第四一三話、物量の差
慧太たちの小隊が、王都内を引いたり押したりを繰り返し、第四軍の部隊を外壁に近寄らせないよう奮闘している頃、東門を挟んだ反対側でも、同様に戦闘は続いていた。
大型盾を構え、突進するウェントゥス兵の一団。対する魔人兵も大型盾を前面に押し出し迎え撃つ。民家の立ち並ぶ一角、道路を正面から進めば衝突不可避である。
ガシャン、と激しい金属同士のぶつかる音と共に両軍による押し合いが始まる。だが魔人兵のほうが数が多く、また体格も大柄の者が少なくない。力比べでは魔人兵に軍配があがるかに見えたが……。
動かない。押せない。ウェントゥス兵の一団の形成するシールドウォールはびくともしない。
そこへ、後ろから走って近づく者の姿。――金棒を肩にかついだ大柄の少女戦士。
「肩、失礼します!」
キアハは一言かけると、最後尾の兵士の補助を受けて、ウェントゥス兵たちの壁の上に乗ると、そのまま魔人兵たちのほうへ殴り込みをかけた。
まさに力任せ。金棒でぶん殴られた魔人兵は鎧を身に付けていたが、それもろとも身体が吹き飛ばされた。骨を砕かれ、内臓を潰され、血を撒き散らしながら死体が量産される。
魔人兵たちの壁が崩れた。血と肉片がついた金棒で、まさになぎ払われ、それを見た後ろの兵たちは青ざめるが、道路に密集している都合上、逃げることも叶わず、犠牲者は増えていく。
その様子を東側外壁から、ユウラとゼーエンは見ていた。……といっても別にのんびり観戦しているわけではなく、付近の戦域全体を監視し、状況に対応できるようにしていた。
その間にも、タイラント飛行隊が強襲降下兵の増援――B中隊を空輸し、外壁に下ろしていた。舞い降りた巨大竜の羽ばたきが、風となって吹き、ユウラの青髪を揺らした。
「押し留めている、という感じですね。あくまで一時的に、ですが」
「ああ、まだ後ろに敵の大軍が控えているのを見ると、そういう感想になるわな」
ゼーエンはつば広の帽子の端をつまんだ。
「敵さんは町中であるから進軍ルートが限られる上に、一度に投入できる数は限度がある。後ろにいる連中は順番待ちしているというわけだな」
「一度に相手にする数が限られる、というのは少数でも守れる、と思われがちですが、数の差はそのまま持久力の差となりますから、どうあっても数で劣るほうはジリ貧になってしまうんですよねぇ」
少数のほうは絶え間なく敵と戦うから、疲労や消耗がのちのち深刻なものとして圧し掛かる。一方で多数のほうは、控えている元気な連中が次から次へとやってくるということだ。
「とはいえ、いくら数で押せるからといって被害があまり拡大するのも、連中にとって面白くないはずだ。ユウラ氏、あなただったらどうする?」
「王都の破壊をどこまで許容できるかで変わるでしょうが……現状、王都東に集中しているわけですから、建物を破壊してルートを拡張。スペースを確保して、一度の投入兵力を増やします」
「……そうなると露骨に数の差が出るな」
ゼーエンは顔を引きつらせた。防衛箇所を限定しているからこそ対抗できるのあって、敵側の突入路が増えれば、それだけ兵力も展開しなくてはならなくなる。広く薄い戦線は一度抜かれると脆い。圧倒的不利。
「さらに、敵側が外壁の制圧を優先させるなら――」
ユウラは続けた。
「王都内は膠着状態に置き、外壁に戦力を回しますね」
「だが外壁に上がるための階段は破壊したし、中の通路も吹き飛んでいる」
ゼーエンは反論した。東側の二つ以外の道をすべて破壊したから、そこに敵が集中している現状を生み出しているのだ。そこを抜かれない限り、王都を囲む外壁を取り戻すことはできない。
「いや、できますよ。攻城戦用の梯子などと使えば、階段がなくても上に上がれます」
「梯子……」
なるほど、階段がなければ梯子を使えばいい――盲点だった。
「あと僕が考える最悪のパターンは……」
青髪の魔術師は難しい顔になった。
「この梯子を使って上がってきた敵部隊が、魔石銃を装備している場合ですね。外側から攻める場合は身を隠す場所がありますが、歩廊の上にはそういう障害物がほとんどないですから。ある程度離れていても射線が通ってしまいます」
「……ユウラ氏、それ」
ゼーエンはわなわなと身体を奮わせた。
「ひょっとしたら大ピンチじゃないか?」
「ええ、ベルフェ卿がそれに気づいていたら、外壁奪回もそれほど時間もかからないでしょうね」
外壁が奪回されてしまえば、王都の外の主力部隊は援護を失い、王都内の慧太たちの部隊は敵に挟撃されてしまう。そうなったら、この均衡はあっという間に崩れる。
「次の降下兵部隊に伝令!」
ゼーエンは、待機している伝令用の分身体の鷹に吠える。強襲降下兵大隊の第二陣が降下した今、残るは一個中隊のみ。タイラント飛行隊はその降下部隊を輸送すべく、すでに飛び去っている。
「C中隊は魔石銃を装備して、こちらへ来い。外壁防衛線の崩壊の危険性あり! 大至急!」
命令を受けた分身鷹が飛び立つ。
射線が通りやすいというのは、つまり敵も同じだ。同様に狙いやすく撃ちやすい魔石銃がこちらにあれば、少なくとも一方的にはやられない。
――それだけでは足りないだろうが。
他にも何か手を考えなければ。そう思い、考えるゼーエンの横で、ユウラは呟くように言った。
「ベルフェ卿まわりを忙しくしてやる必要がある。……ちょっと乱暴な手腕だが」
・ ・ ・
第一軍とウェントゥス軍主力のぶつかり合いは、乱戦の様相を呈していた。
巨人兵の鉄鎧を砕き、氷の槍を突き刺す魔鎧機グラスラファル。
『あー! もう、数多いってのっ!』
操者のアウロラは苛立ちを露わに、倒した巨人兵を放り出す。すでに相当数の巨人兵を倒している。アウロラ、そしてティシアら魔鎧機組も疲労が増している。
『ゲッ!?』
視界の端に、クロスボウ――城塞用バリスタを設えたそれを持った巨人兵が、槍のような矢を放った。
左へ回避――だが一撃はグラスラファルの右肩をえぐり、その尖った氷のようにも見える三角錐の肩装甲を砕いた。
――あー、あたしの馬鹿!
何で今、右にかわさなかったのか。それなら避けられたのに! アウロラは、伝わってきたダメージに歯噛みしながら自身の判断力が鈍っていることを悔やむ。ほぼ身体の慣れのみで回避している。とっさの癖という奴は、時に致命的なミスを生む。
『アウロラ!』
ティシアのネメジアルマが、クロスボウ持ちの巨人兵を横合いから一閃する。疲労はしているはずなのに、ネメジアルマはその白騎士じみた風貌と相まって、微塵も揺るがない頼もしさを醸し出している。
『無事!?』
『大丈夫。ちょっと痛むけど、直接刺さったわけじゃねぇし』
肩の痛みは、いわゆる魔鎧機の受けたダメージの擬似的信号というやつだ。
その時、右で戦っていたアスモディアの魔鎧機アレーニェが移動を開始した。
『ティシア、アウロラ。悪いけど、わたくしはここを離れるわ。後はよろしくね!』
『はぁ!? ちょっと――』
『マスターが呼んでる。じゃあね!』
そういい残し、六本足の異形の魔鎧機は、進行方向上の敵歩兵を文字通り蹴散らしながら、王都へと駆けていくのだった。
『しかたねぇなっ!』
グラスラファルは駆ける。その横を突竜バラシャスに乗るウェントゥス魔竜騎兵が、味方兵と戦う魔人兵の一団へ切り込んでいく。
巨人兵と魔鎧機の戦闘の近くでは、歩兵たちの戦いもまた激しさを増している。
――ほんと、大した連中だよ、この傭兵軍の連中は!
数で遙かに勝っている敵にも、まったく動じず挑んでいく。獣人連中も戦いに加わっているが、第二陣のリッケンシルト軍は待機したままなので、実質ウェントゥス軍がメインで敵第一軍と交戦しているのだ。
――でも、さすがにちょっと手が足りなくないですかね、ハヅチ将軍。
巨人兵が足元のウェントゥス兵をなぎ倒そうと棍棒を振り回す。だが兵たちは、その一撃をかいくぐる。とはいえ、体格差とこの乱戦では、思うように反撃できないようで。
グラスラファルは右上の槍を持ち直し、それを巨人兵めがけて投げつけた。弾道がやや高い――かと思ったが、槍は巨人兵の頭を吹き飛ばし、血をその巨体から噴水のように噴出させた。
『おまえらの相手はあたしだろうがっ!』
身体が疲労と魔力消耗で重く感じる中、アウロラは気合と共に叫ぶとさらに戦場に踏み込んで行った。




