第四三四話、ベルフェ・ド・ゴール
再生するアレーニェ。それは操者であるアスモディアが、すでに普通の生き物とは別の存在になっていたがゆえだった。
魔力存在。アスモディアは魔人ではなく、魔力によってその身体、生命は構成されている。それも、契約しているユウラの膨大な魔力によって。
魔鎧機を動かすには、魔力が必要だ。そして魔力存在であるアスモディアは、魔鎧機を扱う上で、もっとも効率のいい身体を持っていると言っていい。機体の壊れた部位を再生させるという、本来もっとも魔力を消費するだろう行為を行ってなお、その活動に影響がないのだから。
『さあ、続けましょう、ベルフェ……』
『まったく、君は本当にしつこい奴だよ』
ウルスドロウは爪付きの腕を振りかぶる。
『そういうところは、ボクは大嫌いなんだ!』
『そう? わたくしは可愛い貴女のことが好きよ』
アレーニェのヒートグレイブ『クロ・シャルール』が、ウルスドロウの爪を弾く。しかし、ウルスドロウの爪は、左腕にも付いている。
ひっかくような斬撃が矢継ぎ早に放たれる。爪の射程では槍は不利だ。アレーニェは防戦を強いられるが、ウルスドロウの素早い連撃に、さばき切れなくなって後方に跳躍して逃げる。
『馬鹿の一つ覚えに……と、言いたいところだが』
ウルスドロウは振り返った。銀魔剣を輝かせ、セラのスアールカが迫っていたのである。
『数で押すということはそういうことだよな』
単独ならば、先ほどの突進でアレーニェは再び半壊以上のダメージを受けていた。そこをカバーするのが僚機であり、連係というものであろう。
『白銀の魔鎧機――だがいまこの瞬間、君を援護してくれる者はいないぞ?』
ウルスドロウは両手の爪を構えながら、接近するスアールカに加速突進した。
・ ・ ・
ハイムヴァー宮殿を囲む外壁は崩れていた。
ベルフェの放ったルガン機械戦闘部隊が、門を使わず外壁を破壊して外に出たためである。
門からだと全機が出るまで時間がかかるし、攻撃が集中する。それならば外壁を吹き飛ばすことで、敵の虚を突きながら素早く展開させようと言うのだ。……王都の放棄が決定しているが故に、後のことなど気にする必要もないということもあるが。
そしてその企みは成功した。押し寄せていたウェントゥス・リッケンシルト軍は、ルガンに対抗できず、後退。一時的に、宮殿は戦闘から解放された。
だがウェントゥス軍は諦めていない。
タイラント編隊に空輸される突撃兵中隊が、ハイムヴァー宮殿上空に到達したのだ。
ルガンに装備されている光弾砲――それと同種のものが対空用に防衛されていると厄介なので、低高度からの強襲だった。
大型竜タイラントの腹に抱えた兵員輸送室から、ウェントゥス突撃兵は飛び出し、宮殿外壁の内側にあたる庭や建物の上に降り立った。
ユウラ、サターナらが乗り込むタイラントは、味方の降下を確かめるように旋回しながら宮殿を上から見下ろす。
「あら……?」
サターナはそれに気づいた。
「あの宮殿中央の三階テラス……あそこにいるのはベルフェじゃないかしら?」
「ベルフェ卿が……?」
輸送室の窓から見つめるユウラは、サターナの言ったテラスに、ちょこんと立っている緑色のローブをまとう少女を見た。
「あれが……なるほど、アスモディアが言っていたとおり、可愛らしい女性ですね」
同じく窓にとりついたキアハ、そしてリアナも、魔人軍第四軍を統率する指揮官の姿を見下ろす。
「子供……ですか? かなり小柄な人物に見えますが」
キアハが言えば、隣でリアナはわずかに眉をひそめた。
「……強そう」
「え……?」
真顔になるキアハである。サターナが、少女たちの会話に笑みをこぼした。
「彼女、強いわよ。見た目はあんななりだけれど、間違っても捕まらないでね。背骨、へし折られるわよ」
「はい……?」
何を言っているのかわからないという顔になるキアハ。サターナは呟く。
「てっきり、ウルスドロウと共に出撃したと思っていたのだけど……じゃあ、あれは誰が動かしているのかしら……?」
ちら、と紅玉色の瞳を、ユウラに向ける。
「ともあれ、あそこにベルフェがいる以上、捕まえるってことでいいのよね?」
「ええ、お願いできますか?」
ユウラが頼むが、サターナは口をへの字に曲げる。
「はっきり言うと難しいわね。というわけで、キアハ、リアナ――ベルフェを殺すつもりでかかりなさい。捕まえようなんて思わなくていいわ」
「……こうもあからさまに無視されるのは」
ユウラは苦笑いを浮かべれば、サターナはしれっと言った。
「ワタシは捕まえるつもりで戦うわ。でも二人にはそんなリスクを背負わせられない。慧太だって、誰の命を優先させるかと言えば、賛同してくれるわ」
「それほどまでに、彼女は強い、と」
「伊達に七大貴族の当主ではないということよ。……ちなみに、ワタシやアスモディア、ベルフェたち七人のうちで単純な打撃勝負だったら、ベルフェ、二番目に強いわよ」
それに――サターナはふっと目を細めた。
「あんな見た目だから、戦いにくいんじゃないかしら」
タイラントが降下する。兵員輸送室も窓から見える景色が、一気に地面に近くなる。扉脇のガーズィが声を張り上げた。
『テラスに直接降下します!』
「いいわよ、やって」
サターナが応えた。
兵員輸送室の降下扉――タイラントの頭のある方向、その壁のような扉が開いた。突撃兵たちが飛び出し、サターナを先頭に、リアナ、キアハも続く。
テラスにいたのは、ベルフェのみだった。
その彼女は乗り込んできた敵兵の姿を、無感動に見つめ――漆黒の甲冑をまとう黒髪の戦乙女に気づいて目を細めた。
『実に、信じがたいことだが……あなたはサターナ様か?』
「他に誰に見えるかしら?」
ふてぶてしいまでに余裕をたぎらせ、サターナは悠然と歩を進めた。
ベルフェは無感動だった。
「以前、会ったときはそのような髪色ではなかった。……が、確かにあなたはサターナ様のようだ。……うん、アスモディアに続いてサターナ様まで、こうして敵側にいるとは」
西方語に切り替えて、幼女伯爵は言った。
「グスダブ城でも、もしかして、と思ったが、あれは気のせいではなかったらしい。ウェントゥス軍の中にあなたの気配を感じたが、なるほど、あなたとボクが戦っていたわけか。勝てないはずだ」
「今日はひどくお喋りね、ベルフェ」
サターナは立ち止まると腰に手を当てた。
「それとも一年以上会っていないせいかしらね。あなたがお喋りになっていたなんて」
「今日は特別なのですよ、サターナ」
ベルフェは口調を改めた。
「少なくとも、人生最期の日、最期の時間ともなれば、面倒だからと口をつぐむ必要もないと思うのですが?」
「……なるほどね」
サターナは、この見た目幼いながら魔人軍の将であるベルフェの今の覚悟のほどを感じ取った。
「でもね、ベルフェ。ワタシは少なくとも、今日をあなたにとって人生最期の日にする以外の選択肢をあげることができるのよ」
「……ボクに降伏を勧める、ということなのですか」
ベルフェは薄く笑みを浮かべた。
「確かに、ウェントゥス軍にあなたがいるのなら、少なくとも話が通じるわけで、降伏という選択肢も可能、というわけですね」
それで――幼女伯爵の魔鏡の奥の瞳が光った。
「降伏した後、ボクはどうなるのか聞いてもよいでしょうか?」




