第四七二話、出会い頭の遭遇戦
カラドクラン・リーダーが村の南側へ突撃を図った頃、北側ではサバッタ副隊長の一個歩兵中隊が、同じくオルセン村に殺到した。
だが――
『おらおら、正面からきたら踏み潰すぞ!』
青い魔鎧機が飛び出し、北門に押しかけたカラドクラン兵を弾き飛ばした。
『アイスブラスト!』
魔鎧機――グラス・ラファルが腕から巨大氷つぶてを放つ。打ち込まれた氷に、突入を妨げられたトカゲ人が多々良を踏む。運悪く直撃した者は全身をズタズタにされて絶命した。
サバッタ副隊長は叫ぶ。
「下がれ! 下がれっ!」
これは酷い正面衝突だった。村に侵入という段階になって、魔鎧機が飛び出してくる。そもそも敵にそのような機械兵力があるなど、まったく想定していなかったから兵たちの動揺も大きい。
――だから事前偵察は大事なのだ……!
サバッタは内心、悪態をつく。しかし予想できなかったのは仕方のない面もあった。
アルゲナム・ゲリラに魔鎧機などあるわけがないと、十人いたら十人ともそう考えていただろう。
何故ならば、これまでゲリラが魔鎧機を使ったことなど、一度もなかったからだ。アルゲナムを占領してから、どれほどの月日が流れた? 人間たちが魔鎧機を保有していたなら、すでにその姿は捉えられ、警戒リストのトップに上がっていただろう。
だから、この思いがけない敵の存在について、何の対策がなかったのもやむを得ない。一言、その存在を部下たちに通達できれば、あるいは集団でよってかかって取り付くこともできたかもしれない。
だが現実は、魔鎧機の鋼鉄の腕に、屈強なカラドクランの兵士たちが跳ね飛ばされ、内臓や骨をやられ、戦闘不能者が続出する。
さらに追い打ちをかけるように矢が飛んできて、魔鎧機から距離をとっていた者たちが次々に撃たれた。
『敵だ!』
正面の青い魔鎧機ばかりに気をとられ、他に敵がいたことを失念していた。
鬼のような仮面をした戦士らが村を囲む塀から上半身を覗かせて、クロスボウ型武器を速射する。その連射速度は、普通のクロスボウではない。
完全にアルゲナム・ゲリラにイニシアチブを奪われた。サバッタは、一度撤退し、態勢を立て直すべきか、あるいは村に近い今を攻め時として、損害覚悟で突っ込むかで悩んでしまった。
下がっても、また攻めなければならない。その時に改めて犠牲を出すくらいなら、このまま強引に村に乗り込んで乱戦に持ち込んだ方が、最終的な被害は少なくなるのではないか。
だがそれがいけなかった。指示が遅れた分、ゲリラたちが一気呵成に攻めかかってきた。やはり鬼の面をつけた戦士らが飛び出し、手近なカラドクラン兵に殴りかかった。
特に目立つのは、鬼の面に漆黒ドレスの女と、同じく鬼の面に金棒を持った女。それらが力任せに、魔人兵らを斬殺、撲殺していき、止められない。
あれは第一級の戦士だ。そこらの農民を徴用した雑兵とは違う。戦うために育ち、戦闘力では一般兵では太刀打ちできないレベルの強者だ。
アルゲナム・ゲリラにまだ、そのような戦士が残っていたのか。サバッタは面食らう。鬼の面といい、どうしてこれほどの敵が今までまったく噂にすらならなかったのか。
クロスボウ型武器を撃ちまくっていた鬼の面の兵たちも塀を出て、突撃に移ってきた。もはやカラドクラン兵たちは前進どころではなく、自然と後退し始めていた。
――遅かった……!
決断が遅れたことをサバッタは悟った。そうしたところで、もうどうにもならないが。
『撤退! 撤退しろーっ!』
せめて命じてみたところで、追い討ちをかけられたカラドクラン兵は、背中から撃たれる。青い魔鎧機も激しく前進しつつ氷の魔弾を撃つので、逃げる兵どもも次々にやられていく。
100人はいた兵たちも、すでに四分の一以下、いや、五分の一の減っていた。
「逃がさないわよ!」
『!?』
サバッタの前に鬼の面の少女が舞う。片手用のバトルアックスを構えたサバッタだが、そのより先に刃が肩に刺さった。相手の剣の方が速い。
『ぐっ!』
ジャンプからの一撃は、そのままサバッタの利き腕を肩ごと切り裂いた。勢いがあったとはいえ、人間のそれとは思えない切れ味。吹き出る紫の血。
――いったい何者だ、こいつら……!?
アルゲナム・ゲリラではない。突然、現れた鬼の面の集団。そしてようやく思い出す。隣国、リッケンシルト国にいた第四軍を撃破したという人間の軍勢――ウェントゥス軍に鬼に似たフルフェイス兜の兵たちがいるらしいというのを。
『奴ら、この国に入り込んでいたのか……!』
ブン、と音がして、サバッタの視界が飛んだ。首を刎ねられたのだ。
北門から突入しようとしたカラドクラン兵は、たちまち一掃されてしまった。ただの一人も残すことなく、殲滅されてしまったのである。
・ ・ ・
南門からオルセン村に侵入を果たしたカラドクラン・リーダーとその部隊。散会しつつ、塀を超えたので、多くの兵が無事に迎撃を切り抜けた。
まずやったことと言えば、例の狙撃手の始末だ。壁を垂直に登ることができるトカゲ人兵は、狙撃してきた弓使いを殺害すべく、高い民家の屋根へとよじ登った。
が、そこに弓使いはいない。辺りを見回すカラドクラン兵だが、直後、飛来した矢が喉を貫き、その兵を屋根から叩き落とした。
『畜生っ!』
仲間の兵が次々に屋根に上がる。
『あそこだ! 別の民家の屋根!』
弓使いは離れた建物の屋根にいた。空中を歩くことなどできないのに、どうやってこの短時間で移動したのか。
『伏せろ!!』
またも飛んできた矢に一人が撃たれ、屋根から落下した。
『お前ら、側面から回り込め!』
下にいる同僚に叫ぶ。敵は一人である。複数が迂回して攻め込めば、捌ききれなくなって追い詰めることができる。
建物を回り込み、カラドクラン兵たちが移動する。しかし民家の塀を超えて、建物の陰に差し掛かったところで、待ち伏せしていた鬼の面に兵に喉を裂かれた。
『あ……!』
次の瞬間、胸に刃を突き立てられ、待ち伏せされた兵は倒れる。そして鬼の面は、奥へと消えていく。
見通しの悪い地点での不意打ちが、カラドクラン兵を襲う!




