第四二二話、徹底抗戦か、離脱か
ベルフェは、アガッダに持ち運びできる小型テーブルと王都の地図を用意させた。テーブルの上には地図を広げ、自身は玉座についたまま言った。
『君が易々と進めないといった道路陣地だが、敵の飛竜の前では無力だ』
6ポルタ砲には対空射撃能力はない。軽度の魔法や対空用武器も、肉薄してくれれば応戦のしようがあるが、爆弾を落とされると反撃するのも難しい。
『そして当然ながら、敵は道路陣地を突破するために簡単な方法を取る。つまり、空からの攻撃だ。陣地は簡単に吹き飛ばされ、そこを地上の兵どもが突撃してトドメだろうな』
つまり、王都内の防御については、魔人軍側は思ったほど頼りにならない。そう、ベルフェは見ていた。
アガッダは難しい顔で言った。
『しかし、敵も戦闘に必要な物資を消費しているはずですから、爆弾などを切らしていれば……』
『それは確かめようがない』
ベルフェは即答だった。
『だから、「もし」敵が爆弾を切らしていたら、などという都合のいい逃避はやめろ』
もっとも、そうであったなら、王都の防衛も少しは――いや、それはないな。ベルフェは自然を眉間にしわを寄せた。
爆弾がなくたって、飛竜には爪や、足での掴み、羽ばたきでの吹き飛ばしなど、やろうと思えば手はある。……むしろ、そちらのほうが魔人軍では馴染み深い。
『現状、我々は制空権を握られている。この宮殿以外、守りに関して脆弱であり、敵が本気を出してくれば、防衛線はまたたく間に崩壊する』
指揮官の言葉に、アガッダは悲壮な表情を浮かべた。
『では、我々は……負けるのですか?』
『……』
ベルフェは魔鏡の奥の瞳をじっとアガッダへと向けた。
『……ボクらが取るべき手は多くない』
玉座から立ち上がった幼女伯爵は歩き出す。
『宮殿にこもっての最後の一兵まで戦い、全滅するか』
……。
『逆攻勢をかけて、手当たり次第、敵と切り結ぶか』
まあ、これはおそらく全滅は免れないだろう――ベルフェは冷淡だった。
『のちの戦局を鑑み、戦力を王都から撤退させる』
『撤退……! つまり脱出ですか!?』
『うん、ここで第四軍主力が王都死守にこだわる理由が何一つ浮かばない』
ベルフェは立ち止まり、口もとを皮肉げにゆがめた。
『だが、正直、望み薄だな。敵に飛竜の部隊がいる以上、地べたを走っていてはとても逃げ切れるものじゃない。果たして、どれだけ離脱に成功するかもわからない』
『……それでは、手詰まり、ということですか?』
『だから、ボクはそう言っているだろう、アガッダ君』
呆れも含んだ目で副官を見るベルフェ。コルドマリン人の副官が俯いたのを見て、ふぅ、とため息をつく。
『……ボクの悪い癖だな。周りが自分より頭が足りていないから、どうにも一人で考えて、さも当たり前のように言ってしまう』
その点、第一軍のシフェルは、優秀な者を選定するが、それらを育てるために部下たちに積極的に『考えさせて』いた。自分で答えを見つけても、それを決定とせず、部下に考えさせ、よい意見があればそれを採用する。
……もっとも、それがいつもではないことを、ベルフェは知っている。シフェルは、寛大に振る舞っているが、基本的には自分がもっとも偉いものであるという傲慢な性格をしていたのだ。
――まあ、そのシフェル姉様も、いまはいないわけだが。
討ち取られた可能性が高いが、戦死したところは知らないし聞かされていない。シフェルは天使を思わす翼を持っているので、その気になれば空を飛んで離脱することもできるだろう。……翼を持たない身からすれば、羨ましい話ではあるが。
『なあ、アガッダ君。君はどう思う? 王都で全員討ち死にするべきだろうか? それとも可能性を信じて、脱出するべきだろうか?』
ベルフェは淡々と問うた。生真面目な副官は、どう答えたものかと視線を逸らした。この目の前の幼女伯爵が自分より頭のいいことは知っている。果たして自分ごときが、その問いに答えていいのだろうか。しかし、このまま黙しているわけにもいかない。
『……私ごときが口に出すべきことではないかと』
方針を決めるのは指揮官であり、副官ではない――そう正論ぶってアガッダは告げたが、ベルフェは、例の突き放すような目になる。
『ボクは君の考えを聞いているのだ。正しいか正しくないかは関係ない。ボクが君に指揮権を委譲しない限り、決めるのはボクだ』
まあ、副官に指揮権委譲など普通はしないが。ただ誰かに相談くらいはさせて欲しいものだ――少し拗ねたようなことをベルフェは口にした。
沈黙。なんとも気まずい空気が流れる。
『仕切りなおせるなら……』
アガッダは、確信のなさそうな調子で言った。
『王都からの脱出も視野にいれてもよいかと。王都より西方には、まだ第四軍の戦力が残っておりますし、それらと合流できれば、ウェントゥス軍にもうひと合戦――』
『……うん』
『王都で戦っても、勝てる見込みがないんですよね……?』
『こちらから打って出ても、敵航空戦力に叩かれて、地上の敵にやられる』
ベルフェの表情は固い。
『一矢報いられたら御の字、といったところだろう』
だが――そこでふと、幼い顔立ちに柔らかな笑みのようなものが浮かんだ。
『ありがとう、アガッダ君。ボクのわがままに付き合ってくれて。君は参謀ではないから、専門外の質問で相当困っただろうに』
思いがけない言葉に、副官は恐縮してしまう。その様子を見て、ベルフェは玉座に深々ともたれた。
『では、王都防衛のために色々課していた制限を無視して考えるとしよう。……連中に一泡吹かせてやろうではないか』
・ ・ ・
そうと決まれば、話は早かった。
ベルフェは玉座の間を出て、会議室へ赴くと第四軍の幕僚たちと作戦会議を行った。
第四軍本部偵察大隊を統括する情報参謀が報告する。
『現在、王都は中央と西地区が、我が軍の支配下にあります』
狼顔の魔人参謀は、地図の王都南側を指した。
『南側はリッケンシルト・ウェントゥス軍の展開が確認されており、南門は制圧されております。北側ですが、連絡が途絶えており、斥候を出したのですがこれもまた未帰還です。おそらくは――』
『すでに敵の手が回っていると』
ベルフェの言葉に、情報参謀は頷いた。
『北側には旧王都住民である人間奴隷たちが収容されております。おそらく、敵はこれらを保護しようとしているものと思われます。ただ……敵部隊の姿が確認されておらず、どれほどの戦力がいるのか、まったく不明であります』
『大軍かもしれないし、案外少ないかもしれない、ということだな』
ベルフェは腕を組んで唸った。
『不可解だな』
『はい。ただ、敵はいるのは間違いありません。推測なのですが、敵の飛竜部隊が北部上空に張り付いており、攻撃するでもなく地上に目を光らせております。……もし我が方の部隊がいるのなら、おそらく攻撃されているでしょうから、そこにいるのは』
『ウェントゥス軍か』
『ベルフェ様』
幕僚のひとりが口を開いた。
『北部の敵部隊は少数ではないでしょうか?』
『根拠は?』
『は、充分な兵力があるなら、姿を隠す必要がありません。それに上空に飛竜部隊が張り付いているのは、地上に友軍部隊が少ないが故に、空から即時援護できるようにするためではないでしょうか』
『実にもっともらしい意見ではある』
ベルフェは顎に手をあて、地図を睨んだ。
『だが、同時に罠くさい。こちらに手薄だと思わせておいて、かなりの戦力を潜ませている可能性がある』
おお――と、幕僚たちはベルフェの読みの深さに感心の声を上げかける。
『……と、ボクが読むと思っているのだろう。おそらく、北側の敵兵は指摘どおり少ないだろうよ。ただ、飛竜が一個飛行隊、常時張り付いている場所に、のこのこ部隊を派遣したいとは思わないが』
ベルフェは正直だった。




