第四一九話、総仕上げ
伝令鷹が戻った時、すでにカルヴァン率いる空輸隊のワイバーン三十六頭は、空の上にいた。
出番を待っていた――というより、ようやく全頭が揃ったばかり、というところである。
その先頭のワイバーンに騎乗するカルヴァンは、ウェントゥス軍の正式装備である白い甲冑をまとっている。
「ようし、野郎ども! お届けの依頼が来たぞ」
カルヴァンは叫ぶように声を張り上げた。といっても、轟々と風が舞っているので、その声が全員には聞こえていない。
二本の小さな角がナイフのように突き出しているウェントゥス軍正式の兜を被る。カルヴァンの兜や甲冑の識別線は濃い青である。
『突撃! 我に続け!』
手信号で後続に報せると、カルヴァンのワイバーンは右の翼を下に旋回、急降下へと移った。続くワイバーンも一頭、また一頭と翼を傾け、先頭竜のあとを降下していく。
地上で、第一軍の歩兵部隊と戦っていた、ウェントゥス軍の突撃兵部隊は、そんな降下してくる飛竜の列を遠目で確認する。
『味方! 飛竜の編隊!』
気づいた兵が叫べば、各指揮官は部隊に離脱命令を出し、信号兵が撤退の合図を出す。
『大隊、後退っ! 引けー!』
『急げ、巻き込まれるぞォ!』
ばらばら、とウェントゥス兵は戦闘を切り上げ、退却する。
突然、引いたことで、魔人兵たちはわずかながら困惑する。ある者は逃走と見て追いかけ、またある者は何が起こったかか把握するために近くの仲間を探した。
そのあいだにワイバーンは低空をかすめ、魔人軍に迫る。飛竜にしがみつきながら、カルヴァンは声に出す。
『はずすなよ! 運ぶのは得意だろうが』
魔人部隊の真上を駆け抜けながら、爆弾を落とす。
地上で立て続けに爆発が起き、巻き込まれた魔人兵が吹き飛び、倒れる。ワイバーンは次から次へと爆弾を投下。三十六頭もの飛竜のばら撒いたそれはさながら爆弾の雨。土がえぐれ、魔人兵を玩具の兵隊のように跳ね飛ばす。
追撃を試みていた兵、集結を図っていた兵も爆撃に巻き込まれ、一時的に戦闘継続能力を喪失した。それは指揮官の戦意喪失や状況把握のために、命令空白時間が発生したのだ。
そしてそれを、待っていた者がいる。
混乱、錯乱、悲鳴に、怒号、救助や集結と統制のとれていない魔人軍第一軍残党に向け、サターナは振り上げた腕を前に倒した。
「突竜騎兵、前進! 踏み潰せ!!」
集結した突竜バラシャス――二足歩行の大型肉食竜が横一列に整列しているさまは壮観だ。そしてそれらが一斉に前に向かって進む光景は、まさに壁。走り出せば、もはや津波。激しい地響きと共に、ダシュー連隊――突撃騎兵は、一時的に戦闘能力を失した第一軍へ押し寄せた。
そこから起きた出来事は、文字通りの蹂躙だった。
・ ・ ・
「ウェントゥス傭兵軍主力部隊――」
観測していたリッケンシルト兵は、声を震わせた。
「魔人軍王都正面部隊を、撃破、しました……」
信じられない、といわんばかりの声。だがそれは、友軍であるウェントゥス軍が魔人軍と激闘を繰り広げる様を緊張と共に見守っていたすべての兵士に共通した思いだった。
ルモニー王も言葉もなく、ウェントゥス軍が王都エアリアを囲む外壁、その東門へ前進する様子を見つめている。
「勝ちました、陛下」
コルド将軍が声をかけた。
「ウェントゥス軍は敵正面の軍を打ち倒したのです」
「こんな戦いが……」
ルモニー王は、やや青い顔をしていた。
「空飛ぶ竜に、地上を走る竜の一団」
目の当たりにしたそれは、ルモニー王が想像だにできなかった光景。未知の戦闘。
「そしてあの精強な兵――あれと戦って、果たして勝てる軍など存在するのでしょうか?」
「……まさに。我々リッケンシルトが開戦前の状態で全軍を率いることができたとしても、難しいでしょうな」
コルド将軍は、やや不機嫌な調子で言った。
「ですが、彼らはわれらの『友軍』なのです。いまはそれで充分でありましょう。そして彼らは約束を果たした」
リッケンシルトの将軍は王都へと視線を向けた。
「行きましょう。我らの王都を魔人どもより取り戻すのです!」
「ええ、そうですね。将軍、我々も前進を」
「はい、陛下。……リッケンシルト軍! 前進ッ! 我らの王都を奪回するのだー!」
角笛が鳴った。隊列を組み、横陣に展開するリッケンシルト軍は前へ踏み出した。訓練も浅い素人に毛の生えた程度の練度の徴募兵が半数以上を占める軍ではあるが、少なくともいまだけは、その顔に強い意思が見られた。
自らの国と生活を取り戻す戦いである。そして魔人軍を追い払ったウェントゥス軍の勝利――それらを目の当たりにしたことも重なり、この時だけは皆が一様に高い士気と高揚感をもって、力強く行進した。……王都内に、地獄が待っているとしても。
・ ・ ・
王都内の戦闘は、小康状態になっていた。
南門に向かった部隊が、セラのスアールカと真正面からかち合い、損害を被ってから、第四軍の行動が明らかに鈍っていた。
また外壁に梯子で登ってきた部隊も、北はアスモディアのアレーニェに蹴散らされ、南は強襲降下兵部隊の銃兵との銃撃戦の末、撤退した。
ここにきて、第四軍の損害も馬鹿に出来ないものになっていた。それもわずか二個大隊規模のウェントゥス軍を相手に、六千いた第四軍駐留部隊は、すでに四分の一を喪失している。
慧太は、前線にいた。
後からどんどん沸いて出てくる魔人兵を防ぎ、返り討ちにしながら、ほぼひっきりなしに戦い続けたわけだが……ここにきて、敵から感じる圧力が弱くなっていた。
――こういう場合。
数で勝る魔人軍は、相手に息もつかせぬまま攻め続けるのが一つの戦い方である。損耗が目立てば部隊を入れ替え、常に戦闘を仕掛ける。
そうすると数で劣るほうは、疲労が重んでも交代戦力が少ないために次第に戦闘能力が落ちていく。数の差もあって、そのうち一気に防衛戦が崩れる時が来るのだ。
だが、魔人軍の押しが弱くなった。これは損害が大きく、これ以上攻めても効果の割りに戦果に乏しいと指揮官が判断したためだろう。
第四軍指揮官ベルフェは、王都内のウェントゥス軍を撃破するために幾つも手を打ったが、慧太たちはそれをことごとく叩き、彼女の思惑通りにはさせなかった。その結果、ベルフェは次にどの手をうつか迷っているのかもしれない。いや、あるいは別の戦法に切り替えているだけかも。
――楽観はできないし、すべきじゃない。
『将軍!』
ウェントゥス兵が声を張り上げた。
『敵が後退していきます!』
進撃を窺っていた魔人兵たちが王都中央へと戻っていく。とっさに追撃をかけるべきか――と慧太の脳裏によぎったが、敗走ではなく、誘導からの待ち伏せの可能性も……。
影がよぎる。王都の空を複数のワイバーンが通過した。レーヴァたちのドラグーンではない。表の第一軍に対応していたはずのそれらがこちらに来たということは――
顔を上げた慧太のもとに、伝令鷹が飛んできた。ウェントゥス軍主力部隊本営のゴルダーだった。
『報告します! 王都外における会戦は、サターナ嬢の指揮のもと、魔人軍を撃破。現在リッケンシルト軍をはじめ、臨時再編した突撃兵大隊が進撃中』
「ご苦労」
慧太は答えると、まわりの強襲降下兵たちを見渡した。
「表は決着がついた。……次は王都内の掃除だな」




