第四五七話、国境に近い町
アルゲナム国境に近い町ナシューン。街道上にあり、アルゲナム進攻の際、通過すると思われる町。
慧太たち潜入部隊は、街道からやや距離を取りつつ、最初の偵察ポイントを目指していた。
『イーグルより、モグラ』
魔力通信機が鳴った。慧太は携帯していた通信機に答える。
「こちらモグラ」
『前方より、スカウトが接近。味方です、どうぞ』
上空を警戒する鳥型シェイプシフターの報告だ。
「モグラ、了解。以上」
慧太が通信を切ると、サターナが見ていた。
「何だった?」
「先行して潜入していた斥候が、こっちへ来てるってさ」
予め分身体で構成された偵察隊が、アルゲナム国内に入り込ませてある。これらは広く潜入、諜報活動を行っており、慧太が下見する予定の場所の事前確認のほか、カバー外の情報を収集している。
慧太が口笛を鳴らし、前を行く前衛組に合図を送る。リアナやウェントゥス兵が了解の合図を返した。
ややして、前方からウェントゥス斥候兵が駆けてきた。
「将軍」
「ご苦労さん」
その場で膝をついて、姿勢を低くしながらの会話。この辺りはあまり障害物になりそうなものはないから、遠方から発見される可能性を低くするには、姿勢を低くすることに限る。
こちらには飛行型シェイプシフターが上を飛んでいるから、魔人兵がこちらを視界に収めるより早く探知できる。もし敵がいれば、その時は伏せてやり過ごせばいい。
「ナシューンの町はどうだ?」
慧太が問うと、斥候兵は頷いた。
「相変わらず、魔人軍が制圧していますが、これといって大きな動きはありません」
「……」
セラ、そしてサターナも報告を聞こうと寄ってくる。
「多少、防壁への通行が増えていますが、これは春に備えての準備でしょう。町の魔人軍守備隊には、特に指示は出ていません」
「住民たちの様子は?」
「よくはありません」
きっぱりと斥候兵が告げた。セラの表情が曇る。
「今のところ、魔人軍に従順に振る舞って、無用な摩擦が起こらないようにしていますが、冬であることと、食料の配給が最低限なこともあって、かなり弱っています」
レリエンディール軍占領下の町。魔人は人間に容赦はない。配給があるだけマシではあるが、それはすなわち、労働力として生かしているだけだろう。春になれば、食料生産やその他作業に狩り出すだろう。
「目に見えて虐殺されていないだけ温情だな」
セラには酷だと思いつつ、慧太はそう口にした。最悪の状況ではないと思って欲しかったが、彼女の心中が穏やかでないのは理解できる。
「冬は何もなくても死人が出る季節だ」
暖をとるのも大変だ。現代と違って、色々不足している上に、食料が不足気味なのは、魔人軍が占領していなくても当たり前に発生する。食料問題については、秋のうちにいかに蓄えられるかが鍵だし、冬の間に保存食が腐っていくのも、仕方のないことだ。
「セラ」
サターナの声に、慧太と斥候兵はそちらを見た。セラの顔がもの凄く葛藤しているのがわかる。
すぐにでも助けに行きたいという気持ちと、自重しなければという思い。そのせめぎ合いが表情に出ていた。
――こうなることはわかっていたんだけどな。
慧太は、斥候兵に向き直った。
「入れ替わることは可能か?」
「……はい」
斥候兵は、慧太の考えを察した。もとは同じシェイプシフターである。
慧太の言うことはつまり、ナシューンの町を制圧できるか、ということ。しかし表向き魔人軍が占領したまま、守備隊とシェイプシフター兵を入れ替える。
魔人兵がシェイプシフターと入れ替われば、軍の食料を住民に振り向けられ、冬を越せる可能性が増える。
一人でも多く民を救いたい。そのセラの気持ちを汲むならば、それが最善だろう。
「どのみち、アルゲナム解放が始まれば、聖都への道でナシューンは通過する」
聖都への電撃戦を仕掛けるためには、道中の拠点は綺麗にしておかなくてはならない。
「――なあなあ、何をやるんだ?」
後ろでアウロラの声がした。少し離れたところで、慧太たちの話を聞いていた彼女とキアハである。
「たぶんですけど、こっそり町を乗っ取って、住民を助けようって話です」
小声でキアハは言った。アウロラは声を弾ませた。
「おっ、突撃か? 殲滅か?」
戦う気満々のアウロラだが、キアハは首を横に振った。
「こっそりですって。たぶん、ケイタさんのところの国の人たちがやるんじゃないでしょうか」
ジパングー軍の名誉将軍である慧太である。いつしか普通に将軍扱いされ、それも慣れてしまったが。ウェントゥス傭兵軍には、ジパングー国出身の兵隊が多い……ということになっている。
――リッケンシルトの時にもやったエサ箱作戦だな。
慧太は心の中で呟いた。拠点の幹部を乗っ取り、表向き魔人軍が支配しているように見えて、実はこちらが支配している、というもの。
「ケイタ……」
セラがじっと見つめてくる。――わかってる、わかってるよ。
「そんな目で見なくても、手は打つ。オレたちの目的は出る前に言っただろう? 偵察、下準備、そして可能なら春まで民を生かすための救難活動だって」
慧太は斥候兵に、再度向き直った。
「とりあえず、ナシューンの浸透、掌握を始めてくれ。民衆を死なせないように」
「了解しました」
「頼んだぞ」
慧太が手を伸ばすと、斥候兵と握手を交わした。傍目には、ただの握手に見えるが、シェイプシフター同士の情報交換である。触れている間に自分の一部を渡し、その個体の持つ情報を伝える。変幻自在のシェイプシフターならではの伝達方法だ。
斥候兵が、元来た道を引き返すのを見送り、慧太は仲間たちを振り返った。
「ナシューンの町は、彼らに任せる。オレたちは町を迂回し、さらに聖都方面へ進もう」
「ケイタ、いいかな?」
セラが恐る恐るというふうに口を開いた。
「町を、遠くからでも見られない?」
「……」
それは、自分の目で、今のナシューンの町がどうなっているか確かめたいということだろう。アルゲナムの姫として、国外へ脱出するしかなかった彼女としては、気がかりなのかもしれない。
慧太の本音を言えば、それはあまり望ましくない。町の状態を見て、セラが冷静でいられる保証がなかったから。怒りに任せて、町の解放なんてやられたら、計画が水の泡となる。
だが、仮にしくじっても、国境に近い場所なら、まだリカバーは可能だ。そうであるならば、今のうちに譲歩ポイントを稼いでおこうと慧太は思った。
「わかった。ただ、遠くからだ。近づくのは駄目だ。それは守ってほしい」




