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第七話、死体使いと矢

 セラフィナを庇いつつ、二回の大ジャンプを試みた慧太けいた

 だが、二回目の跳躍はさすがに無茶な距離を跳んだ。


 おかげで着地の瞬間、足が潰れた。

 シェイプシフターの身体は無傷だが、普通の人間だったら明らかにヤバイ曲がり方をした。……まあ、生身の人間が人を抱えて数十ミータ(メートル)跳ぶなんて不可能なわけだが。


 着地の時、地面に近いところでセラフィナを軽く投げたのは、彼女への衝撃を和らげるためだった。

 しかし痛くないはずがない。草地の上を転がるセラフィナだが、そこは昼間に戦士としての一面を見せた彼女、すぐに起き上がった。


「大丈夫か!?」

「大丈夫ですかっ!?」


 ほぼ同時に相手のことを気遣っていた。

 セラフィナは吃驚したような顔になる。慧太は足がほんの少しでもグニャってしまった手前、少しばつが悪かった。倒れたまま上半身を起こす。


「ああ、うん、大丈夫。ごめん、ちょっと上手く降りられなくて……ごめんな」

「! じゃなくて、あなたは大丈夫なのですか!?」


 セラフィナが這うように慧太のそばにやってきた。その青い瞳は真剣そのものだった。


「足は? どう考えても無茶苦茶な跳躍しましたよね!?」

「あー、うん。ちょっと魔法を使った――」

「魔法……」

 

 心底ホッとしたように息をつくセラフィナ。

 魔法と言えば、元の世界だったら最悪の言い訳であるが、この世界では、大抵ごまかせたりする。


「骨は折れてないし立てる。そっちこそ、平気?」

「私は平気です」


 セラは手を差し出した。心持ち、眉をひそめて。


「あなた、無茶苦茶です。正直に言って、命がいくつあっても足りないかも」

「はは、わりぃ」


 彼女に引っ張られ、立ち上がる慧太。セラフィナは上目づかいの視線を寄越す。 


「私なんかのために無茶して……いったいあなたは何なのですか?」


 シェイプシフターだ、というのはさすがにナシだった。魔法はごまかせしに使えるが、魔物の類ではそうはいかない。


「あれ……ひょっとして怒られてるの、オレ?」

「べ、別に怒ってなんかいませんから。……その、助かりましたけど、自分の身体は大事にしてくださいね」


 ちら、と拗ねたような目を向ける銀髪の美少女に、慧太は「お、おう……」と頷くことしかできなかった。

 その間に、一度は引き離した村人集団が、慧太らのほうへ駆けてきた。

 走り方はてんでバラバラ。お世辞にも速いとは言えないが、それがかえって彼らに正常な知性が残っていないのを物語っていた。

 大人も、子供も、老人も……。それらの服は赤黒い血に染まり、一部身体の部位が欠損していたり出血していたりしている。


 屍人しびと――元の世界風にいえば、ゾンビが近い。

 人間の死体に禁忌とされている呪法を施したり、あるいは屍人によって噛みつかれたりするとその人間も死に屍人になる。

 ……魔人アスモディアの話から推測するに、おそらく前者。魔人の手によって村人たちは殺され、屍人にされたのだ。


 煮えたぎるような熱が胸の奥底に渦巻く。魔人に対する敵意の感情が激しく燃え上がる。慧太は、ぎりっ、と奥歯をかみ締めた。


 逃げるのは手間ではあるが難しくはない。

 だが屍人を村の外に出したりしたら、通りかかった旅人などが襲い、感染を広めてしまうかもしれない。

 頭ではわかっている。だが――

 深い付き合いことないが、この村には何度も足を運んだ。宿の主人には一言二言話せば部屋を貸してもらえたし、子供には「傭兵の兄ちゃん」と呼ばれ、話しかけられたこともあった。 

 やりずらいこと、この上なしだ。 


「ケイタ! どうしますか!?」


 セラフィナが声をかけた。

 逃げるのか、戦うのか。慧太の判断を待っているようだった。

 一人で逃げ出したり、逃げようと口にしないあたり、肝が据わっていると思った。ヒステリックに叫んだり、パニックに陥った奴なんて邪魔者以外の何者でもないのだ。


 とはいえ、屍人との近接戦はかなり危険だ。

 傷でも負おうものなら、そこから感染してしまう恐れがある。

 慧太はともかく、セラフィナは危ない。魔獣も退ける力はあるが屍人戦の経験はあるのだろうか?


 ――彼女を逃がすのもありだ。


 戦力として図りかねている以上、迂闊うかつに手伝ってもらうというわけにはいかない。相手は魔獣や魔人とは違うのだ。そうでなければ話は別なのだが……。

 ぐずぐずはしていられなかった。

 すでに屍人と化した村人の先頭は、そこまで迫っている。その中に夕暮れ時にすれ違った子供の姿があり……慧太は胸糞が悪くなるのだった。


 ――畜生……。やるしか、ねえよな……。


 彼らはもう死んでいる。死んでいるのだ――慧太は自らの手から斧を作り出し、保持する。


「お姫様、あんたは下がってろ」


 そういや、このお姫様に見られているんだよな――慧太は自嘲したくなった。

 アスモディアらとやりあったような変身や分身は使えない。知り合ったばかりの人間に、シェイプシフターである正体を明かすつもりなどないのだ。


 ――オレひとりで、能力隠して数十人相手にするってか? 無茶ぶりもいいとこだぜ。


 しかも、悪いことにすでに分離してあった分身体の存在を慧太はまるで感じられなくなっていた。つまりアスモディアを取り込もうと仕掛けた分身体は……あの女魔人にやられたのだ。

 組み付かれた上に返り討ちにするとか、あの魔人をちょっと舐めていたかもしれない。ヘタに喰おうとせず刺し殺しておけばよかった、と後悔する。


 ――ま、今更言ってもしょうがねえわな……!


 八方塞がりだ。無性に笑い出したい気分だった。

 慧太の口元が自然と歪な笑みの形になりかけたその時、突然、背後から紅蓮の炎が駆け抜けた。



 ・ ・ ・



 死体使い――魔人たちはドィームのことをそう呼んだ。


 年季が入ったその外套がいとうは飾り気がまったくなく、見ようによってはボロボロの布がかろうじてマントとなっているようでもあった。

 肉はほとんどなく、骸骨じみたその顔は、アンデッドの類と思われがちだが、ドィーム自身は、きちんと生きている魔人だった。……昔から死体と接して操ってきてはいるが。


「ケシッ、ケシシシ……!」


 ドィームは、仲間うちから不気味といわれる独特の笑い声を漏らした。

 人間が屍人となり、ドィームの手足となって動く。

 生者たちが家族や友人に噛み殺され、屍人へと化していくさまは愉快そのものだった。

 村人およそ五十名が屍人と化し、今まさに、本来の目的であるアルゲナムの元お姫様を襲う。

 正義を語るお姫様がどんな顔をして、元村人と対峙するのか、ドィームは愉しみでしょうがなかった。……ついでに邪魔者であるあのガキの顔――


「ケシシシッ」


 ドィームが目をらんらんと輝かせていた、まさにその時。

 ドスリと胸に一撃、衝撃と共に何かが抉った。


「あ……?」


 それは矢だった。ドィームは呆然とする。何故、矢が刺さっているのか。ここに、そんな武器を持っているやつは――


 すっと、五十ミータほど先にある民家の屋根に人影があった。

 月明かりに浮かんだシルエットは――女。しかしその頭頂部には尖がった耳。臀部には尻尾。


 ――狐、の、女……ァ!?


 ドィームは屋根から転がり落ちる。

 その瞬間、赤々と燃え盛る炎の柱が走り、お姫様らのもとに殺到する屍人集団がなぎ払われるのが目に映った。


次回、『浄化』

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