第四二四話、縦深防御
ウェントゥス軍の行動はとにかく機敏だ。
作戦を考え、その手順や必要な装備、物資、兵などを決定すると、そのための準備が行われる。不足する装備や必要とされる物資が揃う時間を考慮して作戦開始の日時が考えられるが、ことウェントゥス軍はその準備期間が恐ろしく短い。
彼らの装備は自らのシェイプシフター構成体からなる。必要な装備物資は、よほどの大物でない限り、その場で用意できる。これだけで時間短縮。
さらに兵たちへの作戦の説明や手順の確認も、口頭だけでなく、シェイプシフター同士の接触による情報のやりとりで、これまた大幅な時間節約となる。ブリーフィングに十分かかるところが、三十秒足らずで全員に、同じ情報が共有される。
かくて、王都に展開する突撃兵第一連隊は、即時戦闘可能状態へ展開、配置についた。
航空第二連隊は王都の空を固め、騎兵第三連隊は、王都の外で第一軍残党の掃討や逆襲に備えている。
太陽は西に傾き、もう一刻もすれば日が沈むだろう。夜まで、あまり時間がない。
――日が沈むまでに、ハイムヴァー宮殿の門まで突破する……!
電撃戦的な速度で、敵の防御陣地を突破、一気に本丸ともいえる宮殿へと攻め込む。敵に守りの態勢を固める余裕すら与えず、同時多発的に前線を各所で突破する――正確な電撃戦とは違うから、あくまで「的な」ものである。
魔人軍は王都中央へ向かうすべての道路に、木材を積み上げたバリケード陣地を設け、大砲と歩兵を配置して外周――つまり、ウェントゥス・リッケンシルト連合軍を待ち受けている。
ウェントゥス軍は、北東側から南側の方向にある六本の道にそれぞれ中隊戦力を派遣。リッケンシルト軍との進軍に備え、配置に着いた。
そして――
『擲弾砲、用意……』
大型クロスボウに爆弾矢を装填した、ウェントゥス軍呼称『擲弾砲』が、正面の敵、やや上方めがけて構えられる。通常の大砲などに比べて、軽量かつ運びやすいそれは、現代兵器でいえば迫撃砲に近いかもしれない。
陣地の向こうに整列している魔人兵。そして、侵攻してきたら即座に発砲できるように向けられている6ポルタ砲。
『撃て』
静かに、しかし強い意志の込められた命令を受け、擲弾砲を構えていたウェントゥス兵は引き金を引いた。軽い音と共に、爆弾矢は空へと撃ち出され、放物線を描きながら落下。魔人軍の防御陣地に飛び込み、爆発した。
なぎ倒される敵兵。砲兵が倒れるさまを見やり。
『突撃ーっ!』
ウェントゥス軍突撃兵たちが、隊列を組まず一斉に飛び出した。リッケンシルト兵も、それに倣って白い甲冑をまとう突撃兵たちに後を走る。
先制の一撃を受けた魔人兵たちは、迫りくるウェントゥス・リッケンシルト連合軍の兵に対して、逃げ出した。
陣地を守るかと思いきや、ドタドタと王都中央へ後退する。
――案外、脆い……!
敵の士気が落ちている? 先頭を行くウェントゥス兵は、シ式クロスボウで追い討ちの爆弾矢を放ちながら、先ほどまで魔人軍が陣取っていた陣地へと突撃する。
放り出された6ポルタ砲と、その砲弾。数名の魔人兵の死体。陣地内を素早く見回し、潜伏している敵兵の姿はなし。逃走した敵兵を追って、次の陣地へ。ウェントゥス兵に続き、リッケンシルト兵らがなだれ込み、勢いに乗ってさらに先を目指す。……このロープみたいなの、何だ?
とある兵が陣地内に一本、ロープのようなものが走っているのに気づく。そのロープ、いやケーブルのように見えるそれは、バリケードの裏に伸びていて――
『……!』
爆発した。
バリケードが粉微塵に吹き飛び、ウェントゥス兵、リッケンシルト兵がその爆発に巻き込まれて宙を舞った。
城壁破壊用の大火力爆弾。第四軍戦闘工兵の特殊装備だ。それがバリケード陣地裏に仕掛けられ、ウェントゥス軍らが陣地へなだれ込んだ時に、潜んでいた工兵によって爆破されたのだ。
・ ・ ・
後退した魔人兵たちは、バリケード陣地ごと爆発に巻き込まれた人間の兵隊を見て、歓声を上げた。
昼前に第一軍がやられ、これまで煮え湯を飲まされ続けていた敵に対しての一撃である。
次のバリケード陣地へと後退した魔人兵たちは、ついで6ポルタ砲を操作し、敵の追手に備える。
彼ら前線の兵に与えられた作戦はシンプルだった。
敵が攻めてきたら後退し、陣地に乗り込まれたら工兵の仕掛けた爆弾で吹き飛ばす。適当に砲や射撃武器で撃ちながら、王都中央のハイムヴァー宮殿まで同じ手順を繰り返す。
これまでウェントゥス軍が、魔人軍部隊の進軍ルート上に爆発物を仕掛けた待ち伏せを行ってきたが、それをお返ししている形だ。敵は攻めてくるしかないから、おのずと爆弾が仕掛けられた場所へやって来ざるを得ない。そうやって敵兵に打撃を与えつつ、その兵力と勢いを削っていくのだ。
バリケード陣地から、敵部隊の様子を眺めるセプラン人の兵長は思った。
――これなら、反撃することも可能ではないか?
敵兵を損耗させれば、数で勝っている魔人軍が逆襲に出て、敵を撃滅することもできるのでは。
だが、それは淡い期待だった。
空からウェントゥス軍のワイバーンが二頭飛来したのだ。力強い羽ばたきと共に、道に沿って飛んできたそれは、足で掴んでいた爆弾を投下した。
『伏せろ!』
バリケード陣地、そして6ポルタ砲が直撃を受けて爆発する。バラバラに飛び散る木材の陣地、四肢がもがれて悲鳴をあげる兵。
――くそ……。
セプラン人兵長は地面にうつ伏せに倒れていた。身体が痛む。なんだか酔っ払っているみたいに、身体が重い。
『後退――後退ーっ』
思いのほか歪んだ声が聞こえる。生き残った兵たちが我先に走り去っていく。――下がらなきゃ……。
立とうとして、右肩から地面に突っ伏した。何で立てないんだ? まだ頭が混乱している。兵長は身体を転がすように横たえ、うつ伏せから仰向けに。そして上半身を起こして気づいた。
右手がなくなっていた。
爆発で飛んできた破片に手首を切り落とされてしまったのかもしれない。たぶんそうだ。……足は、二本とも付いているな。
すっと影がよぎる。
バリケードだったものを飛び越える人型の姿。二本の角を生やした鬼のような面貌の兜をまとう白い兵士――ウェントゥス兵。その無感動な目が、兵長を見やり、次の瞬間、手にしたクロスボウを撃った。
・ ・ ・
『陣地制圧!』
『急げ! 爆発物の有無を確認しろ!』
ウェントゥス兵らは三名ほどがバリケードの残骸を越え、残りの兵は片膝立ちで警戒しながら、安全の確認を待つ。
前線突破早々、仕掛けられていた爆発物で乗り込んだ兵たちがやられた。同じ罠を敵が仕掛けている可能性は高い。
三人の兵は素早く、バリケード陣地だったものを見渡す。壊れた6ポルタ砲、砲弾を入れる大箱――伸びるロープじみたケーブル。その先に繋がっている黒い箱状のもの。
『爆弾――!?』
発見した兵が声をあげたその時、別の兵がダガーでケーブルを切っていた。
『……まず安全確保が先だろう?』
その兵は爆弾とは正反対のケーブルの先を追っていく。近くの民家、その開けられたドアへと伸びている。
チッ、と兜の下で舌打ちしたウェントゥス兵は、手榴弾を持つと、建物の入り口めがけて放り投げた。
カン、カンと壁に反射し、中に飛び込んだ爆弾。中でガタンと音が聞こえた瞬間、爆発した。
『陣地確保』
待機していた兵たちが、バリケード陣地を突破する中、爆弾を投げた兵ともう一人は、民家の中に踏み込んだ。
ケーブルの先には爆死した魔人兵の姿があった。




