第四三一話、乱入者たち
騎士として一騎打ちは華だが、こうもうれしくない一騎打ちというのも珍しい、とネメジアルマを操りながらティシアは思った。
さきほどから一機のルガンと戦っている。アウロラと組んでいた時は、三機が相手だったが、彼女のグラスラファルが戦闘不能になってからは、一対一の戦いとなっている。残る二機が、ネメジアルマの背後を突くなりすれば、とっくの昔にやられていた。
だが現実には敵は一機を残して、セラ、アスモディア組のほうへと行ってしまった。ティシアは知らなかったが、こちらにいた二機があの時ネメジアルマにトドメを刺していたら、セラ、アスモディア組と戦っていたルガン隊はやられていただろう。
そんなきわどい状況だったとは露知らず、目の前のルガンと戦うティシアだが、敵は魔法障壁を発生させる手を突き出し、完全に防御を固めていた。
近接型として格闘戦と防御力に優れたネメジアルマだが、機動性は平均よりやや遅め。敵の防御を正面から崩せず、側面に回ろうにも、王都の建物が邪魔をして回り込むのは難しい。
『っ――!?』
ネメジアルマの剣が魔法障壁に弾かれたその瞬間、正面のルガンがカウンターに突きを放ってくる。シールドで防ぐ、がネメジアルマは数メートル後退。
じりじりと、セラたちから離されている。向こうは二人で、残る敵すべてを引き受けている。数の上では不利なのは明らか。早く目の前の敵を倒して援護に行かねばならないというのに――!
ティシアは焦る。だが身体が重い。朝から魔鎧機を駆って戦場にいた。昼から夕方までは休んでいたが、一日のうちでこれほど長時間、魔鎧機を操っているのは初めてだ。
――せめてアウロラが動けたら。
ちら、と建物に半没する形で沈み、微動だにしないグラスラファルを見やる。……中の操者が死んでいるという可能性もある。ティシアのネメジアルマは、操者が死ねば機体は消失するが、召喚型のグラスラファルは操者がいなくても数時間は具現化したままなのだ。
――死んではいないですよね、アウロラ!
一瞬気をとられたのが仇となったか、突然、足元に衝撃を感じ、ティシアは半ばパニックになった。
――なっ……?
正面のルガンではない。衝撃の位置から、攻撃方向を割り出し、視線をやれば、ゴレムに似た機械が砲を向けていた。
――こいつの仕業……しまっ――!
ルガンが、ネメジアルマのよそ見に気づき、右のパンチを繰り出す。とっさに大型盾を出したので直撃は防げたが、位置が悪かったか、大型盾が手からもぎ取られ、飛んでいってしまった。
『くっ――!?』
態勢を立て直そうとするが、ルガンは左手の拳を固める。狙いはネメジアルマの胴体。かわせな――
突然、猛烈な勢いで巨大な何かがルガンの左肩にぶち当たり、その巨体を吹き飛ばした。王都の建物を破壊しながら飛んだルガンに、張り付くようにくっついていたのは漆黒の機体。
『な、何?』
何故助かったのかわからないまま、その機体を見やる。
鎧機――アルトヴュー軍のティグレに似ていた。無骨なフォルム。目に当たる部分にあるゴーグル上のそれは、確かにティグレなのだが、肩や脚の装甲などが鋭角的で、素早そう。何より、元の機体よりひと回り大きいような……。
改造型ティグレ。だがそれが何故、こんな王都に?
漆黒のティグレが跳躍して、ルガンから離れる。そのルガンの胴体に、杭のようなものが突き刺さっていた。次の瞬間、ルガンは爆発した。
『ティシア、無事か?』
漆黒の機体、その拡声器から聞こえたのは。
『ハヅチ将軍!?』
慧太だった。ティシアの脳裏に、アルトヴュー王国首都――トラハダスの大怪獣と戦った際に、彼のティグレによって助けられた光景がよぎった。
『無事なら、ちょっと手伝ってくれるか? セラたちを援護する』
『りょ、了解です……!』
それよりその機体は――と、聞く余裕もなかった。鎧機のそれとは思えない軽快な動きで、慧太の駆る機体は駆けていく。ティシアは追いかけるが、ネメジアルマの走行速度では引き離されていくのを感じる。
まったく、あの機体はいったい――?
・ ・ ・
慧太はティグレを元に構成したシェイプシフター体を走らせていた。
鎧機に見えるが、要はいつものアレである。
銀竜ことズィルバードラッケを相手に格闘戦を演じた巨人スタイルを、機械兵器らしく構成しているだけである。 さしずめ、シェイプシフター式『ティグレ改』と言ったところか。改なのかカスタムかは置いておいて。
通常のティグレが左腕に小型盾を装着しているが、シ式ティグレ改は両腕にそれぞれ装備。その裏側にはマルチプルランチャー――と言えば兵器っぽいが、要はシェイプシフターの変身による多用途変化武器が仕込まれている。そして多用途変化武器は背中に同じく二基、腰部にも二基ついている。
漆黒のティグレは闇に溶け込む。王都でも火の手など光源になりそうな場所を避けて、進む。すると全身黒いティグレ改は、迷彩効果のごとく敵からの視認性が大幅に下がる。
するとどうなるか。……こうなるのだ。
セラのスアールカを追って肩の光弾砲を撃つルガン、その背後に迫る。後方から迫るティグレに気づいて振り返るが遅い。獣の如く飛び込んだティグレ改が、殴りつけるように右手の拳を突き出せば、小型盾裏のマルチプルランチャーから、鉄杭が飛び出し、胴体――横腹に叩き込む。
パイルバンカー。高速で打ち出された鉄杭はルガンのボディを一撃で穿った。
これで敵の残りは四機。四体四……と思いきや、セラのスアールカが光槍砲を連射。狙われたルガンが魔法障壁で弾き――弾ききれずに右腕が吹っ飛んだ。
障壁を貫通……いや、エネルギー切れか。稼働時間が短いルガン。魔法障壁や光弾砲の酷使で時間切れを起こし始めている。
スアールカはその隙を見逃さなかった。一気に地上へと飛び込むと、敵の僚機の援護をかいくぐり、動きの鈍いルガンに肉薄、銀魔剣アルガ・ソラスでその胴体を貫いた。
残り三機。
『お背中が、留守でしてよっ!』
アレーニェが、セラ機を狙っていたルガンにシャル・クロールを突き刺した。
一機減っただけで、そこから連鎖的に崩れる。五機で何とかスアールカとアレーニェを抑えていたが、それがあっという間に残り機体が二機になる。
『……というか、何か見知らぬ機体が混じっているんだけど?』
アスモディアが言えば、セラも『鎧機……?』と怪訝な声を出した。
『ちょっとヘルプに来たぞ』
『ケイタ!?』
セラの驚く声。半ば予想範囲内だから口もとに小さく笑みを浮かべるだけで慧太は、残るルガンへと視線を飛ばす。
一機がセラ、もう一機はアスモディアのアレーニェに向いている。三対二、いやティシアのネメジアルマが追いついてきたので四対二だ。……これで一気に形成逆転――
ふいに、ハイムヴァー宮殿方向から光が溢れた。
爆発でもない。不思議な光の放射はわずか数秒だった。
『……今のは?』
慧太は呟く。ハイムヴァー宮殿――サターナやユウラがもうじき乗り込むだろうが、対空用の新兵器とかではないだろうな……?
胸騒ぎがしたのはわずかの間。まだ敵が残っているので早めに排除して、宮殿に駆けつけるしかない。
慧太が、宮殿方向から敵機へ視線を向けようとした時、視界の中で異様な光景を捉えた。
煌々たる明かりが焚かれた宮殿は、いま王都で一番目立つ建物となっていたが、その光を遮るように何かが飛んでいるのが見えたのだ。
破片? いや建物の残骸か。何かが地上を高速で突き進み、進路上の民家や建物を弾き飛ばしながら向かってきているのだ。
砲弾とか、そういうものではなく、例えるなら巨大な魔獣が突進しているような感じだ。
セラ、アスモディアも気づいた。
『なにっ……?』
『何か来るわよ!』
スアールカが燐光を引いて闇夜に飛び上がる。すると突き進んでいたそれが止まった。
飛び散った建物の破片がバラバラと落ちる中、姿を現したのは、ルガンをひと回り大きくしたような人型機械。
灰色のその機体は、魔鎧機。魔人軍の上級魔鎧機『ウルスドロウ』だった。




