第四五一話、故郷は近い
慧太は、かつての仲間たちのアジトを離れた後、今の仲間たちのいるウェントゥス傭兵軍に合流した。
セラやキアハから、どこか同情の目を向けられたが、慧太はそのことについて特に言及はしなかった。
そして先導していたダシュー連隊とリーベルの町で合流した。ここまで来ると、隣国であり、セラの故郷であるアルゲナムもだいぶ近くなる。
制圧したリーベルの町に行くと、半ば廃墟に近い街並みが見られた。崩れ、半壊した建物が多く、味方以外に人の気配はなかった。
「ここも、人がいないのですね」
セラは悲しげに言えば、町を確保したダシュー連隊長が返した。
「町の外に、多くはないですが、逃げていた住民を保護しています。直に戻ってこれますよ」
「そうですか……」
それはよかった――と言いかけたセラだが、荒れ果てた町を見れば、戻れても大変だと思った。
「一応、敵守備隊が司令部として使っていた屋敷を確保してあります。今日はそちらでお休みになられますか?」
ダシューが確認すれば、セラは首を横に振る。
「いいえ、広場に天幕を張り、そこで休みます」
「承知しました」
では、とダシューは、セラから離れて、ガーズィらと話をしている慧太のもとへ来た。
「将軍」
「話はガーズィに聞いた」
慧太は視線を、ガーズィとレーヴァに向けた。
「敵敗残兵は、さらに後退して、今頃、国境線だってな」
「斥候の報告ではそうなっています」
ダシューは頷いた。
「アルゲナムとの国境には、巨大な防壁があるそうです。敵兵から引き出した情報では、『リューヌフォール』という名前だそうで」
「俺が傭兵団にいた頃は、そんな防壁はなかった」
「ええ、何を考えたがアルゲナム駐留軍である第六軍が建造を始めたものだそうで。リッケンシルトの第四軍が健在なら、まったく無意味な代物だったのですが――」
「オレたちがリッケンシルトを解放したものだから、この無用の長物だった防壁が、役に立つ時がきたというね」
慧太は皮肉げに首を軽く振った。兜で素顔は見えないが、ガーズィとレーヴァもきっと苦笑しているだろう。
「オレたちが軍を進めるためには、この防壁を突破しないといけない」
『シェイプシフターだけなら、すり抜けることも可能ですが』
ガーズィが言った。レーヴァは手をヒラヒラさせる。
『飛竜に乗って、上を素通りもできます』
「オレたちだけならな」
慧太は肩をすくめる。確かにいかに巨大な城壁だろうと、空を飛ぶものを止めることはできない。
「だが後続の、リッケンシルトやアルトヴューからの援軍が通るためには、防壁の攻略は必要になる」
正直、リッケンシルト国が援軍を出すかについては、王都エアリアに残っているユウラの交渉次第だろう。一方でアルトヴューについては、リッケンシルトを解放したら必ず軍を出すと、フォルトナー王は約束している。
「で、アルゲナムに行くまでに、このリーベルの町は前線を支える補給拠点になる」
『町の復興が必要ですな』
ガーズィが言った。
『住民は少ないですが、それとは別に後続する軍のための施設、補給物資の集積――』
「あと、街道の整備も」
やることは沢山ある。
「そうは言っても、援軍が到着して本格的な進攻は春以降になる。それまでに準備できていれば問題ない」
慧太は三人を見回す。そこへサターナが顔を出した。
「それじゃ、春になるまで戦いはお預け?」
せっかく退屈な王都を出てきたのに、前線を追いかけてきただけで、特に出番なしのままアルゲナム国境へ到着してしまいそうな状況だ。
「あ、それともリューヌ何とかって防壁を攻略だけしておく?」
「それは退屈しなさそうではある」
慧太は苦笑いである。好戦的なお嬢様だ。
「ただ、今落としてしまうのはどうかなって思う」
『と、言いますと?』
レーヴァが首を傾げた。
「どうせ本格的な攻撃が春になるなら、それまでに防壁の弱点を見つけるか、作っておいて、防壁を突破した時、一気にアルゲナム内を突き進めるようにするのがいいんじゃないかなって」
今防壁を突破したら、春までに敵が次の防衛線を構築するだろう。それなら今ある防壁に意識を集中させて、一度そこを崩したら、敵に対応される前に一気に雪崩れ込む。
いわゆる、電撃戦というやつだ。敵に対応の時間を与えることなく、速やかに行動し、敵の本拠地を攻略する。短期決戦思考――この時、慧太はぼんやりと聖アルゲナム国の奪回の道筋を、おぼろけながら思い描いた。
「春までに、アルゲナム国の内情、敵の情報を知っておきたい」
疾きこと風の如く、侵掠すること火の如く――そのために情報はあったほうがいい。すでに諜報担当が潜入しつつあるのだが。
「まずは、リューヌフォール防壁まで進軍しよう。現物を見てみないことにはな」
『了解です』
ガーズィたちは首肯した。
実際に突破することになる防壁を確認し、守備兵力や弱点を探らないといけない。そこを抜けないことには、どうしようもないのだから。
「それはそれとして――」
慧太は声の調子を落として、サターナとガーズィを見た。
「オレのいない間、セラはどうだった?」
「なに、とは?」
サターナは、素直に何が聞きたいかわからなかったようで返してきた。慧太は言う。
「アルゲナムに近づいてきている。国境の話が出るくらい近くなってきたんだ。……焦っていたり、おかしな言動があったりとか、そういうのはなかったのかって聞いたんだ」
『特には……』
ガーズィがどこか困った声を出した。サターナは腕を組む。
「相変わらず、彼女に関しては心配性ねぇ、あなたは」
『個人的に親しい間柄ですからね』
レーヴァが言えば、ダシューもその大柄な体で肩をすくめた。
「親密な関係、だからな」
「心配にもなるだろう。……故郷に戻ってきたんだぜ?」
レリエンディール軍に支配された故国が目の前だ。あれだけ責任感の塊である、セラが何も感じないわけがない。
「監視するってわけじゃないが、極力目を離さないように。故郷を思うあまり単身飛び出すとか、そういうのは勘弁だからな」
「あー、あり得るわねそれ」
サターナも、真顔になる。彼女と友人関係にあれば、それくらい予想はつくだろう。それだけ、セラフィナ・アルゲナムというお姫様は繊細で、危なかったしいのだ。




