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第六話、屍人の村

 真っ暗な室内にいた。目が覚めたセラフィナは、ゆっくりとその身体を起こす。


 ベッドの上にいる。どうしてそうなっていたのか、まったくわからなかった。

 こんなに寝たのはいつ以来か――ぼんやりとする頭に覚醒を促しながら、記憶をたどる。


 レリエンディールの魔人に追われ続けている。

 しつこい追跡を前に、ほとんど休むこともできず、食事を取るのも難しかった。

 そしてついに昨日、これまで苦労して調達した旅の装備、携帯食をすべて失った。

 昼にとうとう限界がきて――助けられた。


 セラフィナは額に手を当てる。

 黒髪の戦士。歳は同じくらいだと思う。

 名前は確か……ケイタ。そう、彼が魔人と戦うセラフィナに助太刀したのだ。

 不思議な少年だった。突然、戦場に乱入してきて、瞬く間に魔人らを倒していったのだ。あの身軽さ、魔人を圧倒する力。……彼がいなければ今頃――

 ぐっとこみ上げてくるものがある。

 囚われ、あるいは殺されていただろう。ケイタが現れなければ。


 その後、歩くことすらままならないセラフィナを背負って。

 広い背中。

 温かくて、優しくて、ついそのまま――! 

 思い出したら、顔面が熱を帯びるのを感じた。異性に背負われるとか、そんな恥ずかしい経験などあろうはずもなく。

 ポンポンと自身の頭を叩く。顔を覗かせた羞恥心を払うが如く。


 ――ここは、彼の家、なのかしら……。


 セラフィナは、すっとベッドを降りる。

 暗い室内。明かりはどこかしら――ランプや蝋燭ろうそくでもあれば……。


 そこで部屋の外で足音が聞こえて、思わず身構える。

 暗いせいもあるが、見ず知らずの場所にいるということも、セラフィナの不安を掻き立てる。


「ケイタ……?」


 恐る恐る呼びかける。

 足音はゆっくりした音ながら複数聞こえ、一人や二人ではないことがわかった。


「……いったい何?」


 呟くように声が漏れたのは不安がなせる業か。

 身体は幾分か動くようになっていた。少しなら戦えそうだが、空腹を感じ、銀天使の鎧を具現化させるのは無理かもしれないと思った。

 ドン、と扉が叩かれた。ノックというには力強いその一撃は、扉を壊さんばかりの勢いだ。

 明らかにケイタではないだろう。……そもそも普通の人間は、扉の取っ手を回せば開くことくらいわかっているのだから。


 敵。それも、かなり知能の低い者――セラは当たりをつける。


 扉がドンドンと叩かれ、その回数もテンポも上がる。扉につける者が総動員で叩いているような感じだ。

 部屋の外には何人――何体かもしれない――の敵がいるかわからない。

 そうなると入り口からの脱出は困難。であるなら――セラは視線を転じる。

 部屋に唯一ある窓。ここから脱出だ。


 鎧戸を開く。

 外はすっかり夜だが、満月に近い月光で周囲がよく見えた。

 それまで真っ暗な部屋にいたので夜目に適応しているとも言える。ここがどうやら村らしいことはわかったが、同時にひとつの事実に突き当たる。


 ここは二階だ。そしてこの建物は多数の人に包囲されている。これらがすべて敵だとしたら、脱出はより困難かもしれない。

 逡巡しているうちに、背後でドンとより激しい音がした。

 扉に体当たりでも始めたのか――いよいよ駄目かもしれない。


 そう思った時、扉のむこうで殴打音らしきものが聞こえてきた。

 重量物が壁にあたり、または地面に倒れる音がいくつも聞こえる。続いて階段から何かが落ちていく音と、うめき声らしきものが響いた。

 次の瞬間、扉の取っ手が回り、部屋に一人入ってきた。


「お姫様、無事か!?」


 黒髪の戦士――ケイタだった。

 その姿に、セラフィナは強い安堵を覚えた。だが同時に違和感も。

 何故だろう、と思い、しかしすぐにその原因がわかった。

 彼は何と言ったか。セラフィナのことを『お姫様』と呼んだのだ。名前以外、教えていないにも関わらず、である。


 ――どうして知っているの……?


 セラの疑いをよそに、扉を閉じるケイタ。

 なにやら手に持っていた黒い塊を扉の前に放った。直後、またも外から扉が叩かれたか、先ほどよりも衝撃が弱くなったように感じた。


「これで時間が稼げる」


 ケイタはセラフィナに歩み寄り――ドキリと心臓が高鳴ったが、それが何故なのかセラフィナにはわからなかった。

 彼はそばを通過すると、窓から外を確認してから振り返る。


「さあ、お姫様、ここから出るぞ!」

「え、あ、でも――」


 ここ二階、と言おうとして、ケイタは窓から出ながら声を張り上げた。


「早く!」


 手を差し出すケイタ。促されるまま、セラフィナはその手をとり、窓から外へ出た。


 屋根をつたって移動――建物を取り囲む人々は、ケイタやセラフィナに気づく。

 死霊のようなうめき声を上げ、その下へと集まってくる。さすがに登ってくることはないが、これでは下へ飛び降りるのは難しい。


「これは、いったい……」


 セラフィナが呟けば、ケイタは苦いものを噛み潰したような顔で言った。


「ルベル村の住人だよ……ただ、屍人しびとみたくなっちまってるけど……くそ!」


 それは何に対する悪態だったのか。

 屍人か、あるいはこの状況に対してなのか。セラフィナには判断がつかなかった。

 だがここで、このまま見ているわけにもいかない。先ほど部屋に押し寄せてきた者たちが扉を破ることにでもなれば、やがて屋根にも現れる。


「どうしますか、ケイタ?」


 セラフィナは問う。

 正直、この村のことは何も知らないし、状況すべてを把握しているわけではない。

 だが必要とあれば、村人とも多少の荒事も覚悟しなくていけない。……そもそも、何故村人に襲われているのだろう?


「一応、付き合いのあった連中だ。できれば戦いたくない」


 ケイタは言ったが、どこか淡々とした言い草だった。他人事のような、あるいは感情を押し殺しているかのような感じだ。


「ここは、逃げよう」

「どうやって……ですか?」


 思わず反射的に返してしまったが、逃げ道などどこにあるというのだろう。

 ケイタはすっとこちらに目を向けた。その黒い瞳は一切揺らがない。


「跳ぶ」


 飛ぶ? ――目を丸くするセラフィナ。


 失礼、とケイタはセラの身体に手を触れ、ひざ裏と背中に手を回す。

 あっという間にセラは抱きかかえられてしまった。


 ――お、お姫様抱っこっ……!?


 セラフィナは赤面してしまう。何の準備もなく、説明もないまま抱えられ、うろたえてしまう。

 心臓の鼓動が耳に届くくらい、激しくなる。


「あ、ああ、あの、ケイタ!?」

「口を閉じてろ。舌をかむぞ!」


 セラフィナの身体を抱きかかえたまま、ケイタは屋根の上を走った。

 その先には、一番近い場所にある民家。だがその間には十ミータ(メートル)以上の距離がある。


「いや、それ無理ですっ!? あっ――」


 加速するケイタ。

 次の瞬間、その身体は宙を跳んだ。

 夜風が吹き荒れる。落下、そして衝撃を恐れ、セラフィナはケイタの腕の中で小さくなり、ギュッと目を閉じた。

 衝撃――落下のそれにしては随分と軽いそれに、セラフィナは目を開ければ、ケイタは走っていた。


 ――まさか、あの間を超えて民家の屋根に飛び移ったの? ……って、また走ってるぅっ!!


 音が消えた。ケイタとセラフィナの身体はまたも空を跳んだ。

 微塵も恐れず、ただまっすぐを見据えるケイタ。その顔を間近に、セラフィナは見とれてしまう。

 満月に近い月、夜空を駆ける少年――そのケイタが一瞬、顔をこわばらせた。


「落ちるぞ、備えろ!」


 何に――と口に出掛かるが、身体は本能的に衝撃に備えていた。

 直後、先ほどより強い震動。身体が一瞬浮かび、草地に背中から滑るように落ちた。


次回、『死体使いと矢』

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