第四〇九話、第四軍駐屯部隊 VS 第一〇〇即応大隊
ハイムヴァー宮殿、テラスより見える王都の景色。
魔人軍第四軍、ベルフェ・ド・ゴール伯爵は、いつもの緑色のローブをまとい、緊張感の欠片もない声を出した。
『やれやれ、と言ったところだな。いつの間に外壁が敵に制圧されたんだ?』
眼鏡の奥の瞳は、いつもの如く無感動である。
彼女の後方に控える副官のアガッダも、どこか呆れの含んだ声になる。
『ここからでは外壁の砲兵たちが何を撃っているか見えません。てっきり我々は、第一軍を支援してウェントゥス軍を攻撃していると思っていたのですが』
『事実は逆で、第一軍を撃ちまくっていたというね……」
珍しく、ベルフェは肩をすくめて見せた。
その事実に行き当たるのは、外壁砲兵隊が、後方への許可も報告もなく砲撃を始めたこと。交代で配置に着こうとした兵が逆に待ち伏せしていた敵に追い返されたのと、第一軍から決死の覚悟で飛んできて惨状を報告した飛翔兵――後ろ二つがほぼ同時にベルフェのもとに報せがきたためだ。
『外壁を取り戻さなければならない』
ベルフェは断言した。
『その上で、必要ならお姉さまのもとに増援を送る』
『いますぐ送られないのですか?』
アガッダが問うた。外壁の砲で相応の痛手を被っているのが予想される。飛んできた飛翔兵からの報告がそれを物語っている。だがベルフェは唇の端を皮肉げに吊り上げた。
『おいおい、王都の外に出るには門を通らなければならない。だが外壁上を抑えられている現状、門を通ろうとすれば集中砲火を浴びるぞ』
こちらの装備を丸ごと流用して我が物顔で使う連中だ。当然、対策をしているに違いない。
『各部隊は手近な階段、通路を使って王都外壁に急行させろ。歩廊にいる敵兵はせいぜい一〇〇から二〇〇程度だ。全部の通路を守るのは連中も不可能だから、数で押せば――』
ベルフェが言いかけた時、突然、重々しい爆発音が連続して王都内に響き渡った。正面、右、左、そして後方からも複数聞こえたような。
何事か?
宮殿のテラスから見やる。まず正面、王都内に配置されていた四門の18ポルタ大型大砲が爆発と共に煙を吹いていた。
敵の攻撃――破壊工作か。味方兵の観測のもと、王都外壁を跳び越した曲射による砲撃を行う予定だった18ポルタ砲が、その役目を果たす前に沈黙させられたのだ。
それだけではなく、王都外壁へ登る階段が東側の二、三を除いてすべて爆破された。複数兵の報告と、ベルフェ自身の望遠鏡での観測でそれが判明した時、ふだん無表情なベルフェは不敵な笑みを浮かべた。
『何とも芸の細かいことだ。奴らはどこまでこちらの手を先読みしているのか』
外壁へ上がる階段・通路を一部を残して破壊したということは、こちらの侵入経路が限られるということ。
外壁に上がるには、その残った場所に集中せざるを得ず、敵――ウェントゥス軍はその少ない兵力を集中配置することができるのだ。広く分散すれば各個撃破だが、守る範囲を限定することでその守りは数倍の堅さに跳ね上がる。
『どうせ守りきれないなら、最初から吹き飛ばしてしまえ、という考え方、嫌いではない』
シンプルだが無駄がない。ベルフェは、目的を果たすために手抜きができるところは手を抜いて楽をするウェントゥス軍のやり方に好感を抱く。関心事以外は無頓着な自分の考え方と一致するからだ。
『こうなると、こちらは力押しを選択するしかないな』
守りの堅い陣地へ、数の優位を行かして押し潰す。おそらく多くの魔人兵が屍をさらすことになるだろう。正直、守りを固めるウェントゥス兵より、こちらの損害のほうが大きくなるだろうが……。
――やるしかないわけだ。
魔法兵の大半を外壁に回したのは失敗だったかもしれない、とベルフェは思った。もう少し残しておけば、外壁の敵を撃破するのに少しは被害を減らせたかもしれない。
『アガッダ君』
『はい、ベルフェ様』
『ボクが言うことを記録してもらいたい』
その言葉を受けて、副官のコルドマリン人は軍服のポケットから紙束を出し、さらに胸にかけていた羽根筆をとる。腰のベルトに引っ掛けているインク瓶――指揮官からの命令や記録を取る必要から携帯している――の蓋を開け、羽根筆の先にインクを染み込ます。
ベルフェは振り返らなかったが、アガッダが記録とりの準備が出来る頃を見計らって口を開いた。
『まず、近くにいる適当な部隊に命じて、王都外壁に上がる階段が現状いくつ残っているか調べさせろ。外壁上はおそらくウェントゥス軍が制圧しているだろうが、戦闘となっている東側以外に、敵兵がどれくらいいるかの確認もだ……。あー、調べる時は必ず複数で行動させろ。一人二人に見に行かせたら、絶対報告前に殺されるぞ』
『……はい』
さらさらと紙の一枚に指揮官の命令内容を書いていく。
『あと工兵隊でも輜重隊でもいいが、大梯子をいくつか準備させろ。攻城戦用のな』
『……はい』
『以上。ただちにボクの命令を実行せよ』
『承知しました』
アガッダは羽根筆を軍服胸に戻すと、瓶の蓋を閉じて、素早く敬礼して退出した。
ベルフェは王都東側を見やる。淡々とした表情は変わらないが、その思考はめまぐるしく働いている。
ウェントゥス軍の次の行動――王都外壁を押さえた敵は、外の第一軍を砲撃にて打撃を与えた。王都内の第四軍が外壁の奪回に動くことは、連中も折り込み済みだろう。……ではどうするのか?
普通に考えれば、数の差は明らかだ。抵抗しても時間の問題だろう。では逃げるか? あるいは何か秘策があり、次の手を打ってくるのか――
・ ・ ・
ゼーエンが指揮する王都潜入部隊は、第一〇〇即応大隊と呼称される。
王都外壁の魔人兵を一掃し、配置されていた6ポルタ砲や対空用バリスタを使って爆弾矢を飛ばした攻撃を行っていたのが、一個中隊規模の分身体兵だった。
一方、残る二個中隊ほどの兵は王都外壁東門付近に展開し、第四軍の反撃に備えていた。
約六千の魔人兵が駐留する王都内。それと三三〇人程度のウェントゥス潜入兵が交戦し、表の主力部隊が第一軍を撃破するまで持ちこたえなければならない。
一度に数千とぶつかることは、王都の地形上ないのだが、切れ目なく敵兵が押し寄せてくるのを想像するのは難しくない。
まず第一〇〇即応部隊が行ったのは、奇襲による敵戦力の漸減と、敵侵攻ルートを限定させることだった。
王都外壁に上り下りするための階段を爆破。東西南北、各所にあるそれらの階段で使えるのは東側の二つだけにした。つまり空を飛ばない限りは、外壁上の歩廊に登るルートは二つのみに限定された。……基本的に、ウェントゥス軍はそこを守りきれば歩廊を確保できることを意味する。
次に奇襲だが、王都内にある18ポルタ砲を破壊。さらに東門から第一軍への増援として出撃できるよう待機していた魔人大隊を、爆弾と半包囲してからの集中射で、数分と掛からず殲滅した。
『急いで死体処理! 爆弾補充と人員増強!』
敵兵の死体を取り込むことで、シェイプシフター体を増やす。これで少しでも戦力を増強する。
奇襲による第一撃を与えたものの、本格的に動き出した王都の魔人兵は数千。すぐに敵は反撃してくる。
『土嚢を設置! 防御陣地設営、急げ!』
もともと王都の輜重隊=補給部門に潜伏していた分身体兵である。魔人軍の資材を各所に予め準備していた。それら使って、王都東門周辺に即席のバリケードや土嚢を積み上げた陣地を手早く設置。
その結果――
『敵歩兵部隊!』
靴音を響かせ、王都中央から石畳の道を駆け足で進む魔人部隊を、第一〇〇即応大隊の兵は各防御拠点で迎え撃った。
『撃て! ここを通すな!』
シ式クロスボウを土嚢陣地の裏から連続して放つ。
敵襲! ――先頭の兵が矢に倒れ、後続が盾をかざしたり、側面の民家の壁にはりついたりして、足が止まる。
『手榴弾!』
東門へのルート上で、矢と爆弾の嵐が吹き荒れた。
約三百と約六千の戦いが始まった。




