第四二七話、特別攻撃隊
日が沈み、闇が空を染める頃、王都南西方向で起きた爆発の炎は、吹き上がる黒煙の形を浮かび上がらせていた。
王都エアリアを囲む巨大な外壁、その一角は完全に吹き飛び、開口部が開いた。工兵大隊が仕掛け、爆発させたそれにより本来、外部からの攻撃を防ぐための壁は、こと南西方向では機能を果たさなくなった。
だが、それでよい。
第四軍指揮官、ベルフェ・ド・ゴール伯爵は、ハイムヴァー宮殿のテラスから、突破口が開いたことに満足し、最後の命令を発した。
『では、王都西に待機している各部隊は、速やかに開口部を通って離脱せよ。……そして貧乏くじを引いた諸君らは、ウェントゥス軍、リッケンシルト軍へ突撃を開始せよ。戦って死ね!』
ハイムヴァー宮殿の防壁裏に待機していたのは巨人兵――ではなく鋼鉄の機械兵士。
二本の脚に二本の腕、しかしその肩は大きく張り出し、腕は長く太い。上半身がマッシブな一方、下半身がやや小さく見えるそれは、例えるなら巨大なゴリラのようなスタイルだった。もっとも頭に相当する部分は、どちらかといえば猛牛を連想させる。
ゴール式二脚型戦闘機械『ルガン』――黒いボディに、エメラルド色の目を光らせ、ベルフェが開発していたロボット兵器が、魔導発動機の唸りを上げて動き出した。それが八機。
さらに、ルガンより小型だが逆間接の二脚を持つ戦闘機械――アルトヴュー王国の『ゴレム』に似たシルエットを持つそれが十数台、起動を開始する。プーレと名づけられたそれは、鹵獲したアルドヴュー軍のゴレムをもとに、ベルフェが改良した機体だ。
ルガン、そしてプーレは、いまでは露と消えた幻の春の大攻勢において、第一機械大隊を構成するだろう新兵器となるはずだった。ルガンにいたっては、魔鎧機にも匹敵する戦闘力を持つと、設計者であり生みの親であるベルフェは自負している。
だが、この局面になって――つまりもうどうにもできなくなってから、ようやく投入したのには理由があった。戦闘力と引き換えに、ルガンの持つ『弱点』が。
『さて、ルガンは一時間、プーレは三時間……どこまでやってくれるか』
ベルフェは逆襲のために打って出る戦闘機械群を見やる。稼動時間の短さ――そして一度整備に回すと、再稼動まで時間がかかるという、長時間に及ぶ戦闘では致命的な欠点を解消できずにいた。
『まあ、もう戻ることなど考えなくてもいいわけだが――』
『ベルフェ様』
副官のアガッダが、少し下がった位置でいつものように控えていた。ベルフェはそれを一瞥し、ことさら平坦な調子で告げた。
『まだいたのか、アガッダ君。さっさと退避したまえ。もうボクの命令を待つことはないぞ』
『いえ、私は貴女の副官ですから、最後までお供します』
『……そうか』
ベルフェはわずかに困惑したが、振り返らなかった。
『言っても、ボクも戦場に出るから、君はついてこれないと思うがね。好きにするがいい』
・ ・ ・
王都南西の爆発から、ハイムヴァー宮殿防壁の魔人兵からの攻撃がやんでいた。盛んに弓や銃を撃っていた兵士が、まるで潮が引くように防壁上から消えたのだ。
これは好機か。
ウェントゥス軍大隊長は思った。攻撃がないうちに、城門に接近し爆破、中へと突入――
突然、宮殿を囲む防壁が吹き飛んだ。岩壁を砕き、弾き飛ばしながら、防壁の向こうから大きな何かが外へと飛び出したのだ。
黒い、機械――?
巨人兵にサイズが近いが、明らかに別物だ。それが宮殿内から出てきたということは、敵以外の何物でもない。
『下がれ!』
とっさに叫ぶ。
黒い機械兵器は、肩部の突起を、兵たちに向ける。まるで銃口の様だと思ったら、案の定、緑色の光弾がほとばしった。
魔法弾。魔石銃のそれより太く、まばゆい一撃が夜闇に映える。直撃を受けたウェントゥス兵が身体を分断され、貫通した光弾は石畳を砕いた。
『後退! 後退っ!』
戦闘機械ルガンの肩の砲が煌くたびに、兵が撃ち倒されていく。宮殿前広場に達したリッケンシルト、ウェントゥス兵は慌てて下がり、自分達が越えてきたバリケード陣地の裏へと飛び込んだ。
『くそっ、あんなのがいるなんて聞いてないぞ!?』
『歩兵だけで、どうにかなるのかあれは!』
ウェントゥス兵たちは、ある者はシ式クロスボウに爆弾矢を番え、またある者はバリケード裏から、敵機体を睨む。
『航空支援は――』
『来たっ!』
ワイバーンが真上をかすめ飛んだ。二頭――それが、敵戦闘機械に向かうが。
肩の光弾砲が立て続けに光の弾を吐き出した。その一弾が、先頭のワイバーンの右翼をもぎ取り、たちまち墜落させる。後続のワイバーンは爆弾を投下したが、黒い戦闘機械は、その場から走り、回避した。石畳を爆風が吹きぬける。
『まずい……!』
バリケードに、敵機械兵器の光弾が突き刺さる。隠れていた兵たちは、さらに撤退を強いられることになった。
・ ・ ・
ウェントゥス軍野戦本部に、前線からの伝令がきた。
ハイムヴァー宮殿に敵の魔鎧機が出現、前線部隊は後退中――
「魔鎧機?」
慧太は、視線をゼーエンへと向けた。つば広帽子を被る、リッケンシルト国諜報担当は「あー」と、してやられた顔になった。
「報告してなかった、すまん。ベルフェ卿は独自に戦闘機械群を開発を行っていて、魔鎧機を基にした機械鎧ともいうべき兵器を作っていたんだ。名前は確か、ルガン」
ユウラは呆れを含んだ目になる。
「初耳ですが」
「報告していなかったと言った」
ゼーエンは首を振った。
「実際、形にはなっていたんだが、運用上、まだ問題点が山積みで、実戦に投入する段階ではなかったんだ」
「運用上の問題?」
サターナが聞けば、ゼーエンははっきりした調子で答えた。
「稼働時間が短い。まだ先行試作型で、メンテナンスも難しい。王都での攻防戦では使ってこないとわかっていたから報告しなかった。一度出して決着がつかなかったら、おそらくそれ以後の戦闘では使えないからだ」
「だが、敵は使ってきた。いま、この場で」
慧太が地図を見やれば、ゼーエンも視線を落とした。
「想定が甘かった。これはオレの落ち度だ。すまない」
「……普通なら、おそらくお前の言うとおり使わなかっただろうな」
つまり――
「状況が変わったんだろう。一度出したら次は使えない兵器、しかも動ける時間に制限がある機体だ。……一時間では、王都にいるオレたちウェントゥス軍に打撃は与えられるだろうが、壊滅させることはできない。それでも使ってきたということは」
「ベルフェは何か企んでいるわね」
サターナは、さっと地図を撫でた。
「南西外壁で起きた爆発も気になるわ。というより、王都北部に兵を送ったことも含めて、何か妙よ」
「彼女はこちらの戦力を分散させようとしているのかもしれません」
ユウラは意見を出した。
「事実、北部一般居住区へ敵が動いたために、こちらは航空部隊の主力をそちらに差し向けています。宮殿上空にも飛竜を展開させていたはずですが、中央部隊が後退しているところから見て劣勢なのでしょう。その上で外壁での爆発――」
「さらにこちらの兵力を分断させる、か」
慧太の表情は固かった。
「魔鎧機には魔鎧機で対抗する」
できればこのまま使わずに済ませたかったが。昼間の戦い、魔鎧機乗りたちの疲労の大きさを考えれば――
何事も、上手く行かないということだ。




