第四三八話、王都エアリア奪回
グラスラファルの青い機体が、魔力供給を断たれ、その機体を維持できなくなって消えた。
ウェントゥス軍の衛生兵たちが、担架に乗せたアウロラを運んでいく。魔人兵が潜んでいる場合に備えて、その周りには護衛がつく。
慧太は、思わず口もとに手を当てた。わずかに濡れたのを感じ、自身の手を改めてみれば、血がついていた。……アウロラの血だ。
セラとティシアが、慧太の後ろに立っている。魔鎧機を解除している二人だが、その表情は固い。
「機械兵器同士の戦いともなれば、ああいうこともある」
慧太は事務的に言った。
ルガンとの戦闘で、グラスラファルは大破した。もとより装甲が薄めの機体は、魔法障壁による強化されたルガンの体当たりで、その機体の一部を潰された。
「……片腕だけで済めば、御の字だろうな」
「利き手、ですよ」
ティシアが沈痛な声を出した。
「騎士が剣を握る手を失ったら……もう」
堪えきれずに、金髪の女騎士の碧眼から涙がこぼれた。
グラスラファルの潰れた部分というのは、胴体から右肩。アウロラの右腕も挟まれる形で潰れ、そして結果的に千切れた。褐色肌の女騎士は右腕を失ってしまったのだ。
もはや、剣を握ることはできない。若い騎士にとって、それは今後の人生に消えない傷を与えることになる。騎士としての栄達は絶望的であり、リッケンシルト王都解放までに上げた戦功に見合う報酬を受け取れば、それ以後はもはや何もなくなる。
「命あってのモノダネだ」
慧太は静かに告げた。傭兵たちのモットー――ウェントゥス傭兵軍の前、ハイマト獣人傭兵団にいた頃、団長の熊人ドラウトがよく口にしていた。
アルトヴュー王国からの借りものに傷をつけてしまった。おそらく現状のアウロラに、もはや魔鎧騎士としての働きは期待されないだろう。下手したら、騎士としてお役御免となってしまう可能性すらある。……むしろその可能性は高い。
――その時は、ウェントゥスで面倒見るだけだ。
「行くぞ」
慧太は、セラ、ティシアを見た。
「ここにいても何にもならないからな。ハイムヴァー宮殿へ」
宮殿のほうから声が響く。力強く、歓声の混じったそれが闇夜に木霊する。
リッケンシルト兵たちの勝利の凱歌。
ハイムヴァー宮殿は、ウェントゥス・リッケンシルト連合軍が制圧したのだ。
・ ・ ・
ハイムヴァー宮殿内での戦闘は、ベルフェの抵抗を除けば小競り合いひとつ起きなかった。
魔人兵は一人残らず撤退したためだ。宮殿内を捜索したリッケンシルト兵、ウェントゥス兵だったが、置き土産の罠も確認できなかった。
慧太たちが宮殿に到着した時、リッケンシルト兵たちは勝利に喜びの声をあげ、疲れているにも関わらず、勝利の余韻に浸り、歓声をあげていた。
「ハヅチ将軍、やりましたな」
リッケンシルト軍のコルド将軍が、慧太の姿を見るなりやってきた。彼は頭に包帯を巻き、右腕を吊っていた。
「コルド将軍、怪我を……」
「あの巨大な機械兵器の攻撃の巻き添えを喰らいましてな。怪我はしましたが、命は拾いました」
ふだんから表情の硬い将軍であるが、喜びは隠しきれないようだった。勝利したのだ。魔人軍から、王都を取り戻したのだから。
「不幸中の幸いでしたね」
「ウェントゥス兵らが勇敢に立ち回らなければ、わしも命はなかった。あの時、敵の巨人に立ち向かった者たちの勇気と献身を生涯忘れることはないでしょう」
目の前でルガンと対峙したらしいコルド将軍。あの巨大な人型兵器に生身で遭遇したとあっては、生きていただけで儲けものだっただろう。
「大したものだ」
コルド将軍は、ゆっくりとハイムヴァー宮殿を見上げた。
「ハヅチ将軍、貴殿の言うとおり、戦闘開始からわずか一日で、魔人軍を王都から蹴散らした。この規模の攻略戦において、ここまで迅速かつ決定的な勝利は古今例がないでしょう。称賛に値する!」
「兵たちが頑張ってくれました……」
慧太は控えめに言った。
コルド将軍は少し驚いたような顔になった。戦勝にも派手に喜びを露わにすることなく、
物静かな異国の青年。さすがに疲れてしまったのかもしれない。魔人軍の第一軍、第四軍を立て続けに相手し、これを退けたのだから。若き将軍はこの偉業にも謙虚だった。
それとも、戦死した兵たちのことを考えているのだろうか――コルド将軍は思った。
「犠牲になった者たちに、安らぎと神の祝福を」
リッケンシルトの将軍は瞑目した。今日の一戦では自軍にも多数の死傷者が出ている。
『ハヅチ将軍』
ガーズィがやってきて声をかけてきた。ウェントゥス、リッケンシルト両軍の将軍がいたので、慧太の名前を呼んだ。兜を被ったままの彼に、慧太は頷くとコルド将軍を一瞥した。
「では、失礼します、コルド将軍」
慧太は、ガーズィのもとへ行くと、彼は周囲の人を避けて歩き出した。
『北部に展開していた敵部隊は壊滅しました。王都住民の居住区は無事です。現在、潜んでいる敵がいないか捜索しております』
「よくやった」
慧太は首を縦に振った。
『それと、王都西側に展開していた第四軍主力ですが』
一段、声のトーンを落とすガーズィ。
『南西外壁の爆発は、これを逃がすためのものだったようで。現在、王都に敵部隊はほぼいなくなりました』
「ベルフェとルガン部隊は、さしずめ殿ということか」
どうりで王都が簡単に陥ちたわけだ。慧太は眉をひそめる。数で勝る敵が本気で抵抗していれば、宮殿を巡る攻防戦は、いまなお続いていたのは間違いない。
「それで、離脱した第四軍主力の動向は?」
『ダシューの騎兵第三連隊が、敵を追尾しています』
王都外の第一軍残党処理と警戒に当たっていた突竜騎兵、コンプトゥス騎兵部隊からなる第三連隊が、王都より出てきた第四軍に襲い掛かったのだ。
『初撃の突撃で第四軍は完全に統制を失い、西へと敗走しています』
大方、外壁を出て、陣形を組む間もなく、騎兵突撃を受けたのだろう。ダシューは王都外壁の爆発を見たときに、すぐに部隊を急行させたに違いない。
『現在、第三連隊は戦果拡大を図っておりますが……如何なさいますか?』
追加の指示があるか、ガーズィが確認する。もし、王都の守りを優先するというなら、呼び戻しますが、と暗に言っている。
「追えるところまで追わせろ」
慧太は手短だが、断固とした調子で言った。
「何なら国境まで追い回してもいいぞ。……まあ、実際は次の敵拠点までだろうが」
シェイプシフターには食糧も物資の補充も必要もない。すべては自身を構成する身体の残量次第。身一つだから軽い。魔人兵とてずっと逃げ続けることはできない。体力はもちろん、食事や水なども摂らなければならないからだ。休み知らずのシェイプシフター騎兵に追い回されることは、敵にとって悪夢以外の何物でもないだろう。
ベルフェを押さえたとはいえ、第四軍の兵力自体はほぼ半数が王都外へと出た。これを極力狩ることで、アルゲナム国境まで進軍する時にある程度楽ができるようになる。
そうだ。まだ戦いは終わっていない。セラの、アルゲナム国奪回という目的を果たすまでの、ほんの通過点に過ぎない。
リッケンシルト国の人間が沸き立つ中、すでに慧太の思考は次へと向かっていた。




