第四四二話、魔人将軍の元副官
狼人らの葬儀に参列した後、慧太は、再びハイムヴァー宮殿に戻っていた。
リッケンシルト国より、来賓用の部屋を与えられ、王都滞在のあいだはそこを自由に使わせてもらっている。
とはいえ、ウェントゥス傭兵軍の指揮官ともなると、やってくる人間が多く、多忙を極めている。……狼人の葬儀に参加した際、ヴルトから申し訳なさそうにされたのも、慧太が忙しいのを知っていたからだ。
リッケンシルト軍のコルド将軍は、負傷した身でありながら自力で歩けることから、わざわざ慧太の部屋にきて、リッケンシルト国内の魔人勢力への対応や、ウェントゥス軍流の戦術、武器の相談などを積極的に行った。
ライガネン王国の大商人、ドロウス商会のカシオンは、王都エアリアを巡る戦いを後方からじっくりと観戦した一人だった。彼も、王都再生のために商売の種になりそうなものを独自に見定め、慧太にリッケンシルト側への仲介を願い出たり、やはりウェントゥス軍独自の武器、そして飛竜に強い関心を抱いていた。
両者とも、ウェントゥス軍の行動を大いに助ける部分に一枚かんでいる人間なので、無碍に扱うことはできなかった。
他にも、ユウラやガーズィらウェントゥス軍幹部と今後の作戦の打ち合わせをしたり、獣人同盟との共同戦線にも話があった。……獣人同盟のほうは、ほぼ代表的扱いである狐人の姫巫女ラウラが、主にセラのほうを訪ねているので、慧太にさほど負担はいっていない。
そんな多忙な慧太は、人払いをして、とある人物と会っていた。
「窮屈な扱いになって申し訳ないな」
「いえ、将軍。外見が魔人ですから、仕方ありません」
慧太が面談しているのは、青い肌を持つ魔人――コルドマリンの青年将校だった。
名前は、アガッダ。元第四軍指揮官、ベルフェ・ド・ゴール伯爵の副官をこなしていた男である。
机を挟んで、慧太とアガッダは椅子に腰掛ける。机にはお茶の類はない。……お互いに飲まないからだ。
「次の任務は気まりましたか、将軍?」
「うん、相も変わらず魔人軍への潜入だよ。最初は逃げる第四軍の間に入ってくれ。そこでこちらに情報を流してくれ」
慧太は、世間話をするような気楽な調子だった。魔人兵だから、と緊張する様子もない。そしてそれはアガッダも同じだった。ベルフェの副官を務めた人物が、本来なら敵であるウェントゥス軍の指揮官と事務的に会話を進めている。
「今度は、割と連絡を絶やさない感じですか?」
「……ベルフェの元にいた頃は、工作じみた命令がなくて退屈だったか?」
「休眠諜報員とは、そういうものでしょう」
アガッダは諧謔に満ちた表情を浮かべた。
休眠諜報員――指令が来るまで、潜入先で普段の日常生活を送るスパイである。魔人軍将軍付きの副官であるアガッダは、本来の所属であるウェントゥス軍から指令がこなければ、平然と魔人軍内の仕事をこなし、生活をし、ベルフェに仕えたままである。
もっとも、いまのアガッダは、オリジナルではない。リッケンシルト国潜入部隊であるゼーエン隊の一シェイプシフターだ。本物のアガッダはすでにこの世にいない。
ベルフェのそばにいて、彼女の行動や研究を粒さに観察しながら、それをウェントゥス軍に通報したりすることは一切なかった。やがてくるだろう指令をただ待ち、それが来るまでは魔人としての生活を送り、任務に励む――それが休眠諜報員なのだから。
「幸か不幸か、君が本来の仕事をすることはなかった」
「潜入工作において、使わなくて済むということはいいことだと思います」
アガッダが言えば、慧太は頷いた。
「そうだな。……君が日常的にまとめてくれていたベルフェの資料、研究についてのメモは、いまとても役に立っているわけだが」
「ベルフェ様は、お元気ですか?」
「体調はいいと思う。だがまだこちらに来て日が浅いからな、よくわからない。……元々あまりお喋りではないようだしな」
第四軍指揮官、ベルフェの身柄は、いまはウェントゥス軍にある。
サターナとの直接対決の際、シェイプシフター体であるシフェルに抱きしめられたことで、自由を失ったベルフェは、そのまま捕虜となった。
そして現在、ユウラの契約魔法によって、ベルフェは彼の支配下にあった。
「いわゆる、召喚奴隷、というやつでしょうか? アスモディアと同じような?」
「いや、身体は元のままらしい。ただ契約上、ユウラには逆らえないし、こちらに危害を加えることはできない身ではあるらしいが」
「そうなると、不死ではない、ということですか?」
「アスモディアの時は、すでに死にかけていたからな。ああでもしないと死んでいたから、身体を再構成したらしい」
かつて、魔人軍の将だった頃のアスモディア。彼女がユウラの契約のもと、今の召喚奴隷となったのは、セラとの戦いで聖天をその身に受け、瀕死の重傷を負ったから……ということらしい。
「……」
「どうした? 言いたいことがあるなら、言ってもいいぞ?」
「そんな顔をしていましたか?」
「ああ、最近、似たような表情を見た。サターナやガーズィも」
慧太の言葉に、アガッダは小さく肩をすくめた。
「あなたに隠し事をしていてもしょうがないので、言わせていただきますが、ユウラ殿の行動について、少し注意する必要があるかと」
「やっぱりそれか」
「というと……サターナ様やガーズィ連隊長も?」
「ベルフェを引き入れた件について、彼女の優れた頭脳を利用したいというのはわかる。たとえ自軍に引き入れられなくても、魔人軍から離れさせれば、それだけで敵にとっては打撃にもなる」
「ベルフェ様の開発する兵器群が、魔人軍の戦力増強の一翼を担っていました。彼女の子飼いである第四軍は特に。ベルフェ様がいなくなった第四軍など、もはや烏合の衆です」
「こちらにとってはメリットしかない。……だが問題は」
「ユウラ殿、ですね」
アガッダは頷いた。
「彼には秘密が多すぎる」
「もともと、獣人傭兵団にいた頃、団員の過去は詮索しないようになってた。訳ありの奴ばかりだったからな。そういう過去の経歴や傷に触れない、気にしないというドラウト団長の意向だった」
いまは、それが仇となっている。ここまであの青髪の魔術師は、実力はもちろん、多くの助言を行い皆を助けてきた。
だが不審な行動がまったくなかったわけではない。しかし、それらに慧太や、同僚でありリアナは目をつぶってきた。そういうルールだったからだ。ユウラにしても、慧太やリアナの過去を詮索したことはない。
「つい最近気づいたんだが、サターナは以前から、ユウラをあまり信用していなかったらしい」
慧太は、王都攻防戦の最中、二人が見せた微妙な空気感を思い出して言った。
「あのアスモディアが、あっさりこちらに下ったのは、ユウラの魔法の強制力だとオレは思っていたんだが……サターナに言わせると、アスモディアのユウラへの忠誠心はどうもそれとはまた違うようだと言っている」
「つまり、魔人軍の将だったアスモディアを心酔させるようなものを、ユウラ殿が持っていると……?」
「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」
何とも歯切れの悪い答えだった。というより、慧太自身、この件について、どうすべきか考えあぐねていた。
聞いてしまうのが簡単だが、果たしてそれで彼が本当のことを話してくれるかどうか、という問題がある。サターナやアガッダが警戒感を抱いているが、それが正鵠を得ていた場合、ユウラは本当のことを話さない可能性が高いのだ。
「彼には謎が多すぎる、というのは本当だ」
慧太は小さくため息をついた。
「しばらくは、様子を見るしかないな」
「わかりました。……将軍がそうお考えなら、私めは自分の任務に集中しましょう」
アガッダは席を立った。慧太は首肯した。
「しばらく第四軍残党の動向を調べたら、その後はできれば本国に言って向こうの情報を収集をしてくれ。魔人軍の内側からの情報を、ベルフェの副官だった人物の視点から欲しい」
「承知しました」
それでは将軍――コルドマリン人に化けたシェイプシフターは敬礼した。
いよいよ第二部も残り少なくなってきました。
改稿版を近々投稿予定ですので、その折はどうぞ、よろしくお願いいたします。




