第四六六話、情報と時間の不足
オルセンの村は、魔人軍によって固められていた。
アルゲナムの民とその反乱者たちの処刑の告知。その情報を得て、同胞を救おうとゲリラが駆けつけたところを返り討ちにし、敵対勢力を殲滅する――それが魔人軍の現地部隊である第六軍は目論んでいるのだろう。
「こうもあからさまに部隊を展開しているとな」
村の真ん中を通っていると思われる街道。その出入り口には、百人単位の魔人兵が警備している。
近くの森の端から、それを確認した慧太は、静かに溜息をついた。
「ゲリラは、あの防衛線を抜けないと、村の中には入れない」
「アルゲナムゲリラがどれくらいの規模かは知らないけれど――」
サターナは口を尖らせた。
「一個中隊よりも多いとは思えない。まともに突っ込めば、ゲリラ側は村に入ることもできずにやられるか、退散でしょうね」
「正面から行かなければ、どうです?」
ヴルトが村の周囲を指さした。石の壁がぐるりと村の敷地の外側にあって、一般的な獣、害獣の侵入を阻む。
しかし人間の背丈よりは低いので、狼人ならば越えるのはさほど難しくない。人間でも、鈍くさい者は多少手間取るが、道具などなくても越えられるだろう。
「連中が、見張っていないとは思えないんだよな」
「見張っているわよ。村の外側の民家の二階とかからね」
サターナは指摘した。
「罠にかけようと言うんだもの。警戒していないわけがないわ」
敵が見張っている中、塀を越えて村に侵入すれば、たちどころに敵兵が集まってきて戦闘に突入だろう。
――シェイプシフターだけなら、忍び込むのは容易いんだけど……。
ここには普通の人間や獣人もいて、そう都合よくはいかない。
「ハヅチ将軍」
アウロラが口を開いた。
「正面から突っ込んだら駄目なのか? アタシの魔鎧機なら、一個中隊程度の歩兵なんてめじゃないし、魔人連中もその戦力は想定していないぜ?」
「想定していないから、魔鎧機を使ったら、こっちの身バレに繋がる」
慧太は、そっとセラへ視線を向けた。彼女も魔鎧機を持っているが、聖アルゲナム所縁のものだから、一発でセラフィナ・アルゲナムがきたと敵にもバレる。
第六軍のマニィ・ルナルも、セラが聖アルゲナム国に潜伏していると知れば、国内の部隊を大きく動かすだろう。ここにきて情報の大幅修正は望んでいない。
「無難なのは、アルゲナムゲリラが行動を起こした時に呼応して動くことだ」
よい言い方をすれば連動。悪い言い方をするなら、ゲリラを陽動に使う。
「ゲリラが現れれば、敵の注意はそちらに集まる。もちろん、完全に見張りの目がなくなるわけではないが、そこにこちら動けば、敵の戦力も分散させられる」
少なくとも、単独突撃して敵に包囲されるということはない。
そこでサターナが腕を組んだ。
「ゲリラがどこまでアテにできるか、が問題よね」
セラ、キアハの目がサターナに向く。
「そもそも、ゲリラが現れないパターンもあるわよね?」
アルゲナムゲリラ側にも都合がある。同胞の処刑は阻止したいが、戦力が不足しているなどという理由で、攻撃を見合わせる可能性もある。敵が想定以上に兵を展開させていて、あからさまに罠を張っているというのはゲリラも理解はしているのではないか。
絶対かなわない状態で、バンザイ突撃をかけるほど蛮勇でもないだろう。セラのように、絶対助けるお姫様のような者が指導者でない限り。
慧太は首をかしげる。せめて事前にアルゲナムゲリラと接触できていれば、また違った展開になっていただろう。
共同戦線の可能性もあったし、ゲリラの状況がわかれば、このオルセン村への対処だってはっきしていた。
「あまり待ってもいられないのでは?」
セラがここで言った。
「ぐずぐずしていると、処刑が始まってしまうかもしれない」
「それも問題だ」
慧太もそれは危惧している。ゲリラの襲撃、奪回のリアクションを起こさせるために、処刑をはじめるのも手ではある。処刑するのは一人や二人ではないだろうから、順番に執行していても、それなりに時間はかかると思われる。
――つくづくゲリラが動くか動かないかわからないのが痛いな。
何より、じっくり情報を集めて作戦を検討する時間がなかったのが悔やまれる。
もっともこれは、第六軍の都合だから、あちらが何日に処刑を執行しますと言ってしまえば、こちらに時間があろうがなかろうが、お構いなしである。
『将軍!』
ウェントゥス兵が低い声を出した。敵に見つかったのか、と周りが警戒するが違った。
『斥候、戻ってきました』
変身能力で空から村の状況を偵察していた兵が、慧太たちの円陣に合流した。
「どうだった?」
『村の中に、すでにゲリラがいました。ただ救出作戦は失敗かと――』
「すでに動いていた!?」
セラが前のめりになり、アウロラがなだめるようにそれを止めた。慧太は続きを促す。
『はい。あらたに数名のゲリラが捕虜になり、残っている数名が広場前の民家に立てこもっている状況です。家は包囲され、魔人軍により降伏勧告が呼びかけられています』
絶体絶命、というやつだ――慧太は思わず天を仰いだ。
頼りにしようとしていたゲリラはすでに行動を起こし、しかも追い詰められているという。
ヴルトが口を開いた。
「村の中で戦闘をしていたなら、街道を塞いでいる中隊は何なんだ?」
「ゲリラといっても一つじゃないとか、あるいは別動隊が動いた時のための備えじゃないですか?」
キアハが言えば、リアナもポツリと言った。
「陽動警戒」
公開処刑で駆けつけるゲリラを絶対返り討ちにしようという第六軍である。投入戦力や備えも万全ということなのだろう。
――こちらは情報不足。しかも処刑はカウントダウン状態で時間がない、ときた。
まだ他にゲリラがいるかもしれないが、残念ながら時間はない。
「行動を開始する。アウロラ、魔鎧機を解禁する。街道出入り口の敵歩兵中隊に陽動攻撃を開始してくれ」
「よしきた、任せてくれ!」
アウロラは声を弾ませた。彼女の他、キアハとウェントゥス兵を援護につける。
「オレとセラ、サターナと数名で、石壁を超える。そのまま中央に殴り込みをかけるから、リアナとヴルトたちは敵の見張りの排除と、オレたちの支援だ」
「了解」
「やってやりましょ!」
それぞれの役割を指示し、慧太たちは動いた。アルゲナムゲリラと村人の救出。そして魔人兵の排除。全てこの手勢でやらねばならないのがきついところである。




