第四三七話、二つの決着
スアールカが立ち上がり、民家の影から姿を現す。腰部の光槍砲の射線を確保し、アスモディアのアレーニェに無駄な突進を行うウルスドロウ、その停止地点を予測する。
確かにパターンだ。アスモディア機が飛び退き、それまで黒い魔鎧機がいたところまで突進すると、次の移動地点を定めるように、ウルスドロウは静止した。
『いけっ!』
光槍砲が二門、黄色い稲妻をまとう光の弾を放った。狙いどおり、二発の光は、ウルスドロウの大きな左肩と、背中の円柱型バックパックに命中した。
『あ……』
思わずセラは声に出した。魔法障壁を展開されず、光弾が直撃したのだ。
だがせっかく当たったのに、表面装甲が厚いらしく、障壁なしでもダメージを与えられなかったようだったが……。もっとも肝心なのは、障壁を出されずに直撃弾を与えられたことだ。
『ケイタ!』
『わかってる』
慧太のティグレ改は、その場にしゃがみこんだまま、ウルスドロウから身を隠している。一方のセラのスアールカをウルスドロウは発見し、突進の構えを取った。
『手はずどおり、奴が来たら、そっちへ離脱しろよ?』
オレにウルスドロウが背中を見せるように――慧太の言葉にセラ、スアールカは頷いた。
『任せて』
そして、ウルスドロウが例の加速で、一気に距離を詰めてきた。まだ無事だった王都の民家などが突進に巻き込まれ破砕されていく。
スアールカが飛んだ。青い燐光を引き、夜空へを舞い上がる。
石造りの建物を砕きながらウルスドロウが、先ほどまでスアールカがいた場所――慧太のティグレが潜むすぐそばに現れた。
がっちりとした重量級の魔鎧機だ。
間近にそれが現れたことで、慧太は緊張したがそれも一瞬のことだった。ウルスドロウは飛んで逃げたスアールカのほうへ視線を向け、機体の向きも変えた。……慧太のティグレ改に背中を向けて。
ティグレは立ち上がる。両腰のマルチランチャーを、ウルスドロウのひざ裏――おそらく露出している部位で、一番装甲薄いだろう関節部分に狙いを定めた。
ケーブル付きの鉄杭を射出。二本の杭は、それぞれ敵機のひざの裏を貫いた。ガクリ、とウルスドロウがよろめく。
ケーブル巻取り!
腰部マルチランチャーから伸びるケーブルを急速巻取り。するとひざ関節を穿かれ、棒立ちになっていたウルスドロウの巨体が、足元から引っ張られ、前のめりに倒れ込んだ。
何とも間抜けな格好だ。慧太は腕のマルチランチャーから鉄斧を射出し、それを両手に握ると、貫かれたひざ関節を両断すべく、一撃を叩き込んだ。
立ち上がる間もなく脚を砕かれ、ウルスドロウは地面に倒れたまま、もがいていた。腕をついて、上半身を起こすこともできずにジタバタしているように見える。
だがやがて、その動きも止まった。
スアールカ、アレーニェがやってくる。
『……何ともあっけない、ね』
『セラに聞いたけれど、自動操縦? っていうの、これを見ているとそれも何となく頷けるわね。ベルフェだったら、いえ、普通に中に人がいればマシな動きをしただろうし』
呆れのこもった声だった。慧太のティグレ改は、踏み潰され、崩れた王都の建物を見やる。
『とりあえず、これで敵の機械部隊は全滅か?』
『それなら――』
大型盾をもった白い魔鎧機、ティシアのネメジアルマがやってくる。
『ハイムヴァー宮殿に向かいましょう』
そうね、と同意するセラ、アスモディア。慧太は思わず苦笑した。
『みんな元気だなぁ。ここまで疲労は相当なものだろう? 下がって休んでもいいんだぞ』
『そういうあなたは? ケイタ』
セラが聞いてきた。オレ? オレは――
『もちろん、これから宮殿に行くさ。ユウラやサターナたちがいるからな』
『なら、私たちも行くわ』
何だかいつものやりとりのような気がしないでもない。
『それはそうと、グラスラファル……アウロラはどうした?』
・ ・ ・
王都に放ったウルスドロウの動きが止まったのは、ベルフェにすぐわかった。
専用機である魔鎧機を遠隔操作できるように弄くったベルフェである。というのも、彼女の身長では、ウルスドロウに乗り込んでも手足が届かないのだ。
「やられたか。リモートでは限界だったか」
このテラスに敵が乗り込んでくるまでは遠隔ではあるが、実際にウルスドロウの視覚を元に直接制御していた。だが、ウェントゥス軍――サターナらを相手にしながら、遠隔操作は難しい。あまり複雑な動きは無理だが、自動制御に対応させたのだが……。
――やはり無理があったということだ。
まだ細かな自動制御には問題点があって――
「はい、ベルフェ、つっかまえた!」
注意がそれたのを、サターナは見逃さなかった。一瞬の隙を見逃さず、漆黒ドレスの少女は、ベルフェの身体に抱きつく。武器で殴る、斬るなどの攻撃は予想できたが、まさか直接抱きついてくるのは想定外だった。
だがベルフェの驚きは、刹那だった。捕まえられたということは。
「捕まえたのは……こっちなのです!」
ベルフェは両腕でサターナの胴回りを抱き込んだ。幼い見た目に反して、ベルフェ・ド・ゴールは熊系の魔人ないし獣人の血が強い一族の生まれだ。キアハを後退させるほどのパンチを繰り出す力はもちろん、その怪力は捕まえた相手の身体を押し潰し、背骨をへし折る。
「迂闊だったのです、サターナ」
このまま力強く抱きしめれば、かつて七大貴族の筆頭にあったリュコス家の娘たるサターナ――魔人軍でも有力者だった彼女は命を落とす。
背骨を折られ、臓器もつぶれ、目は見開き、涙や涎を流しながら苦痛に歪ませながら、惨めな死に様をさらすのだ。
これも仕方がない。戦場で対峙するということは、そういうことだ。……少し先に逝ってもらおう。運がよければ、あの世ですぐに会える。
ぐぐっ、と力を込め、サターナの腕ごと、腰まわりを潰した。
――ん……?
普通なら死んでいるだろうところまで抱きしめたが、ベルフェは違和感をおぼえた。
サターナの背骨はへし折れたはずだ。だが何故、彼女はまだベルフェを抱きしめているのか。当に力が抜け、死んでいるはずだ。
嫌な汗が出た。心なしか、彼女の締め付けが強くなったような気がした。ベルフェはサターナの抱え込んだ体から頭を離す。間近にあるはずの彼女の顔は――
笑っていた。
恍惚と残忍さを併せ持った喜悦の表情。
「残念ね、ベルフェちゃん」
サターナはとても楽しそうだった。
「ワタシが魔人だったら、あなたに抱きついたりはしなかったわ。あなたの熱い抱擁で死んだ間抜けたちの話は知っていたからね」
「……魔人だったら?」
では今は魔人ではないというのか。そう心の中で呟いてみて、ふと思った。
外見が変わった。大人のそれから少女の身体へと。魔法で変身した、と思っていたが、よくよく考えればその必要性がどこにあるのか? 身体のサイズを合わせて戦いやすくする? 違う、そんな理由ではないはず――
「密着したら、得意の絞め技が来ると思っていたけど」
サターナはベルフェへの抱きつきを強くした。……というより、彼女の身体にベルフェの身体がうずまっていく。
「いまの身体は、密着されたほうがむしろワタシにとって都合がいいのよねぇ……」
豊かな胸に顔をうずめる、とかそんな的外れな考えがよぎるが、サターナの身体にベルフェは飲み込まれていく。
「ワタシはこれでも懐が深いのよ。抱きとめてあげるわ、ベルフェちゃん。だから――」
少しのあいだお休みなさい。




