第四六〇話、親子は連れていけない
助けた親子は、ナシューンの町の住人である。セラが母親と子供たちに優しく声をかけ、落ち着かせていた。
慧太は、少し離れた位置に移動して、サターナや偵察隊のシェイプシフター中隊長や軍曹が集まる。
「さて、問題だ」
「親子を連れていくわけにはいかない、ね」
サターナが足元を踏みならしながら言った。明らかに迷惑そうな表情だった。
人命救助は、慧太としてもそのことに後悔はない。親子を助けられてよかった、というのは偽りのない気持ちだが、面倒が増えたこともまた事実である。
「かといって、放置するわけにもいかない」
『ナシューンの町は、先行の潜入部隊が掌握行動を開始しています』
ウェントゥス中隊長が発言した。
『制圧するまで、ここで待機しますか?』
春までに攻勢のための準備をする――という目的を考えれば、割と時間のロスは致命傷になりかねない。ある程度余裕は見ているとはいえ、慧太としては余裕は余裕のまま残して、突発的事態で足止めを食った時に備えたい。
――今がその突発的事態の一つでもあるけど。
ただ、慧太の思うそれの中に、今回のそれを含めたくはなかった。何というか深刻度合いが違うというべきか。
「うちの潜入部隊が町を掌握するまで、どれくらいかかる……?」
一日か二日? 慧太が皮肉げに眉を動かせば、サターナも小さく首を横に振りながら冗談めかした。
「野営している間に終わってくれるならいいけれど、一日でもここで足止めはご免よね。二日は論外」
時間がもったいない。サターナは続けた。
「アルゲナム国外へ避難させる? まだここは国境も近いわ。護衛をつけて、国外脱出させて、ワタシたちはその間、本来の目的である偵察行動を続ける……」
「それが無難な気がするが……」
慧太は、視線をセラと親子――ではなく、アウロラやキアハらに向けた。彼女たちの視線はとても同情的で、今にもナシューンの町を解放しようと言い出しかねない雰囲気を感じ取った。
「子供連れの民間人を、軍事行動に巻き込んじゃあいけないよな」
町を奪還すれば、親子をそこに戻して、こちらは任務を継続できる――それも一つの解決策ではある。
しかしウェントゥス傭兵軍としては、ナシューンの町は密かに奪って、世間的にはまだ魔人軍の占領下という形にしておきたい。
それならば、第六軍が首都から鎮圧部隊を派遣してくることもなく、また国境防衛に関する情報収集も可能だ。
「護衛をつけて親子はリッケンシルトへ避難させよう。スコット、人員をつけてやれ」
『了解です』
シェイプシフター中隊長は頷いた。
潜入部隊が町を魔人軍から取り返しても、春の攻勢までは、魔人軍のフリをさせておく必要がある。住民への扱いが変わるが、彼らからしたら依然として敵に占領されているという認識は変わらない。
・ ・ ・
仲間たちに、慧太が決定を伝えた時、アウロラが落胆したような顔になった。キアハもまた同様だ。
「助けないんですか?」
親子を救助したことで、町を救おうという機運が高まっている――のは一部だけで、リアナは相も変わらずそっけなく、ヴルトら狼獣人たちは一定の同情はしても、そんなものだろうとどこか他人事の空気だ。
ウェントゥス兵――シェイプシフターたちは、慧太と意見を同じくするところであり、やはり親子を助けたからと、予定を変更しようと言う者はいなかった。
「今は作戦を実行中だ。それでナシューンを奪回しても、しばらくそのままのフリをするから、親子にとっては戻り損だ。だから、彼女たちは国外へ逃がす」
ここで町を奪回するために急いで制圧したところで、住民たちの食料事情は多少改善するが、窮屈な生活は変わらず、それならば温かく、食料も余裕のある国外拠点にいたほうが、体調にもいい。子供も占領下よりもノビノビできるだろう。
「いいのかい、姫様は?」
アウロラがセラに問うた。ここは彼女の国だ。
「……ええ、ケイタの判断でいいと思う」
セラは了承した。
「私たちはまだまだこの国の人を助ける。ウェントゥス軍もジパングー軍も協力してくれている。彼らを信じます」
すでにナシューンの町の魔人軍入れ替わり作戦が始まっている。セラたちは具体的な内容は知らないが、慧太の仲間たちが行動を開始していることは知っている。
だから、その邪魔をしないことが、アルゲナム解放にとって大事なことだと思うのだ。
一番言動が注目されたセラが、慧太に賛意を示したことで、話は決まった。
親子はウェントゥス兵の護衛を受けて、国境へ。潜入時に使った地下トンネルを使い、隣国へ逃れる。
そして慧太たちは、よりアルゲナムの中心に向けての移動を開始した。
・ ・ ・
その頃、ナシューンの町の町長の屋敷――魔人軍駐屯本部では、コルドマリン人の司令官バウアルが、不愉快な報告を受け取った。
『脱走したニンゲンは見つかっていないだと! 何をやっておるのだっ!』
『はっ、申し訳ありません。追撃隊を送り出したのですが、現在も捜索中のようで、戻ってきておりません」
報告した魔人兵は身をすくめる。司令官のバウアルは眉間にしわを寄せた。
『たかが弱ったニンゲンと子供に何を手間取っているのだ……?』
『敵は森に入ってしまったようで――』
『それで逃げられるほど、我が魔人軍の練度は低くないぞ』
聴覚や嗅覚に優れた者も多い。特に人間と比較した場合、その一芸は彼らを軽く凌駕している。
しかしそこで、バウアルは声を落とした。
『まあ、それでも間抜けはいるものだ。もしかしたら、追撃隊が飛び切りの間抜けの可能性もあるな』
『……』
報告した兵も沈黙する。彼としても、追撃隊が親子を見つけられないというのは考えにくかった。放っておいても必ず逃亡親子を追い詰め、そして連れ帰るか殺すかしてくると確信している。
だから、帰ってこないというのは、何かしらのトラブルが発生したと考えるべきなのかもしれない。
『追加の追撃隊を出しますか?』
あるいは捜索隊を――と言いかけた魔人兵だが、バウアルは手を振った。
『今日はよい。たかが逃亡者だ。明日まで待ち、それでも追撃隊が帰ってこなかったら、改めて捜索隊を出せばよかろう』




