第四〇六話、戦端開く
『天候、曇り。風は西風――』
東の空が白む中、平原に待機するは十六頭のドラグーン。三〇のワイバーン。そして一〇の暴君竜。
間もなく夜が開ける。薄明るい空。日を浴びた雲が空に灰色の綿菓子のような模様を刻む。
白い甲冑に、鬼のような角付き兜、赤紫の識別線が入っているのはレーヴァである。
すでに西にある王都の方向に顔を向けている愛竜の背中に乗り、その時を待つ。
出撃の時。それは日の出と共に開始される。
主力軍の慧太から、作戦第一段階――王都外壁の制圧成功は伝わっている。いよいよ、王都エアリア奪回作戦の第二段階が開始される。
レーヴァは振り返る。東の地平線に、日が昇る瞬間を。
ドラグーン乗りたちも、同じように後方へ視線をやる。風が平原を吹き抜ける。
光が差し込む。東の果てから登る燦々たる太陽。一瞬、目がくらむような光にまばたきを繰り返す。だが顔は東から西へ向く。
『出撃!』
レーヴァの乗るドラグーンが翼を広げ、羽ばたかせた。その巨大な両の翼が、風を地面にたたきつけ、全長十メートルを超える巨体を宙へと浮かせる。
待機する竜の前、地上の誘導員が手にした魔石灯を振り、各竜に『出撃』を知らせる。
先頭のドラグーンに続き、次々とドラグーンが飛び立つ。それらが終わると、次は飛竜――ワイバーン中隊の番だ。四頭ずつの小編隊を組み、さらにそれが集まって中隊を形成、太陽を背に、西の空へと飛び立つ。
同じ頃、ガーズィ指揮する突撃兵第一連隊も王都目指して前進を開始した。
ウェントゥス軍動く――!
夜襲を警戒し、結局動きを見せなかったウェントゥス軍が日の出と共に動き出した。
報告を受けたシフェルは、浅い眠りから覚め、各部隊に迎撃態勢をとるよう指示を出した。鎧をまといながら、敵の動きの報告を受ける。
『敵は、中隊を横三列、縦に同じく三列の隊列を組み、前進中です。部隊の間は適度に距離があり、密集隊形とは異なる模様』
『敵の騎兵は?』
『歩兵の歩調に合わせて両翼にて随伴中です。こちらの騎兵の出方を窺っていると思われます』
『敵が来ると言うなら、来させなさい』
シフェルは思わず舌なめずりをした。
『王都外壁の砲の射程内に敵を引き込んで、滅多打ちにしてやるわ!』
ウェントゥス軍への復讐が果たせるとあって、第一軍指揮官の鼻息も荒い。が、すぐに一つの懸念を思い出した。
『それで、敵の飛竜は――』
『申し上げます!』
伝令が本陣に飛び込んできた。
『敵飛竜の編隊、高速接近中!』
先陣を切ったのはドラグーン中隊だった。
飛行竜十六頭は、魔人軍中央の重装歩兵連隊を攻撃目標に突撃を開始した。
緩やかな降下。そして腹に巻いていた対歩兵用の小型爆弾をばら撒くように投下! 重甲冑と盾で守りを固める重装歩兵を、衝撃と破片の嵐で吹き飛ばす。
さらにドラグーン乗りは、敵部隊上空を通過する際に、シ式クロスボウで爆弾矢を撃ち、追い討ちをかける。
それに続くは、ワイバーン中隊――十六頭の第一中隊と十四頭の第二中隊だ。第一中隊が、ドラグーン中隊の爆撃を受け混乱した中央の重装歩兵連隊に反復攻撃をかける。第二中隊は、敵の右翼につく通常歩兵の連隊へ爆撃を敢行した。
爆撃し、飛び抜けるドラグーン、そしてワイバーン。それは王都外壁をかすめるように飛び去るが、外壁守備隊の対空用バリスタがいっこうに射撃を開始しなかった。
悠々と飛ぶ飛竜を見やり、シフェルは歯噛みする。
『バリスタと魔法兵は何をやっているっ!』
このまま一方的に敵の蹂躙を許すのか――
その直後、対空バリスタが槍のような巨大矢を発射。さらに設置された対地攻撃用の6ポルタ砲までが火を噴き始めた。――はて、砲を撃つのはいささか早くないか?
巨大矢と砲弾は、あろうことか、予備隊を兼ねる後方の歩兵連隊に殺到した。砲弾が容赦なく兵たちを肉体を引き裂き、なぎ倒す中、放たれた巨大矢が落下と共に爆発し、兵を吹き飛ばした。
『はあっ!?』
シフェルは頓狂な声をあげてしまう。幕僚たちもある者は絶句し、またある者は喚いた。
何をトチ狂ったのか、第四軍が、味方のはずの第一軍を攻撃し始めたのだ。
・ ・ ・
第一軍司令部が混乱に陥る頃、外壁上を押さえているウェントゥス軍は奪取した6ポルタ砲を操作し、敵後方の歩兵連隊に砲弾を立て続けに撃ち込んだ。
さらに対空用バリスタに、シェイプシフター製爆弾槍を装填し、迫撃砲よろしく発射。爆発物を敵部隊のど真ん中に放り込む。
「密集などしているから悪い」
ゼーエンは、吹き飛ぶ敵兵の姿を見やり、声に出していた。
前後左右に味方兵が固めていて、自由に動くことが困難な密集隊形は、固まっているが故に敵の歩兵などにぶつかる分にはそれなりに有効だ。だが砲撃や爆撃にとってはまとめて始末できる的のようなものである。
十数発をまとめて喰らっても、どうしていいかわからず、かといって身動きできない密集状態に、屍の山を築いていく魔人兵連隊。ようやくこのままではヤバイと判断した兵が、周りの兵を突き飛ばす勢いで逃げ始めるが、それが今度は周囲に伝播し、混乱と恐慌をもたらす。
「はい、これで一個連隊が脱落っと……」
敵の側面後方を突け、とはよく言ったものである。まあ、本来味方であるはずの外壁から攻撃を受ければ混乱が加速するのはわかりきっていたが。
「次、左翼の敵重装歩兵連隊を狙え」
航空第二連隊が攻撃していない、唯一無傷の重装歩兵連隊を次の標的に選ぶ。
その航空連隊のドラグーン、ワイバーンは小編隊ずつにわかれ、敵部隊上空を旋回しつつ爆撃を繰り返していた。
今のところは慧太の立てた作戦どうりに進んでいる。進んでいるのだが……。
「うーん、やっぱ敵の数が多いなぁ」
ゼーエンは顔をしかめる。机の上では上手く行くと思っていても、実際に実行してみると思っていたのと違うというのはよくあることだ。
飛竜のよる空爆も、王都外壁からの砲撃も計画通りに敵を痛打している。もし敵の数がこの半分程度だったら、圧勝といってもいいほどの働きだ。
が、現実には砲撃や空爆の範囲の外にいたり、思ったより被害が軽くて、部隊を立て直しているところもちらほら見える。
畳み掛ける必要がある。もっと敵に混乱してもらわねばならない。
その第一軍は各部隊で動きを見せ始めていた。まず両翼に配置され、かつ無傷の騎兵大隊が、正面のウェントゥス軍に突撃を開始した。
これは爆撃などで混乱した歩兵連隊を立て直すための時間稼ぎも兼ねているだろう。正面から迫るガーズィ連隊を牽制する算段だろうが……。
ウェントゥス軍の騎兵第三連隊――ダシューの部隊が動き始めた。敵騎兵の突撃にあわせ、コンプトゥス騎兵の大隊を向かわせたのだ。
――まあ、定石だな。
ゼーエンの見守る中、魔人騎兵部隊も方向を調整して、コンプトゥス騎兵と正面から迎え撃つ構えだ。
――魔人騎兵とうちの騎兵が正面衝突するのって、ひょっとして初めてか?
そんなことを思っていると。
『ゼーエン隊長!』
声をかけられた。見れば、砲を操作していた兵が指差した。
『敵飛翔兵部隊! こっちへ来ます!』
「飛翔兵部隊だとっ!?」
第一軍の飛翔兵連隊は壊滅させたはずでは――ゼーエンの表情に焦りの色が浮かぶ。
見れば二、三〇人程度だろうか。武装した飛翔兵部隊が外壁上の砲陣地に向かってくる。
「あー、まったく……ほんと、何が起こるかわからんよなぁ……」
ゼーエンはシ式クロスボウを構えた。
――敵は少数とはいえ、こちらも外壁上に広く展開しているから、一箇所にいる兵の数は多くないんだよね……。
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