第四六八話、混乱する魔人兵
ポルアー男爵は、レリエンディール、第六軍の指揮官の一人である。
オルセン村におけるアルゲナムゲリラの誘い出し作戦を指揮し、協力者の村人の処刑とゲリラ掃討を遂行していた。
間抜けにも処刑場である広場に乗り込んできたゲリラは、待ち伏せで逆襲。その突撃を完全に止め、広場の一角の民家へと追い込んだ。
降伏は呼びかけたが、むろん、それに応えるほど人間どもは賢くなかった。しかし男爵は構わなかった。
立て籠もった民家に火を放ち、それで丸焼けにすればよいのだ。
それが終わった後で、ゲリラ捕虜の処刑を済ませれば、お役目御免ということになる。……その予定ではあった。
しかし世の中は、予定通りにはいかないものだ。
村の入り口脇で戦闘が発生した時、別のアルゲナムゲリラが現れたのだと思った。だが伝令の報告では、敵は魔鎧機と呼ばれる魔法兵器であった。
『ゲリラが魔鎧機だと!?』
当然、寝耳に水である。このアルゲナムを制圧した時にだって、魔鎧機などは存在しなかった。
アルゲナムの軍備にないものを、ゲリラが使うはずがない。
『街道封鎖部隊だけでは、防ぎきれません! 増援の要ありと認めますが――』
『増援ったってなぁ』
ポルアーは面食らう。自分が率いているのは歩兵ばかりで、魔鎧機などに対抗する武装や兵科は持ち合わせていない。
先にも言ったが、アルゲナムに魔鎧機などないから、それ用の装備など本来不要だったのだ。
これについては、男爵には何の落ち度もない。事前に、そういう情報があって対策を怠ったというのであれば責任問題だが、そんな話は一切なかった。
『とりあえず、暇している外周警備の奴らを迂回させて、挟み撃ちにしろ』
『はっ!』
伝令が駆ける。ポルアーはなおも言った。
『こっちには機械兵器の類いもないんだから、兵で力押しするしか……って、聞いてねえでやんの』
半分ぼやきつつ、しかしポルアーは、ゲリラ掃討の任に戻った。この戦いがどうなるか予断を許さなくなってきたが、せめて追い込んでいるゲリラくらいは始末しておかないと、罠を実行した意味がなくなる。
『ようし、火の準備だ』
ポルアーは、近くで待機していた弓兵に指示を出した。
その端では、死刑執行の対象である囚人と村人が十数名、拘束された状態で座らされている。当然ながら魔人兵らが見張っている。
村人はともかく、元ゲリラ捕虜たちが、この絶対的状況で、家ごと火炙りにされる仲間のために暴れないとも限らないから、念入りである。
――すぐに貴様らも処刑してやる。そのまま大人しく待っていろ。
ポルアーは視線を、目標の民家へと向けた。
その時だった。広場に、新たな一団が飛び込んできた。アルゲナムゲリラか――そう思ったのもつかの間、真っ先に飛び込んできたのは、人間ではなかった。
だから一瞬、反応に遅れた。
狼の獣人だった。それらが手近な魔人兵に襲いかかり、包囲の一角が崩れる。
『獣人!? どこから現れやがった!』
ポルアーは顔を上げる。広場を取り囲むように建つ建物の屋根には、複数の弓兵がいて、広場に現れたゲリラを上から狙えるように配置していた。これで最初の襲撃を退け、とある民家に追い込んだのだ。
どこの獣人かは知らないが、上から弓に狙い撃ちにされておしまい――
『!?』
ポルアーは目を疑った。
高所に陣取った魔人弓兵が、どこからか撃たれた矢を浴びて、次々に倒れていくではないか。
広場の騒動に注意を引かれた弓兵らは、まさか広場以外の場所から自分たちが狙われていることに気づかず、射殺されていった。
『おい、上――』
しかしポルアーが、警告を発する間は残念ながらなかった。
広場に乱入した正体不明の獣人らが、まだ状況が飲み込めない魔人兵らを殺戮し、浸透してきていたからである。
これが獣人でなく、人間であったなら何の迷いもなく戦えただろう。だが突然現れた獣人の戦士が、何者かわからず、兵たちは自身の身を守れど、即攻撃していいかわからなかったのである。
何故、わからないのか? 理由をあげれば、レリエンディールの魔人の中には、獣人系の種族もいて、それが軍以外にも傭兵などで活動していたからである。
つまり、この狼獣人たちは軍が雇った傭兵ではないか、という考えが脳裏をよぎったのでだ。
『何をやっている! そいつらは敵だぞ!』
ポルアーは喚いた。
『ゲリラもろとも殺せぇ!』
男爵が、獣人を明確な敵としたことを聞いたことで、魔人兵らも迷いは消える。正直にいえば、ポルアー自身にも、この獣人たちが何なのかわかっていない。だが攻撃されている以上、味方ではない。後のことは返り討ちにしてから調べればいいと判断したのだった。
だが、些か遅かった。
獣人らの後ろから、さらに人間の戦士たちが現れ、広場の兵たちは、そのほとんどがやられてしまっていたのである。
ゲリラが現れたら、囚人と村人を人質にする――という策は、先に踏み込んだ獣人の攻撃で、完全に機会を逸してしまい、その人質も、一目散に駆けつけた銀髪の女騎士によって解放されてしまう。
――なに、銀髪の女……!?
ポルアーは目を見開いた。
「まさか!? セラフィナ・アルゲナムか!?」
アルゲナムの戦乙女。リッケンシルトの第四軍と戦った人類軍にも、亡国の騎士姫の姿は目撃されていた。
今やレリエンディール軍でも、その存在は有名ではあるが、彼女はまだリッケンシルト国にいるはずで、アルゲナムに戻っていたとは予想だにしていなかった。
『男爵閣下!』
側近の魔人騎士が警告を発する。ポルアーのいた指揮台に、敵が迫っていたのである。アルゲナムの姫を目で追っている場合ではなかった。
ポルアーは腰に下げるレイピアに手をかける。護衛の兵たちが、敵の前に立ちふさがろうとするが、その敵は常人のそれを凌駕する大ジャンプで飛び越え、フード付きマントを払った。
そこから出てきた姿に、ポルアーや騎士たちは呆然とした。
「っ!? ルナル様!?」
第六軍の指揮官マニィ・ルナルだった。九つの尻尾を持つ美貌の魔人指揮官の姿を、第六軍の将兵が見間違えるはずがない。
それが何故、敵と一緒に行動し、ましてその先頭きって飛び込んできたのか、まったくわからない。
「ッ……!」
そのマニィ・ルナルは凶悪な笑みを浮かべて、飛びかかると同時に手にした剣を振るい、ポルアーを一撃のもとに切り捨てた。
倒れる男爵。代わりに指揮台に立ったマニィ・ルナルは、くるりと振り返ると、妖艶な笑みを浮かべた。
「さて、ワタシは誰でしょう?」




