第四二三話、方針決定
ハイムヴァー宮殿会議室。ベルフェと幕僚たちは机の上の地図を挟んでいる。
『北側が駄目だとなると、必然的に、脱出ルートは西側となりますが……』
東西南北の四つの門のうち、残るは第四軍支配下の西側のみとなる。だが――
『おそらく、罠が待ち構えている』
ベルフェはあっさりと切り捨てた。狼顔の情報参謀が異議を唱えた。
『しかし、最新の偵察報告では、西門はいま無人であります。ウェントゥス軍の存在は影も形もありません』
『うん、無人ということは、それまでいた守備隊の連中もすでに全滅した後だということだ。敵が何の細工もせずに西門を手放すとは思えない』
『それでは八方塞ではありませんか……!』
『そう、まさしく。我々は包囲され、孤立していると見るのが正しい』
魔鏡の奥の緑色の瞳は、いっさい揺るがなかった。
『だが、諸君。何も脱出路は四つの門だけとは限らない。なければ道を作ればいいのだ。我が第四軍には、城壁破壊を得意とする戦闘工兵部隊がある。王都の外壁の一部を吹き飛ばし、そこから外に出ればよい』
なるほど――幕僚たちは感嘆の声を上げた。ベルフェは一同を見回し続ける。
『さて、続く問題は、王都の敵をいかに牽制し、足止めするかだ。言うまでもなく、一番厄介なのは、敵の飛竜ら航空部隊だ。こいつらに追尾されれば、例え王都の外に出ても相応の被害は覚悟しなくてはならないだろう』
『魔法兵部隊があれば、ある程度抵抗できたのですが――』
幕僚の一人がこぼした。
『外壁上に配置していた魔法兵は、ことごとく討ち取られてしまったからな』
『ないよりマシですが、魔石銃を配備するくらいしか手がないのでは……』
『竜の鱗を抜けるか?』
『う、ん……。鱗はともかく、翼の皮膜とかなら貫通できないだろうか』
『案外、いけるかもしれないなそれは』
ベルフェは幕僚たちの発言に賛意を示した。
『やるだけやってみよう。牽制でも何でも、敵の足止めになるかもしれないのなら、やる価値はある』
その様子を、副官のアガッダはやや下がったところでメモをとる。後でベルフェがアガッダに伝令や用を告げるときに、円滑にことを進めやすくするためだ。
ベルフェは言った。
『ここで、非常に言い難いことをあえて言おうと思う。正直言って、脱出を決めたとはいえ、相当数の兵が逃げ切れずやられる。……それだけウェントゥス軍というのは非常に厄介な敵だ』
幕僚たちは沈黙する。
『だから、ボクはその犠牲になるだろう数を殿軍に当てる。……悪く言えば捨て駒として使う。それらの犠牲と引き換えに、残りは脱出させる。ボクはそのつもりで命令を発する』
ベルフェは、いつもの淡々とした調子で告げた。
幕僚たちの顔は次第に青ざめるが、紙束に羽根筆を走らせていたアガッダは、その手を休めることなく書き続けた。
・ ・ ・
王都東門前、ウェントゥス軍臨時本部。そろそろ日が傾き始めている。
慧太は、リッケンシルト軍のコルド将軍、ルモニー王がいる中、王都制圧の作戦と手順を確認していた。
リッケンシルト軍は、ハイムヴァー宮殿への道を進んでいたが、現在は魔人軍の防御陣地を前で進軍を停止、にらみ合いの状態となっていた。強攻すれば、敵の砲によって一定の損害が出るのを回避できないため、慎重になっているのだ。
だがこの問題に対して、魔人軍のベルフェが危惧したとおり、慧太は対応策をすでに用意していた。
「第一案、上空から飛竜が爆撃する。目標は当然、敵の6ポルタ砲。第二案、長射程クロスボウないし、ロングボウによる爆弾矢による敵陣への先制」
第三案、は口には出さなかったが、ネズミ型分身体による敵陣への肉薄、その足元での爆破で砲を無力化する。
「敵の砲を破壊し、同時に起こるだろう敵兵の怯みの隙に距離を詰めて、一気に陣地を制圧、防衛線を突破する」
慧太は事務的に告げた。さも当たり前のように告げれば、それを聞いていたリッケンシルトの人間たちは、その案がウェントゥス軍ではごく普通に行われるものと受け取った。……そう、何も難しくないことだ。だから何も心配はいらない。
「何と言うか、つくづくウェントゥス軍が味方でよかったと思いますなぁ」
コルド将軍は、しみじみとした口調で言った。
「我がリッケンシルト軍だけでは、おそらくより難儀していたところでしょうから。これなら犠牲はより少なく済みそうです」
年の差三倍くらいありそうなリッケンシルトの将軍は、慧太を見やる。
「王都奪回の折は、ぜひ、ウェントゥス軍の戦技や武器をご教示願いたい。……ああ、もちろんタダでとは言いませんぞ」
実際に戦うところを見て、ウェントゥス軍の使う武器に深く関心を抱いた様子だった。まあ、無理もないところではある。軍というのは、自軍より強力な武器を見せられればそれを取り入れないと気が済まないところがある。もちろん、飛び道具は邪道だ、などという主義があれば別ではあるが。
「まあ、そのあたりは、終わってからにしましょう」
まだ王都での戦いは決着がついていない。相手はベルフェ・ド・ゴール。七大貴族の出身にして、精鋭七軍のひとつ、第四軍の指揮官である。数の上ではまだ負けているし、決して油断していい相手ではない。
「いまは王都奪回が最優先……。そして反対意見がなければ、今日中に決着をつけたい」
慧太が言えば、ルモニー王は小さく眉をひそめた。
「もちろん、早いに越したことはありませんが、いささか性急ではありませんか、ハヅチ将軍」
「と、おっしゃいますと……?」
「今日は、ウェントゥス軍は第一軍を撃破した……兵たちも疲れているのでは?」
「お気遣い感謝します、陛下」
慧太は頷いた。
「魔鎧機や兵たちにも疲れが見える者もおりましょうが、王都攻略の主役は歩兵であり、その中軸たる突撃兵たちは士気軒昂。早く突撃したくてうずうずしております」
「そうですか。それは何とまあ……」
苦笑するルモニー王である。なんと言葉にしていいか迷ったのだろう。コルド将軍は首をかしげた。
「何か急ぐに足る気がかりがおありなのかな、ハヅチ将軍?」
「魔人軍のベルフェ・ド・ゴールという指揮官について、どうにも時間を与えると厄介な気がしてならないのです」
慧太は睨むように、地図の上のハイムヴァー宮殿――そこにいるだろう敵将を睨んだ。
「堅実な用兵家だと聞いていたのですが、グスダブ城でも大規模夜襲を試みるなど、意外と積極的な面も持ち合わせている。守りを固めていると見せかけて、逆襲してくる可能性も捨て難い」
「夜襲……」
コルド将軍も地図を見下ろした。
「これだけ建物が多い王都内で、夜間戦闘などどう考えても面倒なのですが……戦いというのは、そういう相手の嫌がることや、思い込みにつけ込むのが基本。それに――」
慧太は、サターナへと視線を向ける。
「敵にわざわざ先手を渡すというのは面白くない」
慧太の言葉に、サターナはにっこりと笑みを浮かべる。慧太は、ルモニー王を見つめる。
「よろしいですか、陛下?」
「……コルド将軍」
王は、配下の将軍に意見を求めた。五十代半ばの将軍は頷いた。
「ウェントゥス軍が動くのであれば、我が軍もむろん進むだけです」
「……では、ハヅチ将軍。よろしくお願いします」
「はい、陛下」
慧太は頭を下げた。
「ガーズィ」
「はい、将軍」
ウェントゥス軍突撃兵連隊長は背筋を伸ばした。
「王都中央奪回、ならびにハイムヴァー宮殿奪回作戦を開始する。手順の指示は出してあるな?」
「もちろんです。各指揮官に通達済みです」
ガーズィはよどみなく答えた。慧太は獲物を見つけた獣の如く、目を細めた。
「では、作戦開始だ」




