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ゾンビ化症候群  作者: 梶原冬璃
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血液検査についてメンバーに提案した件

 朝、ドクターは皆に、マドンナに話した血液検査について提案した。


「いいですよ」


と令嬢は快く承諾した。マドンナとナースも反対しなかった。


「痛そうだなぁ……注射何年ぶりかな……でも賛成ですよ! 頑張ります」


 と、魔女も苦笑いしつつ賛同した。


「うん、ありがとね」


 ドクターは女性陣が賛成してくれた事に満足げな笑みを浮かべた。問題は男性陣の反応だ。


「え?あからさまに痛そう」

 とスパイ。


「うん、痛いことしたくないよね」

 とオーナー。


「僕も注射嫌い……」

 と勇助。


「お前ら子供か!」


 ドクターは勢いよく突っ込んだ。

 男性陣3人はそれぞれ彼らなりの嫌そうな態度を見せる。


「スパイ、わかりやすく目を逸らすな。たしかに天井のシミ気になるけど見つめてもどうにもならないからさ……。

 あの、オーナー、寝るな。朝だから眠いのは分かるが寝るな。

 あと勇助、泣かないで……?悲哀に満ちた迫真の演技を急に披露しないで。なんかすご~く心苦しくなるから……」


 女性陣はシラーっとした目で男性陣の様子を見ていた。その中で唯一、ナースが口を開く。


「あの……大人げないですよ」


 この八人の中の最年少のうちの一人である女性が言うからこその「大人げない」という言葉の重み。そのボソッとした一言が男三人の心にズシッときた。勇助が最初に言葉を返す。


「べ、別に~?僕は注射痛いの想像して思わず泣けてきただけだし? やらないなんて一言も言ってないし?」


 同い年の女の子に言われたのが恥ずかしかったのかそれともナースに対して他の意識が働いてるのか、勇助が必死にごまかす。実力派俳優らしからぬ焦りようだ。


「あ、そうだったの。ごめんね」


 ナースが本当に申し訳なく思ってるような声と顔でそう言った。勇助が「い、いやそんな……」と苦笑いする。もしごまかした事を誰かが突っ込んでいたら反発されてギスギスしていたかもしれない。突っ込みたくなっていたドクターだが、ナースの受け答えはある意味、完璧だったかもしれないと思い直して黙ることにした。


「分かったよ、やるよ……」


 不利な状況を察したのか、オーナーが折れた。


「……ありがと」


 しばしたってからドクターがくぐもった感じで言った。オーナーが「うん……」と切なげに小さく頷く。

 全員の視線が残りの1人に向けられる。


「あ?」


 スパイが視線に気づいて特定の1人をギロッと睨みつけた。


「なんで僕だけ睨むんですか……」


 勇助は若干怯えたような素振りをする。


「いや、お前が裏切るのが早すぎたからさ……あと急に演技下手になりすぎ」


「え?そこですか?いや自覚してますけど率直に言われると少し傷つ」


「俺、一応お前のファンなのに」


「え?」


「がっかりさせんなよな」


「マジで……?」


 急に意外な話題へ転換したのでスパイ以外の全員が呆然とした。特に勇助は目をパチクリさせて戸惑っている。ドクターが「ごほんっ」と咳ばらいしてから少し口調を強めて言う。


「スパイ、結局やらないの?お前の意思が固いなら無理強いしないけど?」


 それを受けてスパイが「う~ん」と腕組みをして俯いた。しばしして下に向けていた顔を上げた。


「俺、さっき痛そうって言ったけど、実は注射された事ないから感覚わかんないんだよね」


「マジで……?うーん、大きな病気でっていうのはないかもだけど、例えばインフルエンザの予防接種とかは?」


「……ない。学校で注射とか、とっくに廃止されてる時代だし。予防接種は金かかるし」


「そ、そっか。じゃあ無いね……」


 ドクターは困ったような顔をする。スパイは少しイライラしている様子。彼は「注射って……」という出だしで話しはじめる。


「すごく痛いんだろ?注射って、針を腕にグサッと刺して、腕の中でグジュグジュと音立てて血管探して、時間かけてギューっと血ぃ吸い取るんだろ?仕事場の同僚がそう言ってたんだけど想像するだけで痛い。しかもその同僚の注射打たれた所、翌日あざになってたし」


 スパイがスラスラと言った。彼の感情の読めない無表情が少し青ざめているように見える。他のメンバーにもスパイの不安が伝染したらしく少し怯えたような表情を見せる者が出てきた。


「多分その同僚に注射を打った人がよほど下手くそだったんだと思うよ。注射する成分にもよっても痛みが変わるけど今回は関係ない。

 さっきからみんな注射注射って言ってるけど俺が今提案してるのは‘‘採血’’だからね? スパイの今言ったやつ注射と採血がごっちゃになってるから! 採血は上手い人がやったら、スっと入ってシューっと血を取ってスっと抜くから」


 ドクターがなんとか採血へのイメージを明るくしようと手振り身振りで説明する。途端、スパイがギロッとドクターを睨む。


「で?」


「えっと……何?」


「ドクターは上手いの?注射」


 ドクターが黙る。そしてスパイの目線から逃げるように床を見る。


「え?下手なの?」


 ドクターが虫の鳴くような小さい声で「俺は多分、下手くそ……」と呟く。だがすぐに取り直して


「だが!今回採血するのは俺ではない!ナースだ!」


 と言い放った。ナース以外のメンバーが「え?」という顔をする。ナースだけは「ドクターさん、そのテンションで言うような事じゃないと思いますが……」

と恥ずかしそうに俯いた。


「あ、そ。なら安心かな」


 スパイが納得したように頷きながら言った。ドクターはその反応が意外だった。そこまでスパイの態度が変わるとは思ってもみなかった。マドンナも同調する。


「ナースちゃんなら安心ね!私、てっきりドクターさんがやると思って、すごく痛いの覚悟してたんだけど」


オーナーもうんうんと頷いて口を開く。


「ナースか。まあ、もし失敗したとしても怒る気になれないな」


「ナースになら何回打たれてもまあいいよね……」


勇助はまだ渋々感が残る感じで自分に言い聞かせるように言った。


「ねぇ何?この反応の差」


 ドクターがそう呟いて部屋の端っこでいじける。


「ドクターさん」


 マドンナが気遣って声をかける。


「血液検査をするっていう案自体は素晴らしいわよ?人には得意不得意があるから落ち込まないで」


「うん……ねぇ、なんで『俺の注射はすごく痛そうだけどナースの注射なら安心』だと思ったの?スパイもあなたも……」


 切なげにやや皮肉を交えながら尋ねてきたドクターに対して、マドンナは困ったような顔で曖昧に笑いながら首を傾げた。

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