第四一七話、サターナ VS シフェル
黒と白の乱舞。
片や白き天使、片や黒き悪魔――二人の美女は剣を携え、戦場を駆ける。
『光刃……!』
シフェルの手から、光の弾が連続して放たれる。その先にいたのは竜の翼を持つ黒い戦乙女――サターナ。彼女は翼を羽ばたかせ、無理やりにも等しい水平、超低空飛行で光の魔弾をかいくぐる。
流れ弾が、戦っていた魔人兵を引き裂き、ウェントゥス兵の身体を撃ち抜く。
『ちょっとあなた! 味方を巻き込んでるわよ!』
直接見たわけではないが、戦場のど真ん中である。はずれた光弾が周囲に被害を与えているだろうことは、サターナは肌で感じている。
『そう思うなら、大人しく当たりなさい! そして死になさい!』
殺意も露わに、シフェルは光弾を撃ちまくる。白き天使の容姿を持つ女魔人のまわりをぐるりと旋回しながら、サターナは短詠唱。
『氷牙!』
スピラルコルヌを振るう。するとそこから氷の塊が飛び出し、地面に落下。そこから氷が蛇を描くように次々の氷柱が飛び出し、シフェルへと迫った。
『……!?』
シフェルは飛び退く。地面から伸びていく氷の牙は、氷の山脈を描き、その高さは巨人兵を軽く超えるほどのものとなった。
『そういうあんただって、加減ってものを知りなさいよ!』
飛び上がったシフェルは、左腕を剣の如くなぎ払った。光の帯が、迫る氷の塊を一閃し、その山を横一線に切り裂いた。
光刃――シフェルがお返しとばかりに光弾を放つ。
ちっ、と舌打ちするサターナ。その時には右足をダンと地面を踏み、自らの影からシェイプシフター体を盾の如く飛び出させている。
残念ながら、熱属性を持つ光弾を完全に防ぐのはシェイプシフター体では無理であり、影壁は即時に自身から切り離し、使い捨てにする。
『おかしな技を使うのね、サターナ!』
シフェルは加速すると、一気に距離を詰める。
『少し見ない間に新技を身に付けましたってか!』
突っ込んでくる白き天使に、サターナは右手の角剣を放り投げた。しかしシフェルは聖魔剣リュミエールで、飛来する剣を弾く。
『そんなもの! ……えっ!?』
見間違いか。サターナの右手が肥大化した。それはたちまち竜の頭になり、その獰猛な牙を見せながら咆えた。
いまさら軌道変更は無理だ。サターナは唇の端を吊り上げた。噛み千切ってやる! 右手のブラックドラゴンが、飛び込んできた傲慢天使もどきをその口腔に捉え――
空を切った。
サターナは目を見開く。手ごたえがない。回避できるタイミングではなかったはずだ。だが現実に、竜の顎をシフェルは逃れたのだ。
右――シフェルの気配を感じた。サターナが視線をやれば、十メートルほど離れた場所に、シフェルが立っていた。回避したにしては、やけに離れた場所にいる。しかも二、三秒の間で。
そのシフェルは、大きく息を吐いた。
『あんたが、竜の王の血を引いている一族だってことを忘れていたわ』
荒らぶる呼吸を整えているのは、彼女にとっても限界ギリギリの回避だったのかもしれない。
『忌々しいわ。魔王の血を引く魔王派。わたしがどれだけ望んでもないものを、あんたは持ってる……』
怒りに彩られた青い瞳。だがシフェルは、すぐに好戦的な笑みを浮かべた。
『いいわ。あんたが奥の手見せたのなら、わたしも奥の手を見せてあげる。……ただし、見えればの話だけど』
聖魔剣を構え、一歩を踏み出す。
身構えるサターナだが、その視界からシフェルが消えた。
『!?』
『遅い』
耳元で、シフェルの声が聞こえた気がした。だがその時には、左肩を斬撃が駆け抜けた。
『こっちよ、サターナ?』
小馬鹿にするようなシフェルの声は、背後から聞こえた。左肩を押さえ振り向くサターナ。またも距離を十メートルほど離れたところにシフェルが立っていた。
斬られた。それもおそらく、目にも留まらない速さで。
見えなかった。だが状況からそう推察するしかない。こんな技を隠し持っていたなんて――サターナは、シフェルという女にここまで腹立たしくなったのは久しぶりのことだった。
『ほらほら――』
嘲笑を含んだ声。だがそれが聞こえた時には、すでにシフェルは消えている。サターナの身体を切り裂く一撃。今度はスカートの下、左太ももを斬られた。
そしてまた背後に悠然と立っている白い天使。
『手も足も出ないかしら? でも――』
斬撃。右の羽根が切り裂かれた。
『ぐっ……!』
『よく耐えた! でも痛いでしょうねー。泣き叫びたいくらいに……ふふっ』
完全にシフェルは遊んでいた。残虐なまでの笑みを浮かべて。
何という傲慢。この天使もどきの女魔人は、すでに勝ったつもりでいるのだ。ひと思いにやらないのは、弱者をいたぶり、敗北を認めさせるため。
――あぁ、ほんと、この娘、性根が腐ってるわね。
おそらくサターナを無力化し、屈服させることをシフェルは願っている。完全なる勝利。これまで彼女が感じてきただろう恥辱や屈辱を返した上で、サターナが『負ける』姿が見たい……と。
『泣いてもいいのよ?』
右足を一撃がえぐった。斬るではなく刺したのか。おかげでサターナの身体は、不自然な形で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
『跪いて、敗北を認めなさい。そしてわたしの慈悲を乞うのよ? そうしたら命だけは助けてあげてもいいわ、サターナ……!』
――わぁ、ほんと、わかりやすー。
心の中で呟いてみるが、サターナの中で怒りがふつふつと湧いてくる。安い挑発とわかっていても、悲しいかな買わずにはいられない!
ふらっと立ち上がるサターナ。シフェルは声を弾ませる。
『まだわたしに痛めつけられたいの、サターナ? あなた、アスモディアに似たんじゃない?』
『口を閉じなさい、三流貴族。耳が腐るわ』
『なんですって――』
カチンときたのか、シフェルの顔から笑みが消えた。そして――次の瞬間、サターナの右耳が吹っ飛んだ。
『耳が腐る? だったら切り落としてやるわよ。次は左耳――』
シフェルは喚いた。
『そして目を焼いて、光も奪ってやるクソ女! 手足を落として惨めな肉人形にしてやる!』
簡単には殺さない――シフェルが再び加速からの一撃をかけようとした矢先、サターナはすっと右手を前に伸ばした。
それが何? ――光の如き速さの前では、いかなる者も防げない。
そのはずだった。
強い衝撃がシフェルを襲った。サターナは淡々とした調子で言う。
「その光の加速とやらは、壁にぶつかったらどうなるのかしら?」
サターナの眼前に具現化した影の壁。それにシフェルは正面からぶつかった。
「何をしているかさえわかれば、例え見えなくても何とかなるものなのよ」
もっとも――サターナは皮肉な笑みをこぼした。
シェイプシフターの身体でなければ、こうは上手くいかなかった。そもそも剣で斬られても物理耐性のおかげで、ほぼ無傷。むしろ、痛がるフリをするほうが面倒だった。耳は飛んだが今では元通り。
これが生身だったら、体中の傷と痛みで頭も働かず、冷静さを欠いただろうし、この影壁だって展開できなかった。
だって、この壁はサターナの身体がそのまま変化したものであり、いまその壁の後ろにいるサターナは、シフェルが激突した直後に改めて形作ったものだから。
「さて――」
サターナは影の壁にめり込んでいるシフェルを覗きこむ。
「色々愉快なことを言っていたけど、あなたはワタシに何をしてくれるの、シフェル?」
七大貴族の娘同士の戦いに、ひとまず決着がついた瞬間だった。




