第四二八話、魔鎧機隊、出撃
ウェントゥス軍野戦本部近くに、セラは、アスモディア、ティシア、アウロラと共にいた。
魔鎧機部隊は後方待機――はじめそれを聞かされた時、セラは、また慧太がこちらの身を心配して後ろに置こうとしているのではないかと思った。
だがそれを口には出さなかった。彼のこれまでの判断は、だいたいにおいて間違っていないし、それなりの理由があるのだろう。……実際、アスモディアはともかく、ティシアやアウロラの表情を見れば、疲れているのは一目瞭然だった。
――こういう時、本人に戦意があっても無理はさせちゃいけない。
だが、そのアウロラは、慧太に意見をぶつけた。
「いいのかよ? あたしら前に出したほうが、宮殿まであっという間だぜ?」
それに対する彼の答えは、簡潔だった。
「何か問題があった時の火消し役だ」
それに魔鎧機搭載の武器は市街戦では威力があり過ぎる。
「ハイムヴァー宮殿は、リッケンシルト軍の手前、取り戻す際は極力破壊しないようにしないといけない。……もっとも」
そこで慧太は意地の悪い顔になった。
「君らが出るような非常時は、兵装制限をつけないつもりだから、まあ派手にやってくれて構わないよ。……リッケンシルト側にも言い訳が立つような状況でしか投入するつもりはないから」
そう彼が言った時、アウロラは「?」と小首をかしげていたが、ティシアとアスモディアはとても納得したような表情を浮かべていた。
はじめから暴れては単なる迷惑だが、そうするしかなかったと先方が思えば、同じ破壊でも心証は変わる。
「ただ、飛び道具を使う場合は、北部の一般居住区のある方向には撃たないようにして欲しい。……それとセラは、聖天禁止な」
もう一回、使ってしまっているのだけれど――セラは苦笑いを浮かべるのだった。
そして時間は流れ、制圧目標であるハイムヴァー宮殿で、魔人軍は魔鎧機に相当する新兵器を投入した。
「本当は前もって説明しておくものだが、見積もりが甘かった」
諜報担当のゼーエンが、魔鎧機を展開するセラたち、魔鎧機操者たちに声を張り上げた。
「敵の魔鎧機タイプは『ルガン』。肩に魔石銃の強化型である魔砲を一門ずつ、計二門搭載している。基本的な攻撃は、この魔砲で遠くから撃つ。それと腕を使った近接格闘戦だ」
光が弾け、セラの身体を白銀の魔鎧機が覆う。同じくティシアも白き機体ネメジアルマの騎士然としたフォルムに包まれる。
「ルガンの腕には魔法障壁発生器が仕込まれている。これで軽度の遠隔攻撃を防ぐ。殴ってくる時もこの障壁で自分の身を守りつつ、打撃の威力も上げてくるから、要注意だ」
アスモディア、アウロラは、ぞれぞれ自分の前に魔鎧機を召喚する。
アスモディアのアレーニェは背中部分が開き、操者を乗り込ませる。一方、アウロラのグラスラファルは前面が開いて、そこから乗り込む。……こちらは戦闘強化服を着込むのに似ている。もっともアウロラやアスモディアには、そんなことを知るよしもなかったが。
魔鎧機をまとった彼女たちの耳に、ゼーエンの声は機械を通したものに変わる。
『弱点は稼働時間の短さだ。ルガンで最大一時間という資料を見たが、肩の魔砲や障壁発生にもエネルギーを消費するから、実際はもっと短くなる。どうにも手強いようなら、エネルギー切れを狙うのも有りだ!』
『やれやれ、至れり尽くせりってか』
アウロラが苦笑しているのか、声に楽しげな響きがあった。
『ゼーエンさんよ。魔人軍の魔鎧機もどき、初めて出てきたんだろ? よくそんなことわかるよな』
『ウェントゥス軍の諜報能力を舐めるなってことさ』
ゼーエンが挑むように返した。
『あー、でもあんたら魔鎧機組も、昼間の戦闘で疲れてしんどいかもしれないから、ヤバイと思ったら下がってくれ。……我らがハヅチ将軍が、その時は何とかする』
『ハヅチ将軍ばかり働かせるのはどうかと思いますけど!』
ティシアがネメジアルマを歩かせながら言った。
『敵魔鎧機は私たちが排除します。アウロラ、アスモディア、やれますね?』
『当然!』
『セラ、貴女も無理はしないでね。貴女に何かあるとわたくしが怒られるから』
アスモディアが軽口にも似た響きで言った。セラは魔鎧機スアールカの中で、思わず頬を膨らませた。
『それって私がいつも無理しているみたいじゃない』
『え? してないの?』
アレーニェがヒートグレイヴを手に、王都中央への道へと向かう。二脚形態だと、その脚はとても太く、重厚感がある。
『なんかセラって、割と先頭切るの好きな印象あるんだけど。仮にもアルゲナムのお姫様なんだから、もう少し後ろにいてもいいと思うわ』
『忘れたの、アスモディア? 私はお姫様の前に、白銀の勇者の一族――』
セラのスアールカが背中の翼を展開する。
『私が先陣切らなくてどうするの?』
青い燐光を引きながら、スアールカが飛翔する。夜の闇を青い尾を引いて飛ぶのは白銀の妖精のようだ。
『あー、もう! 突撃娘に空飛ぶ魔鎧機もたせたら、こうなるわよねっ!』
アスモディアが唸れば、ティシアは機体を走らせながら言った。
『アスモディア、セラフィナ様の援護をお願いします。この中では、あなたのアレーニェが足が一番速い』
『わかってるわよ!』
アレーニェの太い二脚が分割され、六本の脚となる。下半身がサソリの脚型となった異形の魔鎧機は、ネメジアルマ、グラスラファルを追い越し、駆けて行った。
『アウロラ、前衛は私が務めるので、援護を!』
『了解。任せな、ティシア嬢!』
ゼーエンが、敵の機械には魔砲という飛び道具があると言っていたのをアウロラは思い出す。
ティシアのネメジアルマは近接戦主体の機体の一方、盾や魔法障壁を有して防御性能は高い。対するグラスラファルは攻撃と機動性はいいが、防御については魔鎧機の中で取り立てて優位な点がない。
お互いの機体特性を考えれば、連係したほうが有利であることは自明の理だ。アルトヴュー軍魔鎧機中隊に所属していた二人の魔鎧騎士は、その点をしっかりと心得ていた。
・ ・ ・
ウェントゥス軍に所属する魔鎧機が前線へと向かうのを、慧太、ユウラ、サターナは見送った。
「こういう時――」
サターナは、ちらと視線を寄越した。
「ワタシも魔鎧機があれば、って思うわ」
「……僕に、あなた専用機を作れ、と?」
ユウラは、牽制するように言う。サターナはくすりと笑った。
「だって、ワタシ、当主じゃないから家から魔鎧機受け継いでないし」
手を後ろにまわし、前屈みになる黒髪の美少女は、甘えるような声で言った。
「欲しいな、ワタシの専用機」
「……珍しいこともあるものだ」
ユウラは苦笑しながら、視線を正面――ハイムヴァー宮殿のほうへ向けた。
「あなたが僕に頼みごとをするなんて。……雨でも降るんじゃないですかね」
「いまは冬だぞ、ユウラ」
慧太が、思わず皮肉を入れれば、青髪の魔術師は笑った。
「だからですよ。冬に雪ではなく雨が降るほどの珍事だと」
「……お前たち、実は仲が悪かったりするの?」
思わずサターナとユウラを見比べる慧太。ユウラは言葉を濁し、サターナは肩をすくめた。……その微妙な反応はお察しか。
ユウラはサターナを見た。
「仮に魔鎧機を作るとしても、いますぐどうこうできるものではありませんよ? 作らなければならないコアとなる部分も――」
「その魔鎧機のコアにひとつ心当たりがある、と言ったら?」
「コアを?」
ユウラは少し驚いたような顔になる。だがそれも一瞬だった。
「それなら、近いうちにどうにかなるかもしれませんね」
でも今は無理ですよ――彼は念押しするように言った。サターナは頷いた。
コアとか、慧太には聞いててもよくわからない。魔鎧機の動力とか、心臓部的なパーツか何かだろうかみたいな印象だ。今すぐどうこうという話ではないので、深く追求はしない。それよりもいまは目の前の戦闘に集中しなくては――
「そこで提案なんですが、慧太くん」
ユウラが、何とも軽い調子で言った。
「ここで、ただ結果を待っているのもなんですし、僕らで前線に出向きませんか?」




