第四一〇話、シフェル出陣
王都東側平原を騎兵が疾走する。魔人軍第一騎兵連隊連隊長、サージ・ヴェランスは思わず声を荒げた。
『集合急げ! 敵騎兵小隊、突っ込んでくるぞ!』
ウェントゥス軍騎兵――まさか、これほど厄介な相手とは!
騎兵同士の戦いなら絶大な自信があった。正面からのぶつかり合いなら、例え第二軍の魔騎兵が相手でも、精鋭たる第一騎兵連隊の騎兵は負けはしない。規格外の大型魔獣ならいざ知らず、サイズも同程度の相手なら圧倒できると思っていた。
だが現実は、二足歩行小型竜に乗る騎兵たちに苦戦していた。
『くそっ……! 第二小隊、かかれ!』
隊列の形成が間に合わず、仕方なくヴェランスは自分の右側に展開する十数騎に、迫る敵への突撃を命じた。
ウェントゥス軍騎兵は、小回りが効く。もとより二足歩行で、その旋回速度は馬よりも速かった。
隊列を組んで突撃することで、敵を踏み砕く騎兵。大規模だったり、ぎっちりと密集して突っ込むことで、相手はその姿に恐れおののく。そこで必要なのはある程度の数であり、迫力だ。
だが彼らは最初こそ数十騎の隊列を組んでの突撃を行ったが、今はより小規模な隊列を組んで、小刻みな肉薄攻撃を繰り返していた。
彼らは、目標選定からの突撃機動が圧倒的に短かった。中隊規模の集結を測らず、各小隊長や分隊長レベルで戦場をさっと見回し、攻撃目標を選び、素早く突撃する。
規模が小さい分、集結や隊列形成に時間がかからない。結果、魔人軍騎兵は波状的に攻撃を受けることになり、その都度対応を余儀なくされた。それによって、こちらの突撃に持っていくまでの隊列形成や機動が後手後手になっていった。なにせ向かってくる敵を無視することができないのだ。そんなことをしたら敵騎兵にやられる。
――しかも性質が悪いのは……。
ヴェランスは歯を剥き出す。
ウェントゥス軍騎兵は、手近な目標を決めるとさっさと突撃を開始する。そのため、戦場を駆ける中、味方騎兵の突撃ルートとぶつかることもしばしばあった。……そういう衝突を避けるために、集結し、同じ方向へ一斉に突っ込むことで最大の破壊力を生み出す騎兵なのだが、連中にはその考えが欠如していた。
だがそれで自滅しているかと思えば、そんなこともなかった。コンプトゥスは小回りが利く上、互いに交差するような場面でも、片方が跳躍して飛び越えることで衝突をかわしていた。……こいつらは魔騎兵のゴルドルか!
第二軍の魔獣騎兵も、いざという時は跳躍する。敵に襲い掛かったり、味方との衝突を回避するためだ。だがウェントゥス軍の騎兵は、そんな魔騎兵よりも身軽だった。こうした立体的な動きは、第一軍の魔馬にはできないことである。
『連隊長、側面に――!』
部下の大声が響く。そこには槍を持たず、クロスボウを持ったウェントゥス騎兵が三騎。集結中の魔人騎兵に近づくと矢を放った。先端に爆弾がついたそれは魔人騎兵を吹き飛ばす。
『チッ……』
思わず舌打ちがこぼれる。
先ほどから隊列を組まない敵騎兵が遊撃的に戦場を駆けまわっている。魔人軍騎兵の集結や反撃を妨害しながら一撃離脱を繰り返しているのだ。そして味方の突進が重なれば、十中八九跳躍して交わし、突撃の邪魔をしない。
何より面倒なのは、排除しようとすると逃げる。投射武器を持っていないこちらの騎兵は、軽装のクロスボウ持ち騎兵に追いつけず、一方的な攻撃を許す形となった。そしてこいつに構いすぎると、槍持ちの主力騎兵が隊列を整え、突撃してくる。
泥沼だった。想像以上に手強いウェントゥス軍騎兵の戦術に、魔人軍第一騎兵連隊は翻弄され続ける。
・ ・ ・
低空をかすめるように飛ぶワイバーンの小編隊。そのうちの一頭が足を伸ばし、巨人兵の頭を掴むと、その身体を持ち上げ運び去る。
もがく巨人兵だが、すぐに解放される。だが飛行するワイバーンにつかまれ、高速で飛ばされたその身体は空飛ぶ砲弾となって他の魔人兵たちに圧し掛かり押し潰す。同時に固い地面に叩きつけられ巨人兵自身も動かなくなる。
正面で激突する魔人軍重装歩兵と、ウェントゥス軍突撃兵部隊。魔人の弓隊は、矢の雨を降らすが、ウェントゥス突撃兵は腕甲で防いだり、よけたりして脱落する者はほとんどいない。物理耐性のあるシェイプシフターの分身体は、その点、ゾンビなどのアンデッドよりも性質が悪かった。
逆に、足の速い狐人のロングボウ部隊が、魔人弓兵の射程外からロングボウを放ち、排除にかかる。
そんな中央隊を迂回するように、態勢を整えた右翼、左翼の歩兵部隊がウェントゥス軍を包囲するように進撃する。
だがそこには、ダシュー率いる魔竜騎兵大隊が待ち構えていた。
『蹴散らせ!』
突竜バラシャスが二個大隊、各一〇〇騎が両翼の敵に突進を開始する。コンプトゥス騎兵が馬のようなものとすれば、バラシャスは戦車にも等しい。それが横陣に展開して迫る様は、まさに巨大な壁だった。数倍の敵をも、その巨体とパワーで弾き飛ばし、蹂躙を開始する。
・ ・ ・
『まったく……数では圧倒的に劣っているはずなのに、よくやる』
魔人軍第一軍指揮官のシフェルは陣を出る。純白の甲冑をまとい、その長い金色の髪を左右にまとめるツインテールに――それが彼女の戦闘スタイルである。背中には白い一対の翼。魔人軍でなければ、天使と見られてもおかしくなかった。
『連隊本部も全員戦闘に出るわよ。……作戦? 目につく敵は全て殺しなさい、以上』
その美貌に好戦的な笑みを貼りつけ、シフェルは戦場へと踏み出した。
・ ・ ・
『レーヴァ隊長! タイラント編隊、来ました!』
ドラグーンを駆るレーヴァのそばに寄った別のドラグーンの騎手が、空を指し示した。
大型竜タイラントが五頭ずつの二編隊を組んで戦場空域へと侵入する。前の編隊は爆撃隊、後続の編隊は腹に大きな荷物を抱えた状態での飛行だ。
『よし、タイラントを援護する』
『了解!』
レーヴァ直卒の四頭がタイラント編隊の先陣を務める。同じくタイラント編隊の侵入を見たワイバーン中隊からも、小編隊が急降下を開始して地上の敵部隊へと猛禽の如く襲い掛かる。
飛竜を墜とすだけの対空能力のない地上の魔人兵は迫るワイバーンの爪から逃れようと左右に散り――
閃光が走った。それはさながらビームのような光弾だった。それが地上を舐めるように低空に下りたワイバーンの翼を溶断し、頭を吹き飛ばした。先頭の二頭があえなく墜落し、後続の二頭は緊急離脱を図る。
魔法。
セラが使うような光弾魔法。ブリーフィングで聞いた魔法兵か――地上に目を凝らせば、金髪ツインテールの美女騎士が、その右手を空に向けながら、ゆっくりと前進しているところだった。
『ふん、ゲドゥート街道では部下たちが世話になったわね』
シフェル・リオーネは不敵な笑みを浮かべる。
『わたしの目の届くところに現れたのが運のつきよ。醜い羽根トカゲども』
爆発が起こる。敵の放った魔法、いや爆発物か。魔人兵が吹き飛ぶ。さらに倒れた兵の隙間を抜けるように、鋭く尖った氷塊がシフェルめがけて飛来する。
立ち止まる。すると氷塊はシフェルの目の前をかすめ飛んで行った。
『シフェルぅ』
久しく聞いていなかった女の声。忘れられないあの声。青い瞳が自然と声の主を求めて動き、魔人兵を切り裂きながら、悠然と歩いてくる黒い甲冑の女騎士を見た。
『……おや、何だかとても懐かしい顔を見たわね。生きてたの?』
『幽霊に、見えるかしら?』
黒い女騎士――サターナは唇の端をゆがめて笑った。シフェルもまた笑う。
『かつての仲間の帰還を喜ぶべきかしらね、サターナ』
『あのまま帰ってこないほうがよかったって顔をしているわよ、シフェル』
サターナは右手のスピラルコルヌの切っ先を向ける。
『あなたに聞きたいことがあるのよ、シフェル。正直に答えなさい――』




