないか迷っているような自信なさげな顔をする。
もしかしたら俺が思っている以上に些細な事を言おうとしているのかもしれない。スパイはそう思ったが、相手にそういう曖昧な素振りをされると気になるのが人情だ。
「どうした?虫が出たとか些細な事でもいいから言ってみてよ」
スパイは勇助の目を見て今度は少し優しい声色を意識して促す。勇助はそれに応えて口を開いた。
「緊急事態かどうかわからないんですけど家がゾンビに囲まれてて……ベランダに今にも到達しそうなしないような感じで」
「……それ、普通に緊急事態じゃないのか?」
スパイは地上フロア2階のベランダに走っていった。到着してから外を見下ろした。なるほど勇助が言ったとおりの状況がそこにあった。
少し長くなりました。




