第四五〇話、捕虜獲得
「リーベルの町は、あっさり陥ちたな」
コメータ・アラテッラ中尉は、針葉樹の森に潜み、町の様子を望遠鏡で覗き込む。部下であるグリン曹長も、自分の望遠鏡から目を離した。
「ああも簡単にやられてしまっては、たまったものではないですな」
「まったくだ。立てこもりすらできないとはな」
レリエンディール近衛軍、第二偵察大隊第三中隊中隊長であるアラテッラは、足場から飛び降りた。
一応、外壁がある町で、敵は斜面の下から攻め上がる地形となっていた。敵騎兵に対して備えがあって、それなりの抵抗が見込めたリーベルの町守備隊だったが、結果は見るも無残だった。
「もう少し抵抗していたなら、我々も敵の背後に回る余裕があったかもしれない」
「いいんですか、中隊長? 我々の任務は、敵傭兵軍の調査です」
グリン曹長も後についてくる。森には、アラテッラ指揮の近衛偵察中隊が潜んでいる。
「頑張る友軍を見て見ぬフリというのは、あまりいいものではない」
「はい」
「しかし、迂闊な行動をして、任務に失敗するのは愚か者だ」
青肌のコルドマリン人指揮官は、冷血動物さながらの淡泊さで言うのだ。部下のグリン曹長もまた同族のコルドマリン人として、表情は動かなかった。
「だが曹長。これで敵の正体を実際に見て確かめることができた」
「シェイプシフター……ですな」
グリン曹長は頷く。
「敵は下級ドラゴン種を使役する騎兵のはずでしたが、ワイバーンになって空から町を攻略してしまった」
「騎兵が消えてしまったのだ、間違いない」
アラテッラは淡々と言った。
敵が魔獣を変身させているところを偵察員が実際に見ている。アラテッラたちも、いないはずのワイバーンがリーベルの町を制圧するのを見やり、その後、元の突撃竜になるさまを目撃した。
「面倒ではあります」
グリン曹長は表情を崩さずに言う。
「敵部隊に偵察員を潜り込ませるのが困難になりました」
「いくら姿形を真似ようとも、接触されれば即バレる」
アラテッラは呆れたような顔になった。
「シェイプシフターは、接触することで意思疎通、情報交換を瞬時に行う。触った時点で、意思疎通ができなければ、その時点で仲間ではないことが発覚する」
ウェントゥスの兵士になりすますのは、ほぼ不可能ということだ。相手がシェイプシフターならばタッチでやりとりができるから、会話で情報を引き出すのは無理だ。質問や確認で口頭が面倒なら、即接触される。
ウェントゥス兵ではなく、別の軍の人間かあるいは民間人に扮して、会話による情報収集が可能な姿でなくてはならないということになる。
「あくまで移動時や聞き耳を立てている程度でしか、ウェントゥス兵士になりすませないな」
「まったくないよりマシですが、敵集団の中で逃げ続けるのは不審人物としてマークされるでしょうな」
「潜入させる者には、よく注意させよう」
アラテッラは眉間に皺を寄せた。
これでも近衛軍の偵察大隊所属部隊だ。敵情確認、収集活動もまた任務のうちである。
「しかし、敵の今の情報を知るために、あの個体の一つでも手に入れておきたいな」
「汚染の危険がありますが」
グリン曹長が指摘するが、アラテッラもそれは承知している。
「どっちが強いか、やってみるまでわからんからな」
慎重にあたらなければ、部隊が敵シェイプシフターに乗っ取られる危険もある。情報を引き出すつもりが、逆にウェントゥス軍にこちらの内情を抜かれるリスクもあった。
――しかし、その時はその時だ。
羽土慧太に、アラテッラたちの存在と、レリエンディールの魔王、その王子の関係なども露見する。それはレリエンディール攻略の糸口ともなる。
――僕はどちらを期待しているのだろうな。
正直、どちらもでいい気がしないでもない。むしろ、さっさと王子殿下と慧太を引き合わせてしまったほうが、レリエンディール崩壊を早めることができるかもしれない。
「……中尉殿。今さらっと恐ろしいことを考えませんでしたか?」
グリン曹長の言葉に、アラテッラはニヤリとした。
「わかるか?」
「わかりたくはないですが」
これは何となく察しているな、とアラテッラは判断した。さすが古参の下士官だ。
「我々の王子殿下に損がなければそれでいいのだ。それ以外のことは知らん」
「あけすけですな」
「自分に正直なだけだ」
アラテッラは待機している部隊を見回した。
「曹長、敵はリーベルの町の周辺を偵察するはずだ。そのうちの一体にアプローチする。隊員を選抜しろ」
「誰が行っても同じですがね」
グリン曹長はそこで初めて皮肉げな微笑を浮かべた。
「第一分隊! 集合」
周囲の地形に潜んでいたレリエンディール兵が、数人姿を現してアラテッラとグリン曹長の前に集まった。
「捕虜を取る。相手はシェイプシフターだ。油断するな」
・ ・ ・
アラテッラの読みどおり、リーベルの町を制圧したダシュー連隊は、逃走する敵の追撃と、周辺の安全確保のための偵察を行った。
しかし放たれたのは、歩兵ではなく、獣や鳥の姿をしたシェイプシフターたちであり、一見して「偵察」とわからない動物擬装で、周囲を捜索したのだった。
そんなシェイプシフターの一体、鷲型になったそれは、針葉樹の森の上をゆっくりと飛び抜ける。
だが、次の瞬間、飛来したクロスボウが鷲の胴を貫き、墜落させた。
地面に激突した鷲だが、すぐに別の動物に変身しようとする。本来なら即死の可能性のあった一撃も、物理耐性がスライム並みに高いシェイプシフターには、掠り傷にもならない。
しかしそこで不思議なことが起きた。
刺さった矢を排出しようとしたが、その矢がグニャリと曲がって、シェイプシフター体に取り付いたのだ。いや、中から浸食する。
「一本で足りるか?」
声が降って湧き、シェイプシフター偵察鷲だったものが顔を上げると、連続して矢を浴びせられた。
周りに潜んでいた魔人兵が数名、クロスボウを構えて姿を現す。そして鷲に刺さった数本の矢もまた、そのまま同化していく。
「シェイプシフターと知っていなければ、動物の偵察に気づけなかったかもしれないな。さすがウェントゥス軍だ」
アラテッラはやはり淡々と言い、動けない様子の偵察型シェイプシフターを見下ろした。




