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第四話、聖アルゲナムの姫

 ルベル村の家々に、明かりがともる。それは蝋燭ろうそくや油を使ったランプによる室内灯だ。随分と慎ましい明かりだと慧太は思う。

 蛍光灯やネオンなどと比べると、か細くて遠目から見るとどこか頼りない。もっとも、近くで見ると案外ホッとするものだから、人というのは暗闇を本能的に恐れる生き物なのだろう。

 正直言えば、今日は月明かりが強く、外を歩く分には照明に頼らずとも歩けるくらい明るかった。相対的に周囲の光源が弱いから、とも言えるが。


 宿の二階の部屋。慧太は窓から外の様子を眺めていた。セラフィナは相変わらず、すやすやとベッドの上で休んでいて、目覚める様子がない。

 使いに出した分身体は、魔人たちの動きを捉えている。どうやらセラフィナを追い、その所在も辿れるようだった。……つまり遅かれ早かれ、このルベル村に到達する。


 奴らがどんな手に出るかはわからない。だがこのまま宿に立てこもれば、村人にも被害が及ぶ恐れがあった。

 今夜は明るい。しかし夜は、慧太にとって都合がよいフィールドでもあった。……ここは先手を打って、魔人を待ち構えよう。


 慧太はポーチをとり、それを引き伸ばす。ポーチに偽装していたそれは、黒い粘着質の塊となった。一定の大きさにちぎり、床へと落とす。ふるふると小刻みに揺れるそれらを確認し、もう一度窓から村の様子を眺める。


 村人はみな家にいるのか、出歩いている者の姿はない。ぽつぽつと民家の室内の明かりが消えていく。就寝の時間だろう。光源が心許ないこの村の住人たちのこと、夜更かしはあまりしないのだ。


 慧太は鎧戸を閉め、外から部屋の様子が窺えないようにする。……どうせこちらも外の様子を見ないからいいのだ。

 床に落とした黒い塊が一斉に、部屋の戸の隙間を抜けて廊下へと出て行った。慧太は、ベッドで眠るセラフィナをじっと見つめる。

 食い入るようにじっと見やり、その銀色の髪や整った眉、顔のライン、首筋、体つきまで粒さに観察した。ベッドに身体を近づけ、セラフィナの寝顔を間近で眺める。距離にして二十テグル(センチ)もない。もし、この瞬間に彼女が目を覚ましたら、条件反射的に殴られたとしても文句は言えない。

 幸い、セラフィナは目を閉じたまま、安らかな寝息を立てていた。小さく胸元が上下している。

 すっと、慧太は手を伸ばす。彼女の白い素肌に手を当て、次の瞬間――



 ・  ・  ・



 周辺制圧は完了した。

 臭いを辿り、ルベル村に到着したアスモディアは、部下たちを村の西側から南側一帯に展開させ、半包囲の形をとらせた。反対側には、すでに先行していたドィームが()()()を終える頃だろう。正直、そこまでの必要はないと思うが念には念を、というやつだ。


 村にある宿に、銀髪の小娘とその捕獲を邪魔をした男がいると言う。……さて、ここからどう追い立てたものか。

 包囲の態勢を崩さぬまま宿に迫り、反応がなければそのまま部屋に踏み込む――オーソドックスだが、向こうはこちらの接近を気づいていないはずだから、それで十分だ。……何故気づいていないと思うか? 簡単だ。向こうは二人、こちらは十数人。こちらに気づいていたなら、当に逃げ出しているはずだからだ。


 ――あのお姫様は消耗しているし、ね。


 アスモディアは部下たちに前進を命じようとして、ふと止まった。

 宿の扉が開いたのだ。気づいたか――出てきたのは標的である小娘こと、セラフィナだった。宿の影から出た時、月明かりで彼女の銀髪がにわかに煌いたように見えた。


 ――ほぅ。


 思わずアスモディアは感嘆の吐息を漏らした。なんと美しい娘だろう。敵でなければ、ぜひ自分のハーレムに加えたいと思うような娘だ。アスモディアは魔人の国の中でも一・二を争うと美女であると自負しているが、同時に有名な同性愛者でもあった。ちなみに異性は遊びの道具である。


 ランプを持たず、まして武器を持っている様子もないセラフィナは、割としっかりした足取りで村の中を歩き始めた。夜の散歩でもしているような気楽さ。どうやら、この数時間の間にしっかり休んだらしい。

 一瞬、舌打ちをしたい衝動にかられたが、例の邪魔者もいないようで気をとり直す。一人で出歩いてくれるなら好都合だ。アスモディアは部下たちに、追跡するように指示を出した。魔人たちは、夜陰に乗じて極力音を立てずに、セラフィナの後を追った。


 やがて、村の外縁の石垣の近くまで達した時、アスモディアは腕を振り上げ合図をした。


 網を閉じろ――さっと、魔人たちは銀髪の娘を取り囲んだ。


「わざわざ、そっちから出てきてくるとはねぇ」


 アスモディアは、背中を向けているセラフィナへ歩み寄りながら、余裕たっぷりに告げた。


「せっかくの仕掛けも無駄になったかもしれないけれど……まあ、でもいいわ。貴女を捕らえるよう命じられているのだから。大人しくしてくれると嬉しいけれど、抵抗、するのよねぇ、お姫様?」

「……お姫様?」


 ぽつり、とセラフィナが呟いた。


「お前は私が誰かわかっているの?」

「わかって、ですって? あはっ! なに? 私はお姫様だから、頭が高いっ、控えろ、とでも言うの?」


 心底小馬鹿にするようにアスモディアは言った。……本当、かわいそうなお姫様。


「貴女の国はもうないのよ、()お姫様。貴女はただの小娘――」


 ああ、違った――アスモディアは唇を嘲笑の形に歪める。


「いいえ、訂正するわ。我らレリエンディールの宿敵。聖アルゲナム、白銀の一族の生き残り、セラフィナ・アルゲナム」

「そう……」


 ふっとセラフィナは笑ったようだった。どこか安心したような、場違いとも言える笑み。そこでアスモディアは違和感を覚えた。

 国を滅ぼされ、魔人に対して敵意を剥き出しにするこの娘が、魔人を前に武器も構えず余裕の態度をとっていることに。


「感謝するわ。私が『何者』か、教えてくれて……!」

「!?」


 セラフィナが振り向きざまに、アスモディアに向かってきた。数ミータ(メートル)を瞬きの間に詰める瞬発力とスピード。とっさに得物である赤槍『スコルピオテイル』を召喚したのは、防衛本能の賜物だった。

 ガキンとぶつかる赤槍と黒い刃物。セラフィナの手には刃渡り二十数センチ(テグル)のダガー。丸腰に見えたし、たとえ隠し持っていたとしても抜く隙はなかった。何より、それはセラフィナの顔をしていたが、雰囲気といい気配といいまったくの別物だった。


「貴女、お姫様じゃないわね!?」

「ええ、そう……残念ながら、お前らが探しているお姫様じゃねえよ!」


 左手にもダガーが現れ、アスモディアを狙う。素早く身を引き、距離をとる。

 次の瞬間、銀髪の美少女は消え失せ、黒髪の少年戦士へと姿が変わる。変装ではない、これは明らかに『変身』だ。魔法か、それとも特性か。あっという間に姿を変えたのだった。


「はじめまして、だ、魔人ども。しがない傭兵……いや」


 黒髪の少年――慧太は凄みのある笑みを浮かべた。


「シェイプシフターだ。……つーわけだから、お前らまとめてあの世に送ってやるぜ」

次回、『シェイプシフター』

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