第四三〇話、戦場は動く
魔鎧機とルガンの戦闘の下では、ウェントゥス兵たちが駆け回っていた。
敵の戦闘機械が動き回るので、正直追うのも難しい。だが、せめて注意を引ければと、民家の屋上にバリスタを設置する者もいた
だが、それを阻止する者たちがいた。
魔人軍二脚兵器プーレである。アルトヴュー王国のゴレムを鹵獲、ベルフェの手で改設計されたそれは、胴体下にフレイムガン、機体側面に魔石銃を一丁備えている。
対歩兵掃討兵器と位置づけたベルフェの考えどおり、プーレは軽快な機動性をもって王都を駆け回ると、地上のウェントゥス兵を掃射していった。
もっとも、プーレ部隊も無傷だったわけではない。バリスタの反撃を受ける機体、ウェントゥス兵の自爆に巻き込まれる機体など、相応の損害が出ていた。
一機のプーレが、二脚を踏ん張り、民家の屋上へと跳躍する。そこにいたのは、ウェントゥス兵が三人。その背後をとったプーレは、まずフレイムガンで敵兵を吹き飛ばすと、ひとり難を逃れたウェントゥス兵を魔石銃で射殺した。
そこへ敵の魔鎧機が、プーレとウェントゥス兵らに気づかず通過する。ルガンとの戦闘で忙しいのだ。むき出しのコクピットから、その様子を見やった魔人操者はプーレを隣の民家の屋上へとジャンプさせた。
敵魔鎧機の足を狙えれば――正直なところ、プーレの搭載火器では魔鎧機の装甲を撃ち抜くのは難しい。だが足回りの関節などを狙えれば、その動きに制限を与えることは可能だと思われた。
白い魔鎧機――ネメジアルマが、ルガンの一機と剣を交えている。
その側面を突く位置取り。頭を狙うか、あるいは脚の膝関節辺りを――
魔人操者が刹那の間、悩んだ時、ヒュン、と風を切る音と共に頭を殴られたような衝撃を受けて、プーレの操縦席から落下していた。
息絶える魔人操者。駆け寄ったのは、シ式クロスボウをもったウェントゥス兵。その兵の肩を軍曹――ガストンが叩いた。
『ナイスショットだ、ラエル』
さすが狙撃手。これまで幾度となく敵兵を射抜いてきたウェントゥス兵である。
『周囲を警戒しろ』
ガストンはプーレに駆け寄ると、その折り曲げている脚につま先をかけてよじ登った。操縦席をざっと見やり、操縦桿とペダルを確認――
『軍曹……軍曹! 動かせるんですか?』
『こんなの、ゴレムとそう変わらんだろう』
二脚型移動砲台なら、アルトヴュー王国で慧太が操縦したことがある。つまり、ウェントゥス軍のシェイプシフターは皆扱えるということだ。
――見た目が似ているからと思ったが、本当にこいつはゴレムのコピーかもしれん。
ガストンは思ったが、それでもパネルや細かなキー配置は、ゴレムと異なる部分もある。
折り曲げていた脚を伸ばし、プーレが立ち上がる。……ほらな。
とりあえず、魔鎧機の下で、うろちょろ動き回っているゴレムもどきを排除しなくてはいけない。
ガストンは前進用のフットペダルを踏み込む。操縦桿を倒して向きを変え、プーレは力強く走り出した。
・ ・ ・
ハイムヴァー宮殿強襲部隊は、レーヴァのドラグーン隊の護衛のもと、王都を超低空でかすめ飛んでいた。
予備兵力として待機していた突撃兵第三大隊の一個中隊を抱えたタイラント編隊。強襲降下兵たちは、王都北居住区を目指す敵部隊に対応するために出払っていた。
そのタイラントの抱える兵員輸送室から、慧太たちは、進行方向右手に見える魔鎧機とルガンの戦闘を見やる。
「……どうにも苦戦しているようだな」
「ネメジアルマが一機……スアールカとアレーニェで五機を相手しているような」
サターナが慧太の隣で眉をひそめる。
「グラスラファルが見えないけど……」
「やられた、か」
その戦いぶりを見つめる。緑色の光弾が瞬き、それを回避する白銀と黒い魔鎧機。一方の敵機は時に青い光の壁のようなものをまとい、攻撃を弾いている。どうにも攻め手に欠けているように見受けられる。
「もう一機あれば――」
ユウラが口を挟んだ。
「ネメジアルマを牽制しているルガンを潰せれば、セラさんやアスモディアも楽になるのですが」
三対六、と数の上では倍の差だが、実質ティシアが敵一機に拘束されているだめに、二対五という状況である。
「逆に、ティシア機がやられるようなことがあれば、二対六ですか」
「セラかアスモディアが、ティシア機を援護できれば」
サターナは言ったが、ユウラは首を横に振った。
「その余裕は今の彼女たちにはないようですね。……何だろう、スアールカにしてもアレーニェにしても、動きに精彩を欠いているような」
魔鎧機の足元でプーレやウェントゥス兵が動き回っているのは、タイラントに乗っている者たちからは見えなかった。
慧太は輸送室の右面の扉へと歩く。
「ちょっと、行って手伝ってくる」
「はい?」
サターナ――そして輸送室にいるリアナやキアハ、兵たちもキョトンとする。慧太が扉を開けると、猛烈な風が吹き込んだ。
「皆はこのまま宮殿に先行しろ! ……ガーズィ、オレが出たら扉は閉めとけ」
『わかりました。お気をつけて!』
周囲の声を聞く間もなく、慧太は飛行するタイラントから飛び降りた。超低空を飛んでいるので、すぐに慧太は王都の民家、その屋根の上に荒々しく着地した。……生身だったら衝撃に耐えられずに骨を折っていたかもしれない。
さて――慧太は民家の屋上を走る。魔鎧機と戦闘機械の戦いに、人間サイズのものが飛び込んでもどうにかなるものではないが……生憎とこちとら変幻自在のシェイプシフターである。
「いっちょ、やってやるかアルフォンソ!」
慧太の影に付き従うは、ウェントゥス軍結成より前より慧太と行動を共にしてきた最古参のシェイプシフター。
そしてその姿は、慧太を包み込むと、漆黒の巨人となって王都を駆けた。
・ ・ ・
ハイムヴァー宮殿テラスより、ベルフェはルガン部隊とウェントゥス軍魔鎧機の戦闘を眺めていた。
ルガン部隊は二機を失うも、敵魔鎧機一機を撃破した。だがそれ以外は膠着している状態だ。技量は充分、連係も悪くないのだが、ウェントゥス軍魔鎧機を圧倒するには至っていない。……何事も上手くいかないということか。
しかし、膠着しているということは、少しの変化で大きく変わるということ。ウェントゥス軍は八機のルガンに対して四機しか出さなかった。数で不利にも関わらず、それだけしか出さなかったのは、四機が出せる機体のすべてだった可能性が高い。
『では、もう一押しして、戦場を引っ掻き回そうか』
ベルフェは、すっと右手を上げた。
『怒れる鋼の魔牛、大地を穿ち、我がもとに顕現せよ! ウルスドロウ!』
その手につける金の腕輪が光り輝く。その光はわずか数妙の間だったが、王都外壁からでも、そのまばゆいばかりの光源を観測できた。
黄金の光が消えた時、ハイムヴァー宮殿の前に全高五メートルの魔鎧機が具現化した。
牛の角を持つ、灰色の機体だ。ルガンと同じく肩が大きく腕も太いが、下半身もがっちりしており、全体のバランスはより人型に近い。印象としては、力の強そうなシルエットを持っている。
魔鎧機ウルスドロウ。
七大貴族のゴール家当主が代々受け継いできた機体だ。本来は、中に操者が乗り込むものだが、ベルフェはウルスドロウの背中を見やりながら、口を開いた。
『命令は簡単だ、ウルスドロウ。この王都に存在する魔鎧機と、お前を攻撃する者を叩き潰せ――行け!』
ウルスドロウの双眸が淡く輝くと、のしのしと前進を始めた。出陣する魔鎧機を見やり、ベルフェはさらに続けた。
『ルガン第三小隊、待たせたな。ウルスドロウと共に、ウェントゥス軍を攻撃せよ』
『アーソ9、了解。……第三小隊、続け!』
ハイムヴァー宮殿に残る四機――これが本当に最後のルガンが、ウルスドロウの後に続き、王都へと進んでいく。
『あー、それと、間違ってもウルスドロウに流れ弾とか当てるなよ……って聞こえないか』
ベルフェは魔鏡の奥で目を閉じた。
自動制御中のウルスドロウは、命令に忠実である。『ウルスドロウを攻撃する者を叩き潰せ』と命じた手前、もしルガンの攻撃がウルスドロウに当たるようなことがあれば、以後敵として、ルガンは攻撃対象になってしまうのだ。




