第四一六話、変化の兆し
「爆破!」
王都南門へと伸びる道に仕掛けられていた爆弾が一斉に爆発した。
隊列を組んで、足早に進んでいた魔人兵たちは、足元で起きた爆発に巻き込まれ吹き飛ぶ。粉塵が舞い、高速の弾丸と化した破片が肉を抉り、出血を強いた。
前触れもなくもたらされた死。生き残った者も怯み、足が止まったその時――
「撃て!!」
南門前に、積み上げられた土嚢陣地から、シノビ部隊の分身体兵――周囲の建物にそろえて石色迷彩の甲冑をまとう兵たちが一斉に、爆弾矢を発射した。
ウェントゥス軍得意の待ち伏せである。
味方が押さえていると思い込んでいる場所での奇襲攻撃。
戦闘は王都の外に出てから、と考えていた魔人兵たちは、予想外の目覚ましの一撃のごとく、初撃を許したのだ。
だが、魔人軍は先陣の中隊をやられたにも関わらず、すぐに動き出した。第三五連隊を指揮するディブル人指揮官は命令を発する。
『突撃ーっ!』
南門は開かれていた。そして敵は奇妙な土壁の裏に十数名いるようだが、それだけのように見える。
姑息な罠を仕掛けるのは、充分な数の兵がいないからだ。……そもそも兵がいるなら、正面からぶつかればいいだけのことなのだ。
その証拠に敵は、強固な盾壁を形成するでもなく、重装歩兵が隊列を組むでもなく、こそこそと爆発物をつけた矢で、砲兵もどきの攻撃を仕掛けてくるばかり。
数で押せば一気に通過できる――そしてその指揮官の判断は間違っていなかった。
ウェントゥス軍、影虎は小さく口を引き締めた。
複数の爆発による先制で、その足を止めるつもりだった。だが魔人軍は損害かまわず突っ込んできた。敵大集団に一度にそれをやられては、さすがに手数も兵も足りなかったのだ。
だが、そこに白銀の天使が舞い降りた。
セラの魔鎧機スアールカである。
「おお、セラ殿、間に合ったか」
影虎は安堵の息をついた。
白銀の魔鎧機が、南門の前、影虎たちシノビ部隊兵の前に立つ。迫る魔人兵の大集団――それがほぼ一直線に向かってくる。そしてこの配置は、セラの切り札を放つに打ってつけの状況。
銀魔剣アルガ・ソラス、その剣がまばゆいばかりの光を放ち……。
『いかん!』
正面に現れた白銀の魔鎧機の剣を見た、第三五連隊指揮官が口走った時には、手遅れだった。
聖天。
光の一撃が、一直線に進む魔人軍部隊を光に飲み込んだ。
・ ・ ・
外壁南門で戦闘になった――ハイムヴァー宮殿のテラスから王都を見ていたベルフェは、南門付近で上がった複数の煙が見えたとき、内心『やはり』と呟いた。
あの用意周到なウェントゥス軍が何もしていないはずがないと思っていた。まさに案の定というやつだ。
だがそこの直後に、あの白銀の魔鎧機が南門に降り立つのは彼女の予想の外であり、またそこからほとばしる光の一撃を見た時、思わず天を仰いだ。
『あー、もう! どうして忘れていたかなぁー!』
無表情、淡々としたいつものベルフェらしからぬ言動だった。自嘲と苛立ちのこもったその声。明らかに感情が溢れていた。
『グスダブ城夜戦で、ボクは三度、あれを見ているのにっ! どうしてわざわざ狙いやすいように部隊を進ませてしまったかなぁ』
副官のアガッダは、ここまでベルフェが感情を露わにしたのを初めて目にした。ふだんのベルフェを見ている者から見れば、いまの彼女は地団駄を踏んでいるに等しい。
アルゲナムの姫がいなければ、こうはならなかった。
だが現実に彼女は王都にいて、第三五歩兵連隊に手痛い打撃を与えた。たった一撃で受けた損害の大きさを考えれば、結果的にベルフェの失策と言われても仕方がない。
だが、この失点はまだ取り返せる――
王都外壁の制圧。それさえ叶えば、王都内外のウェントゥス軍は一気に劣勢へと追い込める。
大梯子を用いて、外壁へと登る魔人兵歩兵中隊。東門を挟むように南北から、それぞれ一個中隊ずつ。
ふと、王都外壁に敵の大型竜が舞い降りてきた。どうやらまた一〇〇名程度の増援を運んできたようだ。
だが次はない。ベルフェが好戦的な笑みを浮かべた時、それは現れた。
外壁の外から何かが登ってきたのだ。
『……?』
王都中央のハイムヴァー宮殿からでも見えるそれ。漆黒の甲冑をまとっている戦士のように見えた。だが明らかに人間サイズではない。巨人兵クラス――敵の魔鎧機?
それは異形の騎士だった。人型の上半身に、蜘蛛――ハサミはないが尻尾があり、サソリを思わす下半身。
なんだあれは?
それが素直なベルフェの心境だった。
六本の足で歩くそれは鋼鉄の騎士――魔鎧機なのだが、こんな型は初めて見る。歩廊の上を六本の足で器用に走ると、北寄りに外壁に上がっていた中隊へ襲い掛かった。
とっさに兵たちが魔石銃で反撃したが、黒い魔鎧機の装甲を貫くことが出来ず、その手にした槍に弾き飛ばされ、蹴散らされていく。
『なんだこれ……いったい何なんだ?』
わからないことだらけだった。
まるでベルフェが出した解答を見て、ものの二秒で不正解を突き返すような仕打ちだった。その程度なのか、と嘲笑われたような気分だ。
もちろん、すべてが慧太やウェントゥス軍の思惑どおりではない。セラのスアールカが南門に素早く急行したのは、ベルフェの手を読んだわけではなく、現場での対処であったし、漆黒の魔鎧機――アレーニェが外壁をよじ登ってきたのも、単にユウラが呼んでいたからに過ぎない。
そして――
南側から梯子に登っていた魔人兵部隊が外壁上のウェントゥス兵に攻撃を仕掛けた。魔石銃を撃ちながら。
だが三度目に降下したウェントゥス軍降下兵もまた、魔石銃を持って反撃に出た。
ここに銃を使ったはじめての銃撃戦が展開されたが、それに対する魔人兵の対応は鈍かった。撃たれているのだが、突っ立ったまま、ただ目に付く敵を撃つ。
一方でウェントゥス兵は、伏せたり、姿勢を低くして被弾面積を減らしつつ応射した。……まるで銃撃戦を想定、いや経験しているかのように。
結果的に、外壁制圧のために送り込んだ部隊は停滞を強いられた。
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