第四一四話、戦う者、見守る者
ウェントゥス軍突撃兵が、ニワトリ頭の魔人兵にグラディウスを突き立てる。小斧を振り回す魔人兵の一撃をかいくぐっての肉薄、そして急所への一撃。
あたりではウェントゥス兵と魔人兵が手近な標的を見つけるや、挑みかかる乱戦となっていた。
双方入り乱れているので手榴弾なども滅多に爆発せず、飛竜の空爆もない。兵同士のぶつかり合いである。剣戟が響き、咆哮と怒鳴り声。うめきと共に血が平原を染める。
『ガストン! 後ろだ』
豚顔の魔人兵が肉切り包丁じみた斧のような剣で斬りかかる。ウェントゥス兵――ガストンは、それを頭ひとつ避けると、そのがら空きの横腹にグラディウスを突き刺す。
がぁぁぁっ――怒号とも悲鳴ともつかない叫びを上げる敵兵に再度、剣を突き刺す。セプラン兵は白目を向いて地面に突っ伏した。
『サンキュ、モロダー!』
『いいって事よ』
警告してくれた仲間に声をかけるガストン。そのウェントゥス兵――モロダーも魔人兵と剣で切り結んでいた。
『って、俺の後ろからもかよっ!?』
雄叫びを上げて向かってくる狼顔の魔人兵。だがその横合いから、矢が飛来して、狼魔人が倒れる。その間にガストンがモロダーと戦っている魔人兵を側面から突き刺す。
『アシストどうも、ガストン。……ラエルもありがとな』
クロスボウで敵兵を射殺した味方兵に礼を言うモロダー。そうしている間にも、次の敵兵が向かってくる。
『今日は大量だな! 鎧が血に染まっちまう』
『もう染まってるだろ!』
魔人兵の血で真っ赤になったグラディウスを手に、新手に向かっていくガストン。
白兵戦は続く。
咆哮――狼人の戦士団が、魔人兵の戦列に飛び掛る。手に持つ戦斧で岩顔魔人兵に連続して刃を叩き込んで仕留める。
『うぉおおおおおっ!』
雄叫びを上げるヴルト。すると近くの狼人戦士たちも声を上げ、その木霊のような咆哮は、周囲の魔人兵たちを怯ませる。
『ぶっ殺せェェ!』
うおおおお――狼人たちはまるで塊のように戦場を駆け、魔人兵を倒していく。それは乱戦にあって集団を崩さず、魔人兵を刈り取っていく。
だが魔人兵とてやられっぱなしではない。敵中突破を図れば、傷つき倒れていく者も出てくる。
『右! 敵弓兵――うぉっ!?』
クロスボウを持った魔人兵分隊の射撃に、狼人戦士が数人撃たれ、倒れる。副隊長のエシーが喉が裂けんばかりの怒鳴り声を発した。
『てめぇらァ!!! 死にさらせェェ!』
爪甲を振り回し、エシーは、装填作業中の魔人弓兵へと突撃をかける。だがそこへ紫鱗のトカゲ魔人兵が割り込むように突進をかけ、狼人副隊長のわき腹に爪剣をねじ込んだ。
肉を割き、内臓をも傷つける一撃。一瞬、意識を失いかけるエシーだが、目の前のトカゲ魔人の首元に、噛み付いた。――てめぇも道連れだ、コラァ!
トカゲ魔人の喉を噛み千切る。口の中に広がる血の味は、魔人のものなのか、あるいは自分の血なのかわからない。だがそれを理解することなく、エシーは逝った。
魔人軍クロスボウ兵が装填を終え、さらに獣人部隊に射撃を加えようとした時、無数の矢が飛来して、頭や胸を的確に撃ち抜いた。
「狼どもを助けるなんてな」
狐人ロングボウ部隊のボーゲンは、思わず呟いた。騎兵ほどではないにしろ足の早い狐人たちは戦場を駆け、まだ組織的に反撃してくるような敵、投射武器を持っている部隊など、脅威度の高い敵を優先的に叩いていた。
「あいつらだけで戦線をこじ開けるつもりか? 無茶しやがって」
ロングボウを放つ。狐人の正確無比な射撃は、次々と魔人兵を打ち倒していく。
「ボーゲン隊長! もう矢の残りが――」
「わかってる!」
戦場に持ち込める矢の数は限られている。最適位置に移動し、敵のアウトレンジから撃ち続けることも、無限にできるわけではない。
「一端、補充に下がるぞ!」
了解――狐人部隊は、矢を補給するために戦場を下がった。
・ ・ ・
前線で繰り広げられている戦いを見つめている目がある。
ウェントゥス軍本陣より、南寄りに位置する第二陣――リッケンシルト軍1千である。
ルモニー・リッケンシルト王が甲冑をまとい、戦場に出るのは初めてのことだった。
グスダブ城の攻防の際も、自ら甲冑を着て戦うような状況になる前に、ウェントゥス軍が救援に駆けつけた。
ルモニー自身、剣など幼少の時に少し触った程度で、いまではそれも忘れ、素人も同然。王になどならなければ、一生戦場と無縁だったと言える。
表情は固い。初陣の緊張。ウェントゥス軍のハヅチ将軍は、第一軍の相手は自分たちがするので、待機していていただきたいと言っていた。戦場はリッケンシルト国だが、兵力の規模はウェントゥス傭兵軍が上であり、しかも歴戦のツワモノ揃いとあれば、戦争素人のルモニーが自ら主導権をとろうなどとは思わない。
それにリッケンシルト軍には、王都解放のため、第一軍を撃退したのちに王都内に突入し、第四軍と戦うという重要な役割があった。
「……しかし、じれてきますな」
リッケンシルト軍を束ねるコルド将軍が、その禿げ上がった頭を布で拭きながら、そんなことを言った。
ルモニーのそばに立つ年配の将軍も鎧を着込んでいるが、こちらは相応に戦の経験がある。やや恰幅のある体躯は、鎧を着込んでいると強そうに見えるのは何故なのか。
「どうにも互角な印象でありますが、やはり魔人軍が数で勝っている分、ややウェントゥス軍は苦しいですな。もし、どこか崩れることになると、一気にひっくり返されそうです」
「そのように見えますか」
年上であり、軍務暦が長い将軍の発言である。ルモニーは頷いた。コルド将軍は唸る。
「何といいますか、こう、血が滾ってくるといいますか……年甲斐もなく、いますぐ戦場に飛び込みたい気分です。あのハヅチ将軍と彼が率いるウェントゥス軍が血を流し、戦っている」
「しかし我々は、王都内の敵に備えて待機しなくては」
「わかっておりますが、どうにも……。我々の国のために、彼らは戦っておるのですぞ」
コルド将軍は顔をしかめた。
「いますぐ彼らと共に敵と戦いたい。彼らに助けられてばかりでなく、我々も彼らを助けたい」
その発言に、ルモニーは新鮮な驚きを抱いた。
これまでコルド将軍といえば、軍事部門のトップとしてルモニーを支えてきたが、どちらかといえば保守的であり、あまり積極的な攻勢案を出すことはなかった。……いや出したくてもその戦力がなかった、ということもあるかもしれない。表情が固く、重々しい、どちらかといえば近寄り難い印象の人物である。若いルモニーには、少し苦手なタイプだった。
だが、王都を目の前にして、コルド将軍のこの発言はどうだろう。
「将軍、もし私が自由にやってよい、と命令したら、あなたはどうしますか?」
「自由に、ですか?」
コルド将軍は、一瞬表情を緩めたが、すぐに元に戻った。
「ウェントゥス軍主力の援護に前進を命じたいところですが……王都攻略のことを考えれば、部下を百名ほどにしぼった上で戦場に向かうでしょうな。歯がゆいことですが、まだ戦闘は序盤戦ですし、ハヅチ将軍の言うとおり我が軍は温存せねば」
ただ――コルド将軍は口もとをへの字に曲げた。
「もしウェントゥス軍が敗れることにでもなれば、温存もなにもないのですが……。それゆえに、歯がゆいです」
もし彼らが敗れたら――リッケンシルト軍は撤退することになるだろう。現在、戦場後方で待機しているリッケンシルト軍は、撤退となれば、ほぼ戦力を残した状態で離脱することも可能だろう。……もっとも、彼らが負ければ、その時はリッケンシルトの命運も尽きるだろうが。
そんな戦場で矢面に立っているのが彼らウェントゥス軍だ。損害を被りやすい先鋒を務め、総崩れになった際は自動的に殿軍となり、おそらく壊滅してしまうだろう役割を、彼らは率先して引き受けているのだ。
ハヅチ将軍はアルゲナム奪回のためと公言しているが、リッケンシルト国のために多大な犠牲を払う覚悟でもある。そんな彼らだからこそ、ルモニーも、そしてコルド将軍も、いまなお奮戦するウェントゥス軍を助けたいと思うのだった。




