第四四五話、進撃の始まり
久しぶりの投稿です。感覚が戻ってない……。
旧アルゲナム国国境線リューヌフォール。魔人軍が構築した東部国境線に築いた防壁である。
魔人軍による人類への戦争、そして聖アルゲナム国の占領。その時には、まだリューヌフォール防壁は存在していなかった。
現地に駐留する魔人軍第六軍が、何を思ったか、前線がアルトヴュー王国へ伸びようとしている最中に、後方であるアルゲナム国境に城壁を作りはじめた。
本来は、飾り的な意味合いが強かったのだが、リッケンシルト国が、ウェントゥス傭兵軍を名乗る軍によって奪回された際、リューヌフォールは本格的な防御拠点として増築、完成を目指されることになった。
そしてリッケンシルト国からの侵攻正面となるだろう地域のほぼ九割に壁が建てられ、一応の完成を見た。
リッケンシルト国、王都を巡る戦いから三ヶ月後――
人類西部諸国軍――ウェントゥス傭兵軍を中心に、リッケンシルト軍、アルトヴュー王国軍の連合軍が、旧アルゲナム国東部国境線に集結した。
人類、そして魔人軍にとっても、それは西部諸国軍によるアルゲナム侵攻であることは疑いようがなかった。
冬は過ぎ、季節は春。アルゲナム国東部国境線は、三日前より雨が降り続いていた。雲は厚く、どんよりと曇り、雨によって地面は泥濘、場所によって水が張ってまるで川のような有様だ。
十キラータの距離を置いて対峙している両軍。見張りに立つ歩哨は、雨合羽よろしくマントを鎧の上に羽織り、冷たい雨に打たれながら、じっと正面を見据えていた。
リューヌフォール防壁に展開するは、魔人軍第六軍に所属する国境警備軍。冷え込む外気に身を震わせながら、歩哨は見張りに立っている。
かすかに白い息がこぼれる。顔を上げた、豚顔の魔人兵は、灰色の雲に小さな黒い影がぽつぽつと浮かんでいるのが見えた。水滴が当たるので大きく顔を上げたくないのだが、違和感を拭うためにも目を凝らす。雨の中、羽ばたいているのがわかる。それもみるみる大きくなっていく。
飛竜だ。
しかし何故こんな雨の中を飛んでいるのか――その魔人兵が鼻に当たる雨を拭いながら、さらに注視する。しかし、よくよく考えれば、飛竜が飛んで来たのは、人類軍がいる方向――!
「対空警戒ーッ!!」
雨音を裂くように怒号じみた声が響く。次いで警笛の音が連続して防壁中に響き渡る。防壁上の歩廊の兵はもちろん、壁裏の室内で待機していた兵たちも、弾かれたように雨の中へ飛び出す。
もはやはっきりシルエットが見えるほどの灰色の飛竜の群れが、リューヌフォールの壁に接近しつつあった。
・ ・ ・
飛来する飛竜の集団――ウェントゥス傭兵軍航空第二連隊に所属するドラグーン、ワイバーン、各飛行中隊からなる戦爆連合だ。
鬼のような面貌に二本の角がついた兜、灰色の軽鎧を身に付けた戦士が飛竜の背に乗る。ウェントゥス傭兵軍の航空兵たちである。
冬の間は雪中迷彩を兼ねた白い装備だったが、雪も消えるこの時期は、基本色は灰色となる。その中で、航空連隊所属兵は赤紫のラインが鎧に入る。
飛竜部隊の中では『戦闘機』的扱いとなるドラグーン、その先頭の竜に乗るは第二連隊指揮官のレーヴァである。
『防壁を確認。「フォーゲル」攻撃開始!』
『了解、フォーゲル・リーダー』
ベルフェ印の魔力通信のやりとり。ドラグーンは翼を広げて、滑空するようにリューヌフォールに迫る。胴体にくくりつけられた魔石銃四門、それらが防壁の上、歩廊を一掃すべく相次いで火を噴いた。
赤い光弾が雨を蒸発させ、見張りの魔人兵の至近に着弾。魔法の弾が炸裂し、その身体を吹き飛ばす。衝撃に煽られ、魔人兵は防壁から地面へと回転しながら叩きつけられる。
悲鳴と怒号が錯綜する。空から降り注ぐ光弾が兵をなぎ払う。雨の中、弓を取る魔人兵だが、上から来る雨と黒雲によって飛竜を捉えるのも難しかった。
右往左往する兵たちを他所に、現地指揮官であるコルドマリン人の指揮官は伝令を呼びつける。
「くそ! くそっ! ウェントゥス軍の奇襲! 本営に伝令! 行けっ!」
雨の中、伝令が駆ける。その間にも、頭上を飛竜が飛び抜ける。
灰色竜であるドラグーンに続き、土色の外皮を持つ飛竜――ワイバーンの編隊が飛来する。それらの背にも、それぞれウェントゥス兵が乗り込んでいる。その指揮官は新たに身に付けた魔力通話で呼びかけた。
『フォーゲル、こちらウォーホーク・リーダー。突入する』
ワイバーン隊は、一本棒のように縦に長い編隊を組んで、防壁を通過すると、その裏側で密集、待機している魔人軍の歩兵部隊を標的に定めた。
上空を通過、すれ違いざまに腹に巻いた対地上用の爆弾を投下する。対装甲物に対する貫通力はないが強い爆発力を持つそれは、着弾と同時に火柱、衝撃波が巻き起こり、魔人兵たちが紅蓮の炎に飲み込んでいった。
まだ襲撃に対応できていない。警戒はしていたはずだが、この雨だ。攻撃はないと油断していたのだろうか。攻撃を受け、部隊に召集をかけ反撃態勢を取ろうとしているのはさすがであるが、まさにその状況こそ、攻撃隊にとっては鴨だった。
ドラグーンが防壁上の歩廊を掃射し、ワイバーンが魔人の反撃部隊を叩く。
『ウォーホーク・リーダー。こちら、ウォーホーク7。地上の敵の武器はクロスボウならびに弓――魔石銃のたぐいは見えず。……おっと、あれはなんだ』
地上を見下ろすワイバーンに乗るウェントゥス兵。大型クロスボウの類だろうか。巨大な輪に複数の大型クロスボウを載せた車のようなものが、魔獣に牽かれて動いている。輪の上、全周囲に向けられているクロスボウだが、射手が座ると思われる席は一つしかない。
『対空砲か? また変なのが出てきたな』
その対空砲が静止すると、正面上空を横切るワイバーンに一撃を放った。すると輪が回転し、右隣のクロスボウが射手席正面の位置に移動した。……ははん、回転式速射クロスボウと言ったところか。短時間に連続して矢を発射しようという意図なのだろう。
だが照準システムは、特に進化したわけでもなく、ワイバーンの側面を狙った矢はかすりもしなかった。
すると回転式速射砲車の右手側からウォーホーク中隊のワイバーンが飛来し爆弾を叩きつけた。魔人軍の新兵器(?)は、射手と装填手もろとも木っ端微塵になる。
『フォーゲル・リーダー、こちらウォーホーク・リーダー。第一攻撃点の抵抗は微弱。敵地上部隊は壊乱した模様』
『こちらでも確認した、ウォーホーク。引き続き、敵を掃討せよ』
ドラグーン上で連隊指揮官のレーヴァは魔力通話で指示を出す。第一撃である航空隊による先制パンチは成功した。続いては――
『フォーゲル・リーダーより、CP。第一攻撃点の先制に成功』
『こちらCP』
魔力通話に聞こえたのは、ウェントゥス傭兵軍を率いる若き将軍の声。
『フェーゲル中隊、待機せよ』
将軍――羽土慧太は、自身も飛竜に乗って魔力通話を飛ばす。
「タイガー、第一攻撃点へ進軍を開始しろ」
『こちら、タイガー、了解』
タイガー――突撃第一連隊の突撃兵を束ねる指揮官ガーズィの声で返事がくる。
慧太は降りしきる雨の中、深めにかぶったフードの奥から、じっと戦場を睥睨する。これまで緩やかに進んでいた地上の突撃連隊が、波のように防壁へと移動を開始した。
魔人兵が守りを固めるリューヌフォール防壁は、いま航空部隊の猛撃を受けて組織だった迎撃は不可能の状態だ。ガーズィら地上部隊も攻撃がやりやすいはずだ。
「さて、そろそろ俺たちも動くか。アルフォンソ」
『そうですね』
飛竜――慧太の分身体であるシェイプシフター、アルフォンソが返事をした。
現在のウェントゥス軍にあって最古参の分身体であるが、他の分身体たちが喋る中、こいつだけはつい最近まで、ずっとだんまりを通していた。実は慧太自身も、アルフォンソが喋ることなど全然気にもしていなかったが、最近ではこうして会話するようになっている。
低空へ降下。防壁の裏手へと、慧太とアルフォンソ、それに従う部隊が突き進んだ。目標は、防壁の一角、城門!
不定期更新。次回未定ですが、ぼちぼちやっていきたいと思います。




