第四四七話、懐かしき景色
廃墟の町シファードを抜けて、ズフィード街道を進む。
途中、グルント台地方面との道と街道はぶつかった。ライガネンを目指していた時は、こちらのルートからやってきた。
今回は軍勢を率いていることもあり、道幅のある街道ルートを使う。台地への道は狭く、またその台地も細い道で登らねばならないので、軍隊の通行には向かない。
遠くに見える台地を眺めて、慧太は無言になる。
魔人軍に追われ、逃げている最中、地下へと落ちてしまった思い出。魔獣との戦い、グノーム人の集落。そして友であるグレゴの死。
懐かしさと共に悲しみが込み上げてきて、心の中にモヤモヤしたものが広がっていく。
悲しみはさらに別の悲しみを思い起こさせる。
所属していたハイマト傭兵団のこと。慧太がこの世界に召喚され、しばらく後に加入したこの世界での故郷。
だが、今は残っていない。
――オレたちが脱出した後、アジトは全滅したって話だもんな……。
今では仲間のアスモディア率いる部隊が、セラを追って攻め込んだ。団長の熊人であるドラウトもまた戦死した。
もちろん、慧太としてはその場を見ていないので信じたくはないが、アスモディア自身がそう言うのだからそうなのだろう。
身長2ミータを超えるタフガイ。団の父親のような雰囲気を感じて慕ってたのだが……。
アジトに行けば、実は仲間たちと元気に生きているのではないか、と思いたく自分がいた。
「……見てこようか?」
いつの間にか近づいていた狐人のリアナが言った。狩人であり暗殺者であり、何より身軽な狐人の移動力は高い。
「何を見てくるんだ?」
予想はついていたが、敢えて聞いてみた。もしかしたら傭兵団のアジトのことを考えていたせいで、そう感じただけで、実は普通に前方の斥候志願の可能性もあった。
――いや、ないか。
アルゲナム国境を目指すウェントゥス軍は、その進路上にダシュー率いる騎兵連隊が先行し、敵の掃討を行っている。であれば、リアナは十中八九――
「アジト」
ポツリと短く言った。慧太は息を吸う。
「まあ、気になると言えば、オレも気になっているけどさ……」
リアナもまた傭兵団にいた。思うところがあるのだろう。ただ、今はセラの故郷である聖アルゲナムへ急がないといけない。
「行ってきたら?」
ぬっ、とサターナが近づいてきた。
「ワイバーンにでも乗って偵察してくればいいわ」
慧太の記憶を引き継いでいるサターナは、当時はいなかったが、慧太たちとハイマト傭兵団のことは理解していた。だから、慧太の落ち着かない心境も察することができた。
『将軍』
シェイプシフター兵――突撃連隊を率いるガーズィまで来た。
『よろしければ、偵察隊を派遣して傭兵団アジトを見て参りますが』
慧太が軍の進撃を気にして、出られないのでは、と考えたようだった。元を辿れば、シェイプシフター兵たちは、慧太の分身体である。彼らもまた慧太のハイマト傭兵団の記憶を有している。
「お前らまで気を回しやがって」
『心ここにあらず、という表情をしていましたので』
「そんなに未練がましい顔をしていたか?」
冗談めかしたが、リアナは首を振り、サターナは肩をすくめた。バレバレだったらしい。
「わかった、わかったよ。後顧の憂い断つ意味でも、様子を見てこよう。ガーズィ、レーヴァを呼んでこい。偵察隊を出す」
『わかりました。伝令!』
ガーズィが部下を、後続する航空第二連隊に送る。その間に、慧太はガーズィに部隊指揮の引き継ぎを伝え、サターナにその補佐を頼んだ。
「セラ!」
「どうしました、ケイタ?」
キアハと一緒にいたセラが馬上で振り返った。
「ちょっと空から偵察に行ってくる。ガーズィたちと行軍を続けてくれ」
「何か気になることでも?」
「気になると言えば、気になるが……以前、活動していた場所と近いから、どう変わっているのか見ておきたい」
極力、ハイマト傭兵団というワードは使わないようにする慧太。
セラは、他人を巻き込むことを自分のせいだと責める傾向にある。グノーム人のグレゴのこともそうだし、追っ手から逃がすためにアジトに残ったハイマト傭兵団の壊滅に後悔の念を抱いていた。
優しい子なんだ――慧太は思う。ただでさえ故郷を奪われ、家族や民を失い、それでも戦い続けるセラの心は、見えない傷でいっぱいだろう。だから、慧太は、セラには心配をかけさせたくなかった。
「……わかりました。気をつけて」
何となく、察したような目をするセラ。直接言わなくても、彼女にもわかるのだろう。だが敢えて言わなかったように、慧太は感じた。
――これだから、彼女の察する力ってやつは。
また遠慮させた。そしてそれを思い起こさせて、新たな傷を作ってしまったと思う。
『将軍、レーヴァ、来ました!』
航空第二連隊を預かるシェイプシフター指揮官、レーヴァが来た。慧太は早速、レーヴァと共にシェイプシフターが変身した飛竜部隊の元へ移動する。かつてのアジトも気になるが、きちんと偵察も派遣するつもりだった。
「この街道を進んだ先には、リーベルの町がある」
地図を広げて、レーヴァに指し示す慧太。行きの時は、ライガネンへの道中の日程を気にして敬遠したルートにある町である。
「ダシュー連隊が、ここにいる敵を今頃踏み潰している頃だとは思う」
『では我々は、その先を偵察するのですな?』
レーヴァが頷いた。慧太は首肯した。
「扇状にワイバーンを飛ばして、前方、側面の地形を確認する。敵が潜伏していないか、あるいは街道外れに敵の拠点がないか、などなど」
『了解です』
地図上に、指で偵察する線をなぞる。前方から左右にそれぞれ線を刻む。
「で、オレはこの索敵線を貰う」
『……了解しました』
言わずとも、レーヴァには慧太の向かう進路上に、ハイマト傭兵団のアジトがあることがわかったのだ。
「じゃ、行くか。……リアナ、お前も付き合え」
やはりついてきていた狐人の相棒に、慧太は声を掛けた。ここまで着たということは、周囲のことに淡泊なリアナも、彼女なりにアジトが気になっているのだろう。




