第四六九話、ゲリラと対面する姫君
『男爵閣下!?』
『マニィ様! 何故このようなことを!?』
魔人騎士たちが、自分たちの指揮官を、さらなる上司である軍指揮官に殺され、動揺を隠せない。
マニィ・ルナルの姿をしたそれは、わざとらしく狐のポーズをする。
「ワタシは誰でアナタたちの指揮官の――あぁ違う違う、こうね。わらわは誰……これも違うような」
『貴様っ! 何者だ!?』
『我らがマニィ・ルナル様の姿に変身しおって!』
魔人騎士はいきり立ち、剣を手に向かってきた。マニィ・ルナルに化けたそれは、やはり妖しく笑う。
『軍団長に刃を向けるのがどういうことかわかっているかしら、ね!』
次の瞬間、騎士たちの首が飛んだ。あっという間に三人が切り捨てられ、最後の一人がその強さに呆然とする中、剣が心臓を一刺しにした。
「あら、駄目よ? 戦場で見とれたら」
周りは制圧されつつあった。魔人兵は倒され、慧太やセラ、そしてウェントゥス兵らが人質を保護していた。
「そろそろこの姿だとマズいかしらね」
マニィ・ルナルに化けていたサターナは、シェイプチェンジして、元の姿に戻る。アルゲナムゲリラに敵総大将と勘違いされても困る。
台に戻りつつ、今しがた討ち取った敵将の死体を見下ろす。
「……ふうむ?」
顔に見覚えがあった。しかしパッと名前が出てこない。かつて貴族の集まりで見かけたと思う。敵兵が『男爵閣下』と言っていたから、それは間違いない。
しかし、所詮、男爵程度ならば、七大貴族から言わせれば、そこらの騎士と同じレベル。要するに雑兵も同様だから、自分の直接の配下ならともかく、ルナル家の子分の、下っ端の名前を思い出せなくても仕方がなかった。
「冴えない男のようだし、仕方ないわよね」
サターナは、名前を覚える気にならない男には、少し評価が厳しいのだ。そこへ慧太が走り出すのが見えた。
「サターナ、アウロラたちの方に、敵の増援が回ってる。援護に行くぞ」
「村の周りに残っている哨兵は?」
別口を見張っていた部隊が動いたとしても、持ち場をガラ空きにすることはない。人数にもよるが、必ず見張りを残して移動する。移動の隙に、敵が入ってきたり、あるいは脱出されても困るからだ。
「リアナに任せた」
慧太の答えは簡潔だった。彼女ならば問題なく、哨兵を排除できるだろう。サターナは慧太と、ヴルトら狼人たちと駆けた。
・ ・ ・
セラは、慧太たちが村の入り口での戦闘の増援に駆けるのを視界に捉えた。
本当なら、そちらに行きたかったが、残念ながら周りがそれを許してくれなかった。
「セラフィナ様!」
「姫様!」
助けた村の住人、アルゲナムゲリラと思われる戦士たちが声をかけてきたからだ。神様でも見たように拝む者までいた。
魔人たちに殺されそうになっていたところを、自分たちの国の姫が武装して駆けつけてくれば、感涙する者が相次いだのだ。
「セラフィナ様!」
聞き覚えのある声に、セラは視線を向けた。
立てこもっていた民家から、生き残りの戦士たちが出てくる。真っ先に駆けてきたのは、かつての近衛隊長のメイアであった。
「メイア! あなた生きて――」
アルゲナム陥落のあの日から、まさか生きていてくれたとは――セラもふっと感情が爆発して、涙ぐんでしまった。
「セラフィナ様!」
ほとんど抱きつく勢いでメイアが駆けつけた。
「ご無事で! セラフィナ様! よくぞ――」
涙腺が崩壊したのは彼女も同じようだった。普段から勇ましく凛としているメイアが、泣き出すのは夢でも見ているのではないかとセラは思った。
彼女の後に続いた戦士たいも涙を流している。
崩壊した国、生き別れ、そしてその生存が絶望視されていたセラが、今こうして立っている。
騎士姫として、凜々しく、美しく、それでいて可憐な、皆が大好きな彼女が無事だっただけでも嬉しいのに、民の苦境に危険を顧みず現れ、そして敵を打ち倒したのだ。
まるで戦争が終わったかのような喜びを、アルゲナムゲリラたちに抱かせた。そんな素直な喜びの感情にさらされ、セラもまた心に響く。感情とは伝染するものだ。
「みんな、生きていてくれて、ありがとう……」
セラは泣いた。押し寄せてくる感情の波が、姫であろうとする仮面で取り繕うことさえ許さなかった。しっかりしなきゃ、と脳がささやいても、どうしようもない。止められない。
広場に敵はいないけれど、まだ村の外周では戦いが続いていて、ケイタたちが戦っている。こんなことをしていてはいけないのに、でも……でも――
「泣かないで、姫様」
周りにもそれが伝染してしまう。いけないのに、まだ敵がいるかもしれないのに――セラが何とか周りを見ようとすると、キアハやウェントゥス兵が背中を向けて、代わりに見張りをしていた。
一瞬、キアハの視線がぶつかった。彼女は小さく頷くと警戒に戻る。ここは見ていますから、大丈夫ですよ、と彼女の顔は言っていた。
キアハはよく気づく子だ。そしてウェントゥス兵もまた、しっかりアルゲナムの民を守るべく役目を果たしている。それを命じた慧太の優しさを感じて、セラは涙を振り払った。
いつまでも甘えていられない。
「皆、ありがとう。でも話は後で。今はまだ戦闘は続いています。アルゲナムを解放するため、私たちに力を貸してくれる人が戦ってくれています」
「セラフィナ様、ご指示を!」
メイアが、近衛隊長らしく背筋を伸ばした。アルゲナムゲリラたちも、まだ目を腫らしながらも、戦士の顔に戻っている。
「私たちも戦闘に加わります。アルゲナムのため、敵を打ち倒しましょう!」
「おおっ!!」
ゲリラたちは声を張り上げた。この時の皆の気持ちは、何でもできる、怖いものなど何もないという、士気昂揚状態にあった。




