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シェイプシフター転生記 ~変幻自在のオレがお姫様を助ける話~  作者: 柊遊馬
魔人軍の侵攻編

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第八十三話、籠の中のお姫様


「どういうことですか!? 部屋を出るなって……」


 セラは憤慨ふんがいした。

 ハイムヴァー宮殿のセラに宛がわれた部屋。扉の前にはリッケンシルト国の親衛隊兵が二人立っており、セラの外出を止めた。


「リーベル王子殿下のご指示です。姫殿下、ご用の際はお申し付けください。すぐ侍女を呼びます」

「……王子」


 セラは、額に手を当てる。この見張りの兵たちは、朝からそれを繰り返すばかり。

 昨日は監視付きではあったが宮殿内を歩くことができた。

 だが何やら外が騒がしくなったと思いきや、事実上の軟禁状態に置かれた。


「ではリンゲ隊長を呼びなさい」

「リンゲ隊長殿は、いま所要で――」


 躊躇ためらいがちに答える兵士。セラは胸の前で腕を組んだ。


「私はお願いしているのではなく、呼んできなさいと言ったのですが?」


 他国の王女という身分を押し出す。本当はそんな力などないし、亡国の権力を持ち出すのは恥ずかしいと思うが、背に腹はかえられない。


「申し訳ありません、本当にリンゲ隊長はいま呼んでこられる状態ではなく――」


 兵が気の毒なほど困っているのが、セラにもわかった。それ以上の無理押しは、ただの我侭わがままだ。セラは矛を収めることにした。


「ごめんなさい。……それで私は、いつまでここに留め置かれるのでしょうか?」


 親衛隊兵らは顔を見合わせた。それは言ってもいいのか確認をとる仕草に見えた。


「……王子殿下の命令が解除されるまで、です」


 沈痛な表情で、絞り出す様に言った。……果たしてその時が来るのか、と言いたげでもあった。


「わかりました。部屋に戻ります」


 はい、姫殿下――恭しく頭を下げる親衛隊員。セラは扉を閉める。

 開け放たれた窓、その前には漆黒の髪をなびかせる美女サターナ――に化けている慧太けいたがいる。


「やはり何かあったのです。朝、宮殿が慌しかったことも含めて。……ヴィーゼル城の攻防で何かよくないことが――」

「ヴィーゼル城ではないわ」


 慧太(サターナ)の元に、一羽のカラスが舞い降りる。それを右腕に止まらせながら、彼女は振り返った。


「王都の外で何が起きたのか、教えてほしい?」

「何があったかわかるのですか?」


 セラがわずかに驚けば、サターナはカラスの頭を撫でながら歩み寄る。

カラス(この子)は、アルフォンソの分身体――」


 本当は慧太自身の分身体であるが。


「とりあえず、悪い報せしかないから、落ち着いて聞いてちょうだいね」


 椅子に座るよう促し、慧太(サターナ)は淡々と告げた。


「王都を囲む城壁から一キロメートル(キラルミータ)ほど前にレリエンディール軍が到達した」

「なんですって!?」


 座ったばかりの椅子から腰を浮かせるセラ。サターナは座ってと、左手の指で示した。


「王都はまだ包囲されていないわ。包囲するに十分な兵力が揃ってないからだけれど、増援があれば、包囲されるのも時間の問題でしょうね」

「信じられません」


 セラは首を横に振った。


「昨日ヴィーゼル城付近だったはず。リーベル王子の軍勢もそちらに向かって――! 王子は!? 彼の軍勢はどうしたのですか!?」

「聞きたい?」


 サターナの声に妖艶さが加わる。含みのある声音。不吉なものを予感させるそれ。

「状況証拠になるけれど、おそらく全滅ね。王都に達したレリエンディール軍が、王子軍を破って到着したのは間違いない」

「どうしてそれがわかるのですか?」

「……」


 サターナは口を閉ざした。事実を口にして良いのかという躊躇ためらい。


「……敵は旗を掲げていたのよ。王子直卒軍の旗をね」

「つまり――」


 セラは察した。リーベル王子の旗――それは彼の率いる部隊と戦闘しない限り、手に入れることはまず不可能だろう。盗んだという可能性もあるが、それなら進軍していた王子軍はどうしたのか、という問いにぶつかる。

 結果、王子軍は撃破されたと見るが正しい。


「リーベル王子は……」

「戦死した」


 サターナは断言した。

 本当は、王子軍の旗を敵が持っていたという部分の後に、セラには意図的に伏せたものがあった。……旗と共に、リーベル王子の首がさらされていたという事実を。

 これに王都のリッケンシルト軍は大きな衝撃を受けている。

 王座の間に忍ばせている分身体によれば、オルター王は事のほかショックを受け、王妃と共にアーミラ姫も泣き崩れていた。……親衛隊のリンゲ隊長もそちらに付きっきりで、故にセラのもとに顔を出せずにいるのだ。


「王子……」


 セラは祈るように手を汲み、椅子に座ったまま俯いた。

 その胸に去来するものは何か。婚約を迫られたという経緯はあるが、それを除けば、王族同士、外交上の接点があり、もしかしたら友人と呼んで差し支えない程度には親しかったかもしれない。


 感傷に浸らせておくべきかもしれない。サターナ――慧太は思った。だが、聞かねばならない。言わなくてはならない、と顔を上げた。


「辛い気持ちはわかるわ。……けれど、これからのことを話さない、セラ? 時間がないの」

「時間……?」


 セラは顔を上げた。目もとにうっすらと涙が浮かんでいる。

 慧太(サターナ)はカラスを放すと、セラの前に膝をついて彼女を見上げた。


「ここを抜け出して脱出を。魔人軍が、王都を包囲する前に」

「それは……」


 セラは目を見開いた。


「逃げるというのですか?」


 そこにあったのは、信じられないという響き。


「エアリアの住民を見捨てて!?」

「全員を連れて逃げられるとでも?」


 慧太(サターナ)の瞳は微塵も揺れない。


「リッケンシルト軍は王都の立てこもって戦うつもりのようよ。ただ動揺も広がってる」

「それなら、私も残ってたたか――」

「馬鹿言わないで!」


 サターナの両手がセラの肩を掴んだ。


「あなたにはライガネンに行って、魔人軍の脅威を伝えるという使命がある! あなたの父親の遺言を忘れたの!?」

「!? ……いえ、そんなことは――」


 気まずげにセラは視線をそらした。

 父王の遺言――それを果たすために、部下や民を犠牲にしても生きながらえている。生かしてもらっているのだ。


「でも……それでも! 王都の人たち、リッケンシルトの人たちを見捨てて逃げるなど!」

「あなたの国の民ではないわ」

「でも、同じ人間です!」


 セラはサターナの手を振り払い立ち上がった。


「もう、これ以上、誰かを見捨てて逃げるなんてしたくない。……あんな苦しい思いは、ごめんです」

「あなたの心意気は立派だと思う。私だって、助けられるものなら助けたいわ」


 サターナは立ち上がった。上背に勝る彼女は、わずかにセラを見下ろした。


「ただあなたがここに残って戦って何になると言うの? 白銀の勇者の末裔? ええ、大した血筋ね。けれどあなたが頑張って、どうにかなると思っているなら傲慢だわ。現実を見なさい。ただ単にあなたという屍を一つ増やすだけじゃないかしら?」

「……っ!」

「違うとでも言うのかしら? 自分ならこの状況を救えると……? そう思うなら、いますぐこの部屋を出て、王都の外の敵を蹴散らして見せなさいよ!」


 ぷるぷると、セラの固めた拳が震えた。

 涙で視界が潤む。

 言い返せなかった。自分ひとりで戦況を一変させる力なんてない。あれば、聖アルゲナムだって救えた。

 その力がないから、自分は無力な人間だから、国が滅びても、一人ぼっちになっても生きているのだ。……力が欲しい!


 バッと、セラは抱きしめられた。サターナに。

 彼女の豊かな胸がセラの胸に押し付けられ、その温かな手が背中に当たる。


「悔しいでしょうね。あなたは恥辱に塗れてアルゲナムからここまでやってきた。またそれと同じことをするのよ。リッケンシルトを離れ、ライガネンにこのことを伝えるために。何度でも」


 でもね――サターナの声はどこまでも優しかった。


「その先に、人類反撃の希望がある――昨日は救えなかった。今日もまた救えない。けれど明日は違うかもしれない。明日も救えないか、それとも救えるか――それは、あなたの行動にかかっているのよ」


 明日のために。未来のために――


「アルゲナムを失い、リッケンシルトもレリエンディールの手に陥落する――その両方を見てきたあなたでなければ、伝えらないことがある」

「うっ……」

 セラはサターナの胸に顔を沈めた。あふれ出る涙を堪えず、銀髪の姫は嗚咽を漏らす。サターナはそんな彼女の髪を優しく撫で付けた。


「……大丈夫。私があなたを必ずライガネンまで送り届けるわ。……約束する」


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