第四一一話、強襲降下
戦場で対峙するサターナとシフェル。魔人の国レリエンディール国の七大貴族同士であり、ライバルに等しい関係だった娘たちの邂逅である。
『ワタシの父、デモス・リュコスを殺したのはあなた?』
サターナは槍剣を向けて、シフェルに問うた。言葉を投げつけられた金髪の天使の姿をした女魔人は引きつった笑みを浮かべた。
『いきなり再会したと思ったら、またずいぶんなことを言うのね』
『ワタシがここ数ヶ月、姿を消していたのは何のためか、……頭のいいあなたならわかるでしょう?』
挑発じみた言葉を受け、シフェルは笑みを引っ込める。
『なるほどね、あなたの大好きなお父様の死の真相を探っていたわけね……。でも意外だわ、自分の部下を放り出して、父親を殺した奴を探そうっていうのは』
『それはちょっとした諸事情ってやつよ。それで、どうなの? あの愚兄を婚約者に選んだお姉様……?』
サターナは意地の悪い笑みを浮かべる。シフェルの顔が刹那、真っ赤になった。
『な、な……っ!? お、お姉さまぁ?』
『あら、だってあなたが、あの愚かな兄を迎えたら、ワタシはあなたの義妹ということになってしまうわ。……そうでしょう?』
人差し指をあごにあて、小首を傾げてみせるサターナ。
『あなたがワタシの義姉になるなんて、ごめんだけれど、あの愚兄とはお似合いだと思うわ。……特に頭の空っぽそうなところなんかが』
『あんたはさっきから何なの? そもそも、なんでここに現れたの? 戦いの最中に! しかもその格好はなに?』
ヒステリックにシフェルが喚いた。
――あんた、か。地が出たわね。
どうにも猫被っているようで気持ち悪いと思っていたサターナである。
『鈍いわね、シフェル。あなたをぶち殺しにきたのよ。ワタシのお父様を殺したあなたをね』
『……』
『どうしたの? 否定してもいいのよ? わたしはあなたの偉大なるお父様を殺してはいない、犯人じゃないわ……ってね』
シフェルは押し黙っている。どう答えるのが最善か模索しているのだろう。――馬鹿ね。やってないなら何も迷うことなく否定すればよかったのに。
いや、それはプライドの高いシフェルにはできない相談か。相手に言い訳するような事態こそ、負けに等しく感じるようなやつなのだから。
『はは……あんたは、レリエンディールを裏切った、そうよね?』
シフェルが口を開く。その瞳に宿るのは、獣のごとき殺意。
『ウェントゥス軍に組して祖国を裏切った。このわたしが、あんたに引導を渡してやるわ!』
『自らに大儀があると言い出すのは、後ろめたいことがあるからなのよねぇ』
サターナは、シフェルの言葉をそのように理解した。つまり、サターナの父親を殺したのは自分だと認めているようなものだ。そうであるなら――
『あなたがそう言うのなら、ワタシはこう言わせてもらうわ。七大貴族の順列を乱し、必要のないいざこざを生み出したあなたの行為こそ反逆である、と。……例えあなたが奇麗事を並べようとも、七大貴族議長を殺した罪は免れないわよ、天使モドキ』
両手に保持する槍剣スピラルコルヌを構える。
『シフェル、あなたが悪い』
『ええぇぇぃっ!』
シフェルが絶叫と共に地を蹴った。腰に下げていた聖魔剣『リュミエール』を抜き、閃光の間合いでサターナに斬りかかった。
・ ・ ・
王都東門裏。中央から伸びる道はウェントゥス軍即応第一〇〇大隊と、魔人軍第四軍歩兵部隊との間で激戦となっていた。
『くそったれ、後から後から、と』
石造りの民家の壁を盾に、ウェントゥス兵がシ式クロスボウを撃つ。一人が装填に引っ込めば、その足元で膝をつくもう一人の兵がクロスボウを放つ。弦を自動で引くシ式クロスボウの装填時間は三秒とかからない。そうした交互による射撃は、絶え間ない弾幕となって、魔人兵を倒す。
だが敵も大型盾を構え、何度も突撃を繰り返す。防御線に肉薄することも数度。だが手榴弾や爆弾矢を絡められ、攻撃は失敗していた。
それでも魔人軍は進撃を諦めない。
『本当に、しつこいっ!』
撃った矢が、突撃しようとした敵魔人の膝を撃ち抜いた。転倒――そして続いた敵兵もそれにつまづき、転がった。
『くそ……やべぇ、予備がなくなった!』
ウェントゥス兵はシェイプシフターだ。その矢弾も自らの身体から切り離した分身体で作られる。……そもそも恐るべき連射速度を誇るシ式の矢を、普通に用意したら凄まじい量の矢が必要であると同時に、携帯できる数からすぐに撃ちつくしてしまう。
自らの身体から矢を作り出していたウェントゥス兵だが、当然ながらその分身体の容量にも限界がある。矢を自ら生成できなくなるということは、その兵は現状の大きさ以上のものに変身できないし、能力も大きく制限されるのだ。
『オレを使え』
後ろに控えていた別のウェントゥス兵が、次の瞬間自らを解体し、数十本の矢へと変身した。……一人を犠牲に、まだしばらく交戦が可能になった。
王都東側で行われる市街戦。外壁歩廊から戦況を見守っていたゼーエンの元に大隊長が報告する。
『さすがに数の差は如何ともし難いですね。何とか、倒した敵兵から分身体を補充したいのですが……』
「さすがにそんな余裕はない、だな?」
『ええ、それができれば、苦労してません』
「敵はそれがわかっているんだ」
ゼーエンは苦虫を噛み潰す。
「こっちの矢弾など、数で押せばいずれ尽きるだろうことが。……あとどれくらい持ちそうだ?」
『やり方を変えなければ、あと十分くらいで防御線は抜かれるでしょうな。乱戦になれば、まだしばらくは持ちますが』
「やり方を変えるしかないか」
顎に手をあて、呟くように言うゼーエン。その時、王都で大きな爆発が起きた。
東門近く、ウェントゥス軍の展開する防御線のあたりだ。――何だ?
「あの威力は手榴弾や爆弾矢ではないな……」
『どうやらやり方を変えたのは、敵さんのほうだったようです』
大隊長が、吹き上がる爆発の煙を見ながら他人事のように言った。ゼーエンは口もとを引きつらせた。
「ああ、第四軍は砲兵のほかにもうひとつ厄介な部隊があったな」
戦闘工兵――障害物の設営や破壊を行う工兵部隊のひとつでありながら、戦場に飛び込み、矢弾飛び交う中、敵の陣地や防御設備を破壊する突撃工兵が。
第四軍は18ポルタをはじめとする砲兵部隊攻撃が有名だが、戦闘工兵による夜間城壁破壊などで、リッケンシルト軍拠点を素早く攻略してきた実績があった。
あの爆発は、おそらく戦闘工兵が爆発物を用いて、第一〇〇即応大隊の防御線に穴を開けに来たのだろう。
「十分もつか怪しいな……」
ゼーエンが憎憎しげに呟いた時、大隊長は『いいえ』と答えた。
『味方が来ました』
視線を王都の外へと向ければ、外壁の真上を竜――ドラグーンが飛び抜けた。
四頭のドラグーン。胴にくくりつけた魔石銃が火を噴き、中央道に沿って攻撃の順番を待っていた魔人兵部隊を上空から掃射する。
さらに腹に巨大な籠を抱えた大型竜――タイラント編隊が王都外壁へゆっくりと舞い降りた。一、二、三、四……五頭の大型竜が。
「おいおい……」
思わず顔が強張るゼーエン。
「ありゃ、ここに降りてくるつもりか?」
『そのようですな! ――退避ぃー! 味方が降りるぞォ! 退避しろっー!』
大隊長の声に、東側歩廊の上にいた兵士――タイラントが降りると思しき一帯にいる兵たちは慌てて走る。
先頭のタイラントが、歩廊に腹をこすらんばかりに高度を落とし、翼を羽ばたかせながら空中静止した。通路に沿う形で向きを調整することで、翼と外壁の接触を回避。腹に抱えた巨大な籠――その戸が開くと、乗り込んでいたウェントゥス兵が飛び出した。
まるで水の入った桶をひっくり返すような勢いで出てきたのは、航空第二連隊に所属する強襲降下兵大隊の兵たちだ。レーヴァと同じく白甲冑の肩を赤紫に染めた空挺降下兵たちである。
タイラント五頭に輸送されたのは、降下兵第一大隊の先鋒を務めるA中隊一〇〇名。さらに――
「待たせたな、ゼーエン」
ウェントゥス傭兵軍を率いる将軍である慧太と、その仲間たちが王都に降り立った。




