第四五四話、任務前に、補給が来て――
アルゲナム国潜入部隊の編成に掛かる。
情報収集だけなら、すでに先行して小数の諜報部隊チームを複数放っている。しかし慧太は、春の奪回作戦を円滑かつ迅速に進めるための工作と、戦場視察を行うつもりだった。……あと故郷を前に、いてもたってもいられないセラを宥める意味もある。
「ダシュー、リーベルの町の拠点化と防衛を任せる。オレたちが不在の間に、奪回されるなよ」
「了解です」
「ガーズィ、リッケンシルトに戻って、ユウラに現状の報告。アルゲナム進攻のための街道整備、その他諸々の準備を頼む」
『承知しました』
「レーヴァ。1個中隊を潜入部隊に貰う。残りはリーベルの町とリッケンシルト間の上空警戒と制空権の確保。あと兵員増強な」
『お任せください。精兵に鍛え上げます』
三人のシェイプシフター連隊長に指示を出し、慧太が留守の間も働かせる。
傭兵軍のシェイプシフター兵たちのことは任せて、残りの人選であるが――
「セラは確定。サターナはもちろん――」
「行くわよ。ワタシがいなければ、レリエンディールのことはどうにもならないわよ?」
実際のところ、シェイプシフターの諜報部門には、サターナの魔人国知識が入っているので、いなくても問題はなかったりする。強いから居てくれれば助かるが。
「リアナ――は聞くまでもなかったな。キアハは?」
「わたしも、同行したいです。もしかしたら、半魔人の姿が役に立つかもしれませんし」
魔人に制圧された国に乗り込むわけだから、その可能性もなくはない。
『失礼します、将軍』
シェイプシフター兵がやってきた。
『リッケンシルトより増援と補給物資が到着しました』
「わかった」
慧太は頷いた。ユウラが寄越したのだろうか。リーベルの町の拠点化に役立つ物資だといいが。
・ ・ ・
ウェントゥス軍の空輸隊のワイバーンが到着した。慧太が出迎えるに赴くと――。
「ボス!」
「ヴルトか!?」
慧太はにこやかに応じた。ウェントゥス軍に参加した狼人のリーダーであるヴルトと、その仲間たちがいたのだ。
狼人の挨拶であるハイタッチで迎えながら、彗太は言った。
「よく来たな。……どうしたんだ? 故郷に戻ったんだろう?」
「ええ。供養は終わったので、ボスたちと合流しようと」
ヴルトは答えた。供養――そうなのだ。リッケンシルトで会った彼らは、故郷を魔人軍の攻撃で滅ぼされ、一族の女子供が皆殺しにされた。
狼人は仇を生涯忘れない。その復讐心は強く、レリエンディールに復讐するため、人間の軍隊にも協力するのである。
リッケンシルトの王都解放後、ウェントゥス軍と連合を組んでいた獣人同盟は、それぞれの故郷に戻って新たな生活を始めることになっていた。
だが、元より自分たち以外残っていないヴルトらのグループは、同盟より、ウェントゥス軍に加わっている意志が強かったので、迷うことなく合流したのだった。
「水臭いですよ。春を待たずに、先に行ってしまうなんて」
ヴルトや狼人たちが笑えば、彗太も苦笑する。
「行っても軍としては、ここまでで、本格侵攻は春だけどな」
「そうなんですかい?」
「そうだよ。といっても、これから偵察ということで、国境を超えて、奴らのテリトリーに忍び込むが」
「ボスたちがですか?」
慧太が頷くと、ヴルトは神妙な顔になる。
「潜入任務ってやつですか? それならおれたちも力になれますぜ。斥候、追跡――鼻も耳も利きます」
「残念、そっちの需要は足りてる」
いつの間にいたのか、リアナが口を挟んだ。
『リアナの姉御!』
狼人たちが、彼らのハイタッチ挨拶をしてくるので、リアナも無表情ながらどこか、渋々とハイタッチ挨拶に応じた。以前は、狼人の流儀がわからず対立していた狐人も、わかってしまえばこんなものである。
「そんなことを言わずに、おれらも連れていってくれよ」
ヴルトが言えば、リアナは肩をすくめた。
「ケイタがいいなら」
「と、いうことですが、ボス?」
「あくまで偵察だってことを忘れないでくれよ。本格的な復讐は春までとっておいてくれ」
「了解です、ボス」
ヴルトはそう言うと、慧太のボディに軽く頭突きするように鼻を突っ込んだ。軽い体当たりっぽいが、狼人流のハグの一瞬である。狼人は体格がいいので、油断すると吹っ飛ばされる。
狼人たちのグループに本日の宿舎と、潜入任務についての説明を受けてもらうとして、ひとまず分かれた慧太だが、再会はもう一件あった。
「よう、ハヅチ将軍」
銀髪褐色肌の女騎士が立っていた。リッケンシルト王都攻略戦で、隻腕になっていた彼女――アウロラ・カパンゾノが、失われた腕を取り戻した状態で。
「久しぶりだな、アウロラ。こっちに来るとは意外だった。……もう腕はいいのか?」
「ああ、おかげさんで。ほれ、この通り!」
手を開き、指先まで器用に動かしてみせる。戦場で失った片腕は、ウェントゥス軍提供のシェイプシフター腕により再生された。
変身能力があるシェイプシフター体を使って、最初は腕の形に化けているだけなのだが、徐々に、アウロラの腕の肉や骨、神経、血液と結びつき、彼女の血肉、細胞に置き換わってゆく。結果、シェイプシフターの名残りはあるものの、アウロラの以前の腕と遜色ないレベルに再生したのである。
「いや、ほんと、凄ぇよな、シェイプシフターって」
アウロラは屈託なく笑う。
「腕を失って、騎士としての人生を全部失ったと思って絶望してたのに、ここまで回復するなんて! あの時、将軍が救いの手を差し伸べてくれなかったら、あたしの人生終わってた。本当に――ありがとう」
すっと、アウロラは頭を下げた。慧太は目を疑う。勝ち気な彼女がこうもあっさり礼を言うのは、少々意外だったから。
「いや、適合してよかったよ。リハビリも頑張ったみたいだな」
シェイプシフター腕も、つけている本人が拒絶したら、再生するものも再生しない。本人がそれを受け入れ、違和感や気持ち悪さを早々に捨てたから、上手く結びついたのである。
「で、せっかく腕が直ったのに、何故ここへ? アルトビュー王国に帰らなかったのか?」
アウロラは、アルトビュー王国の魔鎧騎士である。国王陛下の計らいで、リッケンシルト解放に協力してくれたが。
「それなんだがな、将軍……」
どこか言いにくそうな顔になるアウロラ。
「一度、王国に戻った。それで、陛下にお伺いを立てたんだ。王国の魔鎧騎士を辞して、ウェントゥス傭兵軍に入りたいって……」
「なに!?」
――おいおい、国や王に忠誠を誓った騎士が、その誓いを放棄? しかもオレんところに来るって!?
今度こそ、ハンマーでぶん殴られたような衝撃を受ける慧太だった。
「いやだって、あたしを、傭兵軍に誘っただろう?」
どこか照れたように言うアウロラである。慧太は首を振る。
――それは、王国騎士でいられなくなって、行き先が困ったらの話だったはずでは……?




