第四〇八話、突撃兵、前へ
ウェントゥス軍本陣。慧太は戦場を眺めていた。
戦場全体を見やり、どのように戦闘が展開しているかを確かめる。
両翼では双方の騎兵部隊同士がぶつかっている。中央では、航空第二連隊の爆撃を受けて被害を受けた正面の重装歩兵連隊へ、ガーズィの突撃兵連隊が向かっていく。爆撃である程度削ったので、ガーズィの連隊でも互角以上に立ち回れるだろう。
――だが、まだ相当数の巨人兵がいるんだよな……。
しかも、巨人兵の中にはクロスボウ――サイズ的にはバリスタか――を携行している者もいるようだ。それを降下爆撃する飛竜に向けている。……対空対策ということだ。シフェルがトラウマってるのもわかるというものだ。
慧太は、ちらと傍らのセラを見やる。
同じく戦場を緊迫した表情で見ていた銀髪の戦乙女が、その視線に気づいた。
「君にも行ってもらおうかと思ったが」
慧太はひとり苦笑した。
「やっぱりやめた」
「ケイタ、私はいつでも戦える――」
セラはわずかに眉をひそめるが、言いたいことに予想がついている慧太は手を挙げて押さえての仕草。
「オレが戦場に行く時、そばにいて欲しいから。少し待て」
「……!」
ずいぶんと自分勝手な言い分であると慧太は思う。だがセラには効いたようで、顔をわずかに赤らめながら口をつぐんだ。
「伝令! ティシア隊に命令。即応一個中隊と共に、突撃兵連隊を支援、正面の敵を粉砕せよ」
『ハッ、承知しました』
コンプトゥスに乗った伝令兵が敬礼と共に、陣地を後にする。
ティシア隊――隊といっても、魔鎧騎士であるティシア・フェルラント、アウロラ・カパンゾノの二名だけであるが。彼女らは一騎当千の魔鎧機操者にして、たった二人でも隊と呼ぶに充分な戦力を発揮できる。
伝令から慧太の命令を受けた、ティシアはすでに魔鎧機ネメジアルマを展開し、アウロラもグラスラファルの中にいた。
『了解しました。フェルラント隊、前進します! アウロラ?』
『待ちかねた、ってところだね、ティシア嬢』
全高四メートル近い白き騎士が大型盾と剣を携え、戦場へと歩き出す。鋭角的なフォルムの青い魔鎧機グラスラファルも手につららを連想させる青い槍を手に続く。
『あたしらの相手は、あのでっかい魔人兵だろ? いったい何匹いやがんだ?』
『まだ数十はいるでしょうね。飛竜部隊が数を減らしてくれるでしょうけど、油断は禁物ですよ』
『わーってますって。個々の能力じゃ、図体ばかりデカいだけで魔鎧機の敵じゃねぇけど、さすがに囲まれて袋叩きにされたらやばそうだもんな……』
アウロラ――グラスラファルが頭を右へと向ける。震動と共に、魔鎧機クラスの歩行音を拾ったのだ。何が来たかと思えば、漆黒の魔鎧機だった。
上半身は黒騎士、下半身は蜘蛛かサソリかといった異形の機体――アスモディアのアレーニェだ。
『ケイタ将軍からあなたたちを手伝えって言われてね』
『……相変わらず、その六本脚、きめぇなー』
アウロラは正直だった。ティシアはネメジアルマの中で微笑んだ。
『歓迎しますよ、アスモディアさん。……さあ、行きますよ!』
白い魔鎧機を先頭に、青と黒の機体がそれに続く。第一〇一即応大隊から第二中隊が、それらの後を走って追いかけるが、その距離はどんどん開いていく。
『お嬢、歩兵がついてこれないみたいなんだけど!』
『まずは、先陣を切ります。歩兵部隊主力は間もなく、敵部隊と接触してしまいますから、もし巨人兵を先頭に出されたら彼らが危ない』
『だな!』
アウロラの声は弾んでいた。大きな戦の中にいる。魔鎧機グラスラファルが全力で戦っても、まだお釣りが来るような大きな戦いの中に。
――アルトヴューから、ここまで来たんだ。せいぜいいいとこ見せないと、陛下はもちろん、ハヅチ将軍にも申し訳ないもんな!
はじめは好きになれない男だと思った。自分より年下で、異邦人で、傭兵のくせに騎士である自分より偉そうで。
だが彼は、アウロラを受け入れた。肌の色のことで差別されることが多い彼女は、周囲の理解を得て、初めて馴染めるタイプだ。慧太はそんなアウロラを疎んじることもなく、公平に接してくれた。
何より、人のミスをあげつらってねちねち責めるような連中とは違った。そして成果を挙げたらきちんと評価してくれた。……最近では、ウェントゥスの幹部陣ともそれなりに付き合える間柄になっている。
――居心地がいいんだよなぁ、傭兵軍。
アウロラを差別する人間が一人もいないという環境。傭兵なんて、と馬鹿にしていたかつての自分はいない。今は、傭兵たちと共に戦場を駆けられることが嬉しい。だからこそ。
――仕事しないとなっ!
魔鎧機隊は、戦場に突入した。
・ ・ ・
伝令鷹が飛び込んできた。
王都のゼーエンからだ。第四軍が、王都外壁の奪回を企てている。
慧太は伝令鷹からの報告を受け、視線を王都へと向けた。
王都内の第四軍がどれほどの兵力で外壁奪回に動くかはわからない。外壁上の砲台を潰して、ゼーエンらを撤退させる手もあるが、そうなると戦況次第で第四軍が第一軍の支援に動く。……ここでまとまった数が増援で来るのはよろしくない。
「セラ、出番だぞ」
慧太は振り返ると、主要な面々に告げた。
「では、少し早いがこれも想定内だ。王都内に増援を送り込むぞ。……リアナ、キアハ、用意しろ」
狐人の暗殺者は頷き、半魔人の戦士は「はい!」と元気のいい返事をした。ユウラに促したあと、本陣に立つ分ウェントゥス兵に混じり、ひとり立っている四十代半ばの軍服の分身体に、慧太は顔を向けた。
「指揮を任せるぞ」
「承知しました、将軍」
ジパングー軍の連絡係を自称した男――慧太に冗談交じりで最初に『将軍』と呼んだ彼、ゴルダーは前に出た。
・ ・ ・
魔鎧機が正面の敵重装歩兵に切り込んだ。
魔人軍も専用甲冑をまとい、見るからに頑強そうな巨人兵を前に、魔鎧機――ネメジアルマを殴りつける。
だが白騎士は左手の大型盾で、巨人兵の戦斧を弾くと、右の大剣で一撃を叩き込む。ガンと硬い衝撃と共に、一度食い込んだ刃が止まる。巨人兵が悲鳴とも怒号にも取れる咆哮をあげる。構わず、ネメジアルマはさらに力を入れて、巨人の身体を両断した。
『さすが重装兵。装甲が厚い!』
一体倒すのに手間取っている間に、さらに側面から迫る別の敵巨人。だがそれらも巨大な氷柱が飛んできて、その屈強な身体を撃ち貫いた。
グラスラファルだ。両肩の尖った氷柱状の装置から飛ばした巨大氷柱は、大きさも相まって威力も高い。
そんな巨人同士の戦いの中、ガーズィの突撃兵第一連隊は、敵重装歩兵へ攻撃を開始した。
爆撃で乱された隊列も、生き残りたちで再度並びなおし、ウェントゥス兵への突撃に備える。大型盾と重甲冑をまとうそれらが横列を組む様は、さながら動く壁だ。
だが密集するということは――
『擲弾、放て!』
大型シェイプシフター式クロスボウ――爆弾矢を遠くへ飛ばせるよう射距離を伸ばしたそれを構えた兵が引き金を引いた。
放たれた爆弾矢は放物線を描き、敵兵集団に突っ込んだ。爆発。飛び散る破片が魔人兵を傷つけ、打ち倒す。
第二撃、第三撃と撃ち込むが、敵重装兵は盾を集めて守りを固める。貫通性に乏しい爆弾矢では、厚い魔人兵の大型盾を貫通するのが難しく、初撃に比べても被害が少ない。
『さすがに一軍だけのことはあるか……?』
ガーズィはよりを距離を詰めて、揺さぶりをかけるべく兵たちに前進の指示を出す――その時だった。
無数の尖った氷の柱が地面から突き出し、魔人重装兵の盾ごと貫くと、その横列を蹴散らすように吹き飛ばした。
「ガーズィ、隊を前進させなさい」
『サターナ嬢!』
そこにいたのは、漆黒のドレス姿――ではなく、セラによく似た戦乙女装束の女騎士だった。
白銀の鎧の黒バージョン。兜の羽飾りは、漆黒の竜の翼。その背丈も、セラとほぼ同じに成長している。ただセラのバトルドレス、そのスカート丈が短いのに対し、サターナのそれは長く、また竜を思わす尻尾が覗いていた。
「ワタシは、敵の指揮官に用があるの」
サターナは両手に一本ずつ、角剣スピラルコルヌを持ち、艶やかに微笑んだ。
「道は切り開くわ。雑魚はお願いね」




