第四三五話、違和感
降伏のあと――ベルフェの問いに、サターナは首をめぐらせ、ユウラを見た。
「彼女の投降を呼びかけたのは、あなただけど、ベルフェの身柄をどうするつもり?」
「この戦いでの魔人軍側からの離脱」
青髪の魔術師は事務的に応えた。
「願わくば、我々に協力を」
「協力?」
ベルフェは、フンと鼻で笑った。
「そして同胞と戦え、ということだな貴殿の発言は。……それはウェントゥス軍全体の意思なのか? 魔人軍の将軍として、ボクの死を望んでいる者もいるのではないかな?」
「いるかもしれませんが、極わずかでしょうね、ウェントゥス軍では」
ユウラは平然とした顔で告げた。
「少なくとも、アスモディアやサターナ嬢がいるということを考えれば、ある程度、ご理解いただけるものと思いますが」
「……」
「ウェントゥス軍に投降する限りにおいて、あなたの身柄は保護されます。リッケンシルト国の引き渡すようなことはないと、お約束できます」
「その口ぶりでは、貴殿は相当な立場とお見受けするが、ウェントゥス軍において、貴殿の立場はどのようなものなのか?」
「申し遅れました。私はウェントゥス傭兵軍副団長、ユウラ・ワーベルタ」
「副団長……? 失礼、副将軍ではないのか?」
「もとは傭兵団でしたので、その名残です」
「……ああ、そういうことか」
ベルフェは、ユウラの発言で、彼がウェントゥス軍のナンバー2であるだけでなく、軍の古参であることを察した。つまり、彼の発言は、かの軍の中では重要視されるということだ。
「一つ質問だ。ウェントゥス軍の指揮官殿はどちらにいるのか?」
「我々の指揮官、羽土慧太将軍は、あちらです」
ユウラは王都のほうを指差した。
「あなたの魔鎧機、ウルスドロウとルガン部隊との対応で戦場にいます」
「戦場で対応。それは悪いことをしたな」
苦笑するベルフェ。サターナは口を挟んだ。
「それで、投降するの? しないの?」
「まあ、そう急かないでもらいたいものです、サターナ」
魔鏡の奥の緑色の瞳が、じっと漆黒の戦乙女を見やる。
「降伏などという一大事、簡単に決められるものでもないのは理解いただけるでしょう? 考える時間をいただきたい」
「いま、すぐ! ここで決めなさい、ベルフェ」
サターナは睨んだ。
「簡単なことよ。死ぬか、生きるかよ」
「そう簡単なものでもないのですよ、サターナ」
ベルフェの表情が険しくなった。
「とくに、ボクには、故国を裏切ってまで生き残る理由が何一つ浮かばないのですよ」
「では、決裂とみていいかしら?」
サターナが手にスピラルコルヌを召喚する。リアナ、キアハもまた身構える。
ベルフェは小さく肩をすくめた。
「本当は、あなたやアスモディアがウェントゥス軍にいる理由を小一時間ほど問い詰めたい心境なのですが、お話に付き合ってくれそうにないので」
「ええ、そんな時間稼ぎに付き合ってあげるほど暇でもないのよ……!」
次の瞬間、サターナは踏み込んだ。素早くベルフェの懐に飛び込む。虚を突かれたベルフェだが、その口もとに不敵な笑みが浮かぶ。
「残念、そこは出口なのです」
緑色のローブ、ベルフェの胸のあたりに黄色い魔法陣が走り、そこから鋼の機械人形が出現した。不意を突かれたのはサターナのほうだった。
ガキン、と重々しい金属音が響き、飛び込んだサターナは瞬時に元いた位置まで飛び退いた。
ベルフェの前に、二メートルほどの機械人形――ゴーレムを想像させるそれが立ちふさがる。
「こんなこともあろうかと、ローブの下に予め魔法陣を仕込んでいたのです」
ガチリ、と魔人軍の将軍は両の拳を付き合わせた。その手には手甲がはめられている。
「では、しばしの間、ボクと遊んでもらいましょうか」
ベルフェのローブを通して、さらにゴーレムが二体その場に具現化。周囲を取り囲むウェントゥス兵に挑みかかった。
・ ・ ・
『硬い!』
セラのスアールカは、ウルスドロウの背後に光槍砲を撃ち込んだが魔法障壁に弾かれてしまう。
敵機の前ではアスモディアのアレーニェが槍を突き入れ、さらに側面からティシアのネメジアルマが長剣を叩き込んだ。
三体のほぼ同時の攻撃を、魔鎧機ウルスドロウは防いだ。
『離れて!』
アスモディアの警告。直後、ウルスドロウは腕を振り回し、その爪で斬撃を放つ。アレーニェ、ネメジアルマが距離をとれば、ウルスドロウは正面のアスモディア機に、例の加速突進を仕掛けた。
再度、後方へ跳躍するアレーニェ。とっさの回避で距離をとるが、ウルスドロウはまたも加速した。だが、前回見せた絶妙なタイミングではなく、アレーニェが地上に降りてからの突進だった。
セラは違和感を覚える。
期せずして先ほどアスモディアを追い詰めたのと同じ状況になったのに、今度はその絶好のタイミングを見送った。
――何だろう……?
何かおかしい。セラは、離れつつあるアレーニェとウルスドロウを追う。
そして、ついには困惑となる。
『どういうこと……?』
魔鎧機ウルスドロウの動きは活発だ。目の前に捉えた敵機に対し、高速の突進を行う。……先ほどから、その攻撃を繰り返している。まるで馬鹿の一つ覚えみたいに。
それまで同時に複数を相手取らないように器用に立ち回っていたウルスドロウが、今では単調そのものだった。だが、その加速によって進路上の建物は破壊され、周囲に瓦礫や岩壁の欠片が飛び散り、迂闊に接近するのは困難だったが。
アスモディアも、ウルスドロウの動きに気づいたようだが、暴走するウルスドロウのもたらす被害範囲の広さに反撃もままならなかった。
『……パターン化されてるな。まるで動かしているのが機械みたいだ』
傍らで声がして、セラ――スアールカは振り返る。
『ケイタ!』
漆黒の鎧機、ティグレ改がそばにいた。その機体の視線は、アレーニェとウルスドロウの戦いに向けられている。
『少し態勢を低くしろ。……奴の視界に入らないように』
『え、ええ……』
スアールカが片ひざを付いて、周囲の建物の高さにあわせる。
『少し様子を見る。どうも妙だ』
『アスモディアを一人で戦わせていいの?』
『ひとりじゃない。ティシアのネメジアルマが近づいている』
アスモディアを援護しようというのだろう。ティシア機が近づこうとしているのだが、アレーニェは頻繁に跳躍を繰り返して動くために、ウルスドロウもそれに合わせて追いかけ、戦場が動いていた。
『オレはいまさっき追いついたばかりで、全部見てきたわけではないが、あの見慣れない戦闘機械は何だ?』
そうか、ケイタはアレを知らないのか――セラは、アスモディアが口にした『ウルスドロウ』という名前の魔鎧機あること、それがベルフェ専用機であることを知らせた。
慧太は言った。
『あれにベルフェが乗っているのか?』
『当たり前でしょう? 専用魔鎧機なのよ』
他に誰が動かせるというのか――セラの当然の言葉に、慧太は神妙な調子で告げた。
『オレにはアレが、自動制御の人形のように見えるんだが……?』




