第四七九話、スパイを追え
「追撃命令を出します」
ユウラは、ウェントゥス傭兵軍将校らに告げた。
「魔人軍がシェイプシフターを使ってスパイをしていた。これは由々しき事態です。我々の情報についても、抜き取られている可能性もある」
『リッケンシルトよりは知られていないとは思います』
ガーズィが答えたが、ユウラは首を横に振る。
「量の問題ではないんです。抜き取られた、というだけで問題なんです」
そして探り出された情報の内容にも問題がある。
「何が知られたかわからない。これがもし、春季大攻勢のプランだったら?」
春になったら開始されるアルゲナム進攻計画。それが敵に筒抜けとなってしまったら、この冬に向けて魔人軍も防衛態勢を強化するだろう。大攻勢の進軍予定ルートを重点的に固められたら、こちらの作戦は瓦解する。
「それに今現在アルゲナムに潜入している慧太君やセラさんの身にも危険が及ぶ可能性もあります」
魔人軍が、アルゲナム内に白銀の姫がいると知れば、それこそ血眼になって捜索、狩り立てるだろう。
それを考えれば、敵のスパイがアルゲナムの第六軍に報告する前に追いつき、殲滅しなくてはならない。
『ただちに追撃いたします』
ガーズィは背筋を伸ばした。ユウラは頷く。
『お願いします。事はウェントゥス軍の今後に関わります』
特に危険なのは、ウェントゥス軍の大部分を構成しているのがシェイプシフターであることが知られることだ。
正体がわかれば、それに備えた対策をしてくる。それはこちらの持つ戦闘力のアドバンテージが大きく失われるということ。
何よりこちらの諜報活動に対する警戒度が一段と高くなる。これまでは変身によってやり過ごしてきたものが、『これはシェイプシフターではないか』と疑い、確認することを魔人たちは始めるかもしれない。それでは今後の偵察、情報収集もやりづらくなるのだ。
・ ・ ・
ガーズィ連隊長は、ただちに部隊を召集するとアルゲナム国境方面へ部隊を進ませた。コンプトゥスに騎乗し、追撃大隊は迅速に行動する。
『連隊長、敵はシェイプシフターです』
ウェントゥス兵はガーズィに声をかけた。
『飛行する生き物に化ければ、そのまま国境へ飛び去ることができます。地上で追いかけても逃げられるのでは?』
『貴様が敵の立場だったらどうする?』
ガーズィは小型竜を巧みに操りながら森の中を進む。シェイプシフター騎兵らも障害物だらけの森を迅速に突きぬける。
『追ってもシェイプシフターであるならば、安易に飛行に頼るのは危ない。そうは思わんか?』
『こちらも空から追尾するからですか?』
『まず伝令が国境線に飛ぶ。他の部隊に敵の正体を伝え、警戒させるためだ』
『であれば、伝令が最前線にメッセージを伝える前に飛び去りたいというのは理想でありますが』
つまり、飛行して一目散に逃げれば振り切れる。
『しかし、それは目につく。地上のどこに我々の見張りがいるともわからない状況で、迂闊に不審な鳥などが飛んでいれば目についてしまう。そこから通報、追跡される。……退却するにあたり、最善は何だと思う?』
『敵に見られないことです』
ウェントゥス兵は答えた。
『目撃されれば、そこから逃走進路を予測されてしまいます』
『そういうことだ。この季節、アルゲナム方向に向かう渡り鳥はいない。逆はあるがな』
季節の変わり目に移動する野鳥はあれど、その移動経路はある程度決まっている。
『この時期にアルゲナム方向に飛んでいく鳥は非常に目立つ。つまりこちらの伝令が前線に向かう前から、すでに飛行する物体について我が軍の兵は警戒するようにできている』
ガーズィは幾分か声を落とした。
『敵が我が軍のことを知ったならば、何の考えなしに国境へ飛ぶのは非常に危険であると理解しているはずだ。そうなれば敵は陸路を使って脱出する』
こちらに姿を見られないよう、森などを通って。
『こちらの空からの索敵を躱すためにも、上から目視しにくい地形を活用するはずだ』
敵にとっても、アルゲナム方向に飛ぶ鳥はいないと知っていれば、自分たち以外でそういう飛び方をする鳥を見れば、ウェントゥス軍の追っ手であると悟るだろう。
『中々に面倒ですな』
『互いにシェイプシフターであるとわかっているなら、なおのことだ』
目撃されれば、必ずと追跡される。それが他の生物の姿を借りていたとしても、不審とみれば即追尾だ。
ウェントゥス軍の前線部隊にはそのように普段から備えている。また緊急事態が発生した場合の連絡網の形成、即応部隊の対応など準備に抜かりはない。
『そうであれば、敵は安易に飛行は選ばない』
もちろん、追跡されるのを承知で囮を出して、追跡を明後日の方向へ誘い出すなど、かく乱を試みてくる手を打ってくる可能性もあった。
『だが、一カ所に隠れられると見つけるのは困難極まりないが、一度動き出すと、シェイプシフターでも案外わかってしまうものだ』
森を抜ける。そのまま平原を疾走していると、前方からウェントゥス軍の偵察鳥が飛んできた。
ガーズィは部隊に合図して一度、停止すると偵察鳥の報告を受ける。
『移動中の集団を、ここより南およそ三十キラータに発見。盗賊に扮しているようですが、おそらく――』
『敵だな』
ウェントゥス軍の警戒線に怪しい集団が引っかかった。動けば察知しやすいというのは本当であった。
『ではその集団を追撃する。近隣の警戒部隊も先回りさせろ。首都のユウラ殿にも報告!』
『了解です!』
偵察鳥が飛び上がると、空中で分離し、一方はエアリアへ、もう一方は近隣の部隊への伝令に向かった。
ガーズィは部隊に振り返る。
『前進!』
追撃大隊は、敵に対して突き進んだ。




