第四五二話、防壁を探れ
それにしても、巨大な壁だ。
慧太はアルゲナム国境に沿ってそびえているリューヌフォールを、遠くの丘から眺めた。
同じく斥候にきているサターナは、身を低く茂みに身を隠している。
「遠目で見る限りは、割と立派よね」
「割と? 結構立派に見えるぜ?」
強そう、頑丈そう――慧太は首を横に振る。
「普通の軍隊なら攻めるのが難しそうだ」
まず、城壁が高い。これまでも砦や城も見てきたが、防壁の名に相応しく、大きく見える。
そして驚くべきは、その壁が延々と国境に伸びているということだ。
「ちょっと、考えられないんだよな……。どうやったら短期間であれだけ巨大で長大な壁が作れるんだ?」
「魔法でしょ? 建設に利用できる大地属性の魔法を築城に活用すること自体は、レリエンディールでは珍しくないわ」
サターナは、さも当然のように言った。
「アルゲナムを支配しているのは第六軍のマニィ・ルナル。あの一族は昔から、大地属性と相性がいいし」
「……どんな人物なんだ? そのマニィ・ルナルって奴は」
レリエンディール七大貴族の出身であるリュコス家の娘であるサターナである。マニィ・ルナルのルナル家もまた七大貴族であり、面識があるはずだ。
「金に意地汚い女ね。こう、狐人っぽい耳に、眼鏡をかけていて、胸が大きい」
――その情報、いるのか?
首を傾げる慧太をよそに、サターナは続ける。
「狐人と同様の尻尾がある」
「九尾の狐とか、妖狐の類いを想像した」
慧太は、防壁に目を凝らした。
「金に汚いってのは、要するにケチだよな。……そんな奴が、いくら魔法だとしてもこんな立派なもん作るとは思えないが」
「何を思ったか、という点では多分みんな疑問に思ったでしょうね。アスモディアにしろ、ベルフェにしろ、ね。……ただマニィはケチだけど、見栄っ張りでもある。そう考えると満更有り得なくないのよね」
「自分を大きく見せる、か……。それで国境に馬鹿でかい壁を作ったと」
「あの防壁、パッと見は大層な代物に見えるけれど、多分内装はかなり手を抜いているわよ。部屋も思ったほどなくて、まさに壁という感じで埋めているところも多いと思う」
何せケチだから。
「駐留兵力は、見た目より少ない感じか?」
防壁として見る分には、正しく壁。投石機などによる攻城兵器に対しての耐久性は、凄まじく高いかもしれない。中身が詰まっている分、装甲厚が凄いことになっていそうだ。
「お飾りに見えて、実用性の塊に仕上がっている感じかもしれないってことか」
「こんなところに防壁を作るなんて、完全にお飾りでしかなかったけれど――」
サターナが皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ワタシたちウェントゥス軍が現れて、進撃していなければ、完全に無駄だったもの。マニィ・ルナルにとっては、もっけの幸いだけれど、そこを突破する人類側には面倒以外の何ものでもないのよね」
「迂回できれば楽なんだけどな」
「馬鹿で見栄っ張りなマニィが、長大な防壁を築いたおかげで、かなり遠回りさせられるわよ」
「やっぱ後続を考えれば、突破する方法を見つけないとな……」
シェイプシフターなら化けて、空から飛んでいくこともできるが、人間の軍隊にそれは無理な相談だ。
「調べてみないとわからないが、ぶち壊して道を作るのは大変そうだから、素直に城門を通るのが無難だろうな」
敵が現れなければ、自軍も行き来するだろうから、道がないのはあり得ない。だから長大な壁にも、出入り口は存在する。
だがそこを攻めようとすれば――
「当然、防衛側も、城門が弱点だとわかっているから、警戒と迎撃能力が一番厚いところになっているはずよ」
「とりあえず、調べてみるか」
慧太は待機している偵察分隊に合図を送った。まずは情報収集だ。
・ ・ ・
夜陰に乗じて、シェイプシフターたちは形を変え、防壁に侵入を図った。壁に張り付き、道具もなしで垂直の壁をよじ登り、隙間と見れば入り込む。
明かりのついていない窓も、見張りの魔人兵などがいないか慎重に見定めてから侵入する。ネズミのように、スライムのように、闇にカモフラージュするように色を変え、大きさすら変えて。
時に敵哨兵の足下を無音で抜けたり、天井に張り付いて、室内の様子を確かめたり。
――サターナの言うとおり、結構隙があるな……。
さすがに軍隊で突っ込めば、防衛態勢を取られるだろうが、個々に密かに潜入する分には、案外入りやすかった。
防壁内を調べる。ここもサターナに言っていた通り、壁そのものの構造の部分が多く、見た目より居住区は小さかった。むしろ、守備隊は防壁の後ろ側にキャンプを置いている始末である。
――半分、野営と変わらないな、これは。
慧太は、魔人兵の会話にも耳を済ます。大抵が日常のくだらない雑談なのだが、時々、上官の悪口や、故郷や家族を懐かしむ声が聞こえてきた。
『来月には、ここの兵が増員されるらしいぞ』
『ここが最前線になるって話だろ?』
――お、これは。
慧太は、魔人兵たちの会話に耳をすます。
『第四軍がリッケンシルトから撤退したせいだなぁ。人間ごときに後れを取るとは、レリエンディールの面汚しだよ』
偶然、最前線の防壁となったリューヌフォール。兵たちの話では、第六軍は守備隊を増強するようだ。
――まあ、最前線ともなれば、そうなるわな。
むしろ、守備隊を増強しなかったら、無策と誹りを受けかねないだろう。
だが、そうなると、ますます春の進撃を前に、敵の防衛力が強化されてしまう。レリエンディール軍もまた、人類との戦いができるように準備を進めている。
――増員される前が理想なんだろうけど、まだ冬なんだよな。
人類側が立ち上がり、本格的に攻め込むとしても春以降の話だ。それまでに防壁を突破する方法を決めて、準備にかかるつもりだったが。
――ウェントゥス軍が本気を出せば、できなくはないんだけど。
慧太は、着々と防壁の構造と配置を確認していった。細部は詰める必要があるが、早々に攻略方法を組み立てられたことで、とりあえずよしとする。
――防壁については大体わかった。後は、春までにどれだけ国内の情報を探れるか、だな。




