その男、大小を伴って候 後編
事業が失敗したとはいえ、事後処理をしないわけにはいかない。怪物の調査もその一つ。
この一帯が怪物達のテリトリーであるならば、その痕跡からおおよそのあたりを付けなくてはならない。どの怪物が居て、どういう生態を持つか。それにより、再び事業を興すときの目安を作るのである。
調査員の護衛には、辺境の何でも屋である冒険者達が列を連ねていた。その中に、ボロのような布切れを着た男が一人紛れ込んでいた。
この男、己の風体が悪目立ちするのを知っていたが、生来の横着者であり、働き宿を取れる金を得た今でも一張羅のままだった。
奇異な視線が突き刺さる中、素知らぬ顔で川べりを歩く男。
男は思った。あの怪物が水飲み場を諦めた可能性もあるが、昨日態々人の集団に突っ込んできた豪の者ならば、もう一度くらい来るやもしれん。
さて、と男は大剣を抜き放ち、気を放った。突然の凶行に周囲の者共が非難の声を上げようとするも、大気を震わす獣声が響いた。
川辺の主である怪物が、男目掛けて突っ込んできたのである。
男はニヤリと笑い、担ぐように大剣を構えた。橋の土台足る柱は既に撤去されている。川の真ん中には障害となるものなし。真正面からの果し合いであった。
視界を覆わんとする怪物の迫力に、男の背筋が震えた。その震えを敢えて踏み込みの一歩とした。
力みのない入り身は、怪物の右側面へと滑り込む。ぬるり、と振られた大剣が、抵抗少なく怪物を切った。
怪物の右の牙が地面へと落ちた。同時に、静止した怪物の外皮に一線が刻まれていた。されど怪物に怯みは見られない。
男は大剣を担ぐ。しかし構えは取らず棒立ちのまま、怪物を見据えていた。
怪物が再び突進を開始した。一瞬で彼我の距離を埋め、大剣を奮う間合いを潰す。
激突の瞬間、男は目を見開いた。極限の集中が、男の主観を泥の如く遅くする。
身を捻り、擦りあう独楽のように怪物を躱した、その刹那。するりと伸ばした左手が、何かを掴んだ。
先日に突き立てた片刃剣である。怪物の勢いを利用して、片刃剣を支点とし、男はクルリと身を翻すと、怪物の背へと跨ったのだ。
男は右手に担いだ大剣を掲げると、その切っ先を怪物の目へと深く突き入れた。
絶叫と共に怪物の身体から力が抜ける。前のめりに倒れた怪物の急停止に合わせ、男が宙に放り出された。
それでも男は大剣を握ったまま、その身を転がし受け身を取ると、すぐさま起き上がり怪物を警戒する。
岩の混ざった上流であったなら、着地だけでも大怪我であっただろうが、幸いここは下流の川砂だった。多少汚れてしまったが大事無い。
怪物は二度、三度起き上がろうとしたが、一つ鳴き声を絞り出すと、それを最後に動きを止めた。
その様子を見届け、残心と共に大剣を納刀すると、男は怪物へ近づいて行き、未だ刺さったままであった片刃剣を何とか引き抜いた。
血糊を払い、こちらもまた納刀すると、怪物へ礼を取り、ようやく肩の力を抜いた。
そうして落ち着いてみると、周囲の人々は唖然としてこちらを見ている。
その視線に気づいた男は、人の良さそうな笑みを浮かべると、何事かを呟いて、足早にその場を去っていった。
後に「腰に大小の剣を携えた浮浪者のような冒険者」の噂が街に流れ、多少小綺麗な格好をした異国の男が頭を掻いたとか。