第四六四話、思惑の想像
ベルフェ・ド・ゴールにとって、ウェントゥス軍にいるというのは、そう悪いものではなかった。
人間勢力の傭兵軍に加わった――正確には加えられた身の上なれど、魔神のそれも将軍だったことを思えば、日常的に敵意や罵詈も覚悟していたものだ。
しかし現実には、狭い範囲でしか行動していないこともあり、外部の人間に会うことはなく、傭兵軍の人材も何事もなく生活している。
対面するウェントゥス兵は、みなベルフェを上官のように扱うし、無視もなければ非常に勤勉に働いた。それが些事であっても、機械のように従順であった。
元より、レリエンディール第四軍の将として、会議やら報告を受けるなどの仕事はしてきたベルフェだが、彼女の本音を言えば、煩わしいの一言である。
ウェントゥス軍に加わり、将軍職から解放されると、こうした雑事に関わることも減り、自由に研究や機械いじりができるようになった。
サボりの常習犯である彼女は、事が趣味となると勤勉ではあった。
――それが人間たちのための兵器開発というのは皮肉であるが。
ただそれだけが問題ではあるが、それを除けば、魔人軍にいた頃よりも環境は恵まれていると思う。
――ボクは故国に刃を向ける機械を作っているのだ……。
ベルフェは自分のしていることに、我に返ると自嘲したくなる。
レリエンディールは生まれ故郷であるが、国家とか種族とか、あまり関心がない。できれば自分の関わらないところで、勝手にやって勝手に終わってほしいというのが本音である。
七大貴族の家に生まれ、政治にかかわる一族でありながら、できれば政治にかかわりたくなかったのだ。
――しかし。
ベルフェは、ユウラ・ワーベルタという魔術師との契約によって縛られており、レリエンディールの政治にはかかわらないが、魔人対人間の戦いにがっつりかかわる立場で、それも人間側に組み込まれてしまった。
これが本国に知れれば、裏切り者として一族追放はもちろん、生きて帰れないだろう。なかなかに酷い話だが、今の職場が天国に近い環境なのがせめてもの救いと言える。
――とはいえ、それも状況次第なんだよな。
ベルフェは思う。
戦いは勝者が作るものであり、アルゲナムを奪回した後、ウェントゥス軍――正確にはユウラの行動如何で変わってくる。
――もし、彼がレリエンディールに攻め込んだ場合、そして現体制を変えてしまった場合、ボクは裏切り者ではなく、解放者、忠義の士ということになる。
何とも皮肉なものだとベルフェは自嘲する。
だが実際のところ、先行きは不透明である。
――アルゲナムを奪回した後、ユウラはどう動くのか。
セラフィナ姫の望みを果たし、アルゲナム解放で軍が動きを止めた場合、レリエンディールは現体制のまま。
ベルフェは国に帰れず、人間サイドで生きていくことになる。
――……いや、その可能性は低いかな。
アルゲナムから第六軍を追い出したところで、レリエンディールの存在は人間たちを脅かして続ける。
また攻めてくるのではないか? 攻めてきた魔人を追い返しただけで、彼らの国には何らダメージを与えていないのではないか?
恐怖は人を動かし、一連の攻撃に対する報復を兼ねて、人間たちによるレリエンディール討伐軍が作られるに違いない。
そしてその時、ユウラは、その討伐軍に便乗し、レリエンディールの現体制を打破し、『帰還』するのではないか。
ベルフェは、そう予想をする。自分が機械兵器をウェントゥス軍で開発していることも、いずれはその『帰還』に使用されるからだ――と思っている。
その過程で邪魔者は排除されるだろう。七大貴族の家も、現体制についている家は消える。レリエンディールは生まれ変わるのだ。
アスモディアは、そのつもりでユウラに仕えているようだ。ベルフェとしては契約があるから従っているだけで、そこまで深い思い入れも肩入れもない。
「ベルフェさん」
噂をすれば影がさす。ウェントゥス軍主力の留守を預かるユウラが、地下工房へと姿を表した。
「我が主」
臣下らしく一礼をするベルフェだが、ユウラは手を振った。
「そういうのは無用ですよ、ベルフェさん。……それよりも、新型はどうですか?」
「……まあ、形にはなりましたよ」
いつものようにやる気のない表情ながら、心なしか背筋を伸ばすベルフェである。
「仮名称でハウンドとつけています」
「ルガン型よりかなり人型ですね」
アルトヴュー軍の鎧機に近い体格、姿勢となっている。ケイタが使っていたティグレ改にかなり近く、その直系に見えなくもない。
「ルガン型も量産していますが、まあ、人間勢力側の機体っぽくしたほうが、受けはいいかな、と」
「確かに」
リッケンシルト国は、つい最近まで魔人軍の占領されたからか、魔人軍が使っていた戦闘機械のルガン型を、軍に採用した。
隣国アルゲナムが、敵の支配下にあること。魔人軍が戻ってくるのでは、という潜在的恐怖が、見た目にこだわっている場合ではない、というところなのだろう。
「これは、ウェントゥス軍の一般兵にも使えるんですよね?」
ユウラが確認する。口には出さないが、ウェントゥス軍の一般兵とは、シェイプシフター兵のことだ。そしてシェイプシフターは魔法が使えず、魔力を必要とする魔鎧機を扱えない。ルガン型は魔力を必要としない機械型。そして――
「ハウンドももちろん、鎧機ベースなので、問題はありません」
「結構。魔人軍と本格衝突に備えて、準備はしておけないといけませんからね」
本格衝突とは、やはりアルゲナムより先、レリエンディール軍主力との激突をユウラは想定しているのだろう。
ベルフェが確信する一方、ユウラはそうとは知らず、話題を変えた。
「一つ、頼まれてくれませんか、ベルフェさん」
「何でしょうか?」
「近々、ウェントゥス軍に協力する国々から、視察が来ることになっています」
「視察、ですか……」
何を、と考え、当然、自分が開発した機械兵器だろうとベルフェは思い至った。他に何を見に来るというのか。
「リッケンシルト解放の立役者である我らがウェントゥス軍と、あなたの機械兵器も見ることになるでしょう。で、そちら向けの機械兵器――鎧機を作ってもらいたい」
「ハウンドとは別に、ですか?」
「そう、ウェントゥス軍のものとは別のものを」
その意味するところは――ベルフェの頭脳が働く。わざわざ自軍とは別のものを作ってほしいというのは、何かの事態――たとえば、鎧機を持つ人間勢力とウェントゥス軍が戦うことになった時の備え。
「承知しました」
ベルフェは了承すると、それとなくハウンドの劣化版の設計に取りかかるのだった。




