第四四六話、アルゲナムへの道のり
雨の降りしきる中、慧太とアルフォンソは、国境防壁リューヌフォールに降り立った。
「アルフォンソ! 鎧機変身!」
飛竜だったアルフォンソ――シェイプシフターが、魔鎧機に似たサイズとフォルムへと変身して、慧太の体を包み込んだ。
漆黒のシェイプシフターカラー、アルトヴュー王国の機械鎧、ティグレに似たシルエットになる。高さ三メートルほどの人型兵器『鎧機』。
そのウェントゥス傭兵軍カスタム――ティグレSとなる。
城門裏にいた、魔人兵らが慌てふためく。
『速やかに、制圧!』
後続のウェントゥス兵たちが次々に降り立ち、魔人兵を襲撃する。グラディウスに一突きで喉を貫かれる者、シ式クロスボウに撃たれる者など、敵兵が倒れていく。
その間に慧太はティグレSで、城門の隙間にある巻き上げ用の鎖を切断する。そして高さ五ミータはある巨大な跳ね橋に――
『そうれっと!』
ショルダータックルをぶちかまして、城門の跳ね橋を倒した。鎖が切れているため、押し出す力と衝撃で、バタンと橋が落ちた。
防壁の向こうとこんにちは――慧太の視界に、大雨の中、向かってくるウェントゥス軍――第一突撃連隊の兵たちが移る。
『タイミングピッタリ!』
数歩、鎧機を下げれば、ウェントゥス軍突撃兵たちが、防壁の裏側へと侵入、中へ流れ込んだ。
ドラグーン、ワイバーン隊の地上掃射を受けて、すでにいっぱいいっぱいだった魔人警備隊は、ウェントゥス軍の主力歩兵部隊の攻撃を受けて、総崩れとなった。
本来、防壁から向かってくる敵に矢弾を浴びせ、消耗ないし撃退するのが、防御側の戦い方だ。
敵の大群を壁で阻むはずの防壁も、侵入口をあっさり作られては、消耗させることができない。
大雨で攻勢はないと油断もあっただろう。飛竜部隊による空からの襲撃を受けたが、落ち着いて考えれば、防壁がある限り、侵入できる敵は極少数のはずだった。
つまり、魔人軍警備隊は、本格侵攻の前段階として防壁の兵力を削ろうとすることを目的とした攻撃だと判断したのだ。
だからまさか、城門を開けられて、そこから敵本隊が突撃してくるを想定できなかったのである。
一度突破されてしまえば、防壁は脆い。雨中を物ともしないシェイプシフターたち――ウェントゥス兵は、あっという間に壁の裏の兵員待機所や、防壁に登り、魔人兵たちを雪崩に巻き込むが如く、飲み込んでいった。
かくて、アルゲナム国国境のリューヌフォール防壁の一角は、ウェントゥス軍による襲撃に陥落した。
魔人軍国境警備軍の予備隊が、突破されそうな部分に増援としてやってくる前に、その防衛線に侵入を果たしたのである。
慧太は、ティグレSから降りて、突撃連隊のガーズィから報告を受けた。
『予定通り、防壁D地点を確保しました。リッケンシルト、アルトヴュー軍も、防壁の内側に入れられます』
「よくやった。防壁Dが突破されたと連中が知れば、敵はCとEに部隊を集めて攻めてくる。……時間との勝負だ」
慧太は西――聖アルゲナム国の聖都がある方向に視線を飛ばす。降りしきる雨。曇りきった空の下では……否、仮に晴れていたとしても、ここからでは見えないが。
「雷鳴作戦を開始する。聖都を一週間で陥とすぞ!」
『承知しました!』
ガーズィは首肯した。
アルゲナム国奪回作戦に、ウェントゥス軍の進撃が始まる。
・ ・ ・
――時系列は三ヶ月前に遡る。リューヌフォール攻略の前の話だ。
リッケンシルト王都エアリアを、ウェントゥス・リッケンシルト連合軍が奪回をした。その後、ウェントゥス軍は、敗走する魔人軍を追いながら西進した。
一時王都に滞在し、準備を整えていた慧太たちも、先行する部隊を追って出陣。ユウラ、アスモディア、ベルフェには王都に残って、リッケンシルト国との連絡などをやってもらい、セラやサターナら仲間たちは、ガーズィ連隊と共に前線へと向かう。
かつてライガネン王国を目指して通った道を、逆走する形だ。王都エアリアを出て、街道に沿って進めば、バーリッシュ川とそれに架かるゴルド橋がある。
「……へえ、しっかりした橋が架かっているじゃないか」
慧太はアルフォンソに跨がり、整備された大橋を見やる。同じくシェイプシフター馬に騎乗するセラが目を細めた。
「前に通った時は、橋が落ちていましたからね」
「あの時は足止めされたもんな」
結局、人目がない時を狙って、シェイプシフターの変身能力を使い、仮の橋として渡ったのだ。
あの時は木造だったが、今では石造りのしっかりした大橋となっていた。それを見たサターナは鼻で笑う。
「芸術性の欠片もない素っ気ない橋ね」
飾りや模様もなく、渡るための橋以上でもそれ以下でもない新ゴルド橋である。
「でもまあ、しっかりしてそうだぞ」
慧太は思った通りのことを口にした。以前に比べて、軍隊が重装備のまま気にせず通行できそうな頑丈さが見て取れる。
「そりゃあ、そうよお父様。この橋を作り直したのは、第四軍のベルフェだもの」
サターナが補足した。
「大陸東進ルートの主要路の一つだもの。軍隊が通れるように補強された橋が必要になったってわけ。ただねぇ……」
元レリエンディールの七貴族の一人であるサターナは苦笑する。
「ベルフェったら、遊び心がないからね。実用一点張りで、つまらないわ」
「確かに、少し寂しいですね」
セラが同意すると、サターナも「そうなのよ!」と言った。高貴な身分のお嬢様方には、実用一点張りは物足りないだ。
慧太たちとウェントゥス軍連隊は、石造りのゴルド橋をそのまま通過する。
見えてきたのは対岸の町シファード。前回来た時は、橋が落ちたせいで、数日足止めを強いられた。
まだ敵だったアスモディアと戦ったり、少なからず思い出もあるが――
「……」
セラは無言だった。同じくリアナも口を閉ざしている。キアハが口を開いた。
「廃墟の町……」
彼女はここに来るのは初めてなのだ。慧太はアルフォンソの背中に揺られながら、燃え落ちた建物の残骸を眺める。比較的、新しい。逃げる魔人軍が、追撃するウェントゥス軍が補給を得られないように焼き払ったのだろう。
魔人たちの占領下にあった町の住人は、果たしてどうなったのか。見渡す限り、無人。逃げることができたのか、それとも……。
悪い想像がちらつくのか、セラもサターナも口を開かなかった。
ウェントゥス軍は、さらに西を目指した。
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